第10話.子どもの絶望

「がぶっ?! ……なぜ、ここに魔物が?!」


あれは……まさか魔物?! 頭部が歪に膨れ上がり、人の手足でよだれかけを作っている巨大な赤ん坊のようであり、全体的に血管が浮き出て真っ赤な異形……瞳からは絶えず蛆虫の涙を流し続けているのが気持ち悪い。その手には巨大な鋏を持っているし、あれがアリシアの言っていたこの街を騒がせている元凶? でもなぜ領主館に?


『マ"マ"ァ"?"』


「イカレ野郎が! 猟犬の解放申請──受諾!!」


段々と犯行が大胆にエスカレートしていってるって聞いたけどまさか領主館にまで襲撃してくるなんて! そういえば既に夕方から夜に更けている。


「っ、アリシア大丈夫?!」


「うっ、え、えぇ生きてるわ」


「良かった……『我が願いの対価はこの身に流るる血、望みは他者を癒す力』」


禁じ手だけど自身の血液を対価にアリシアを癒す……けど止血して傷を塞ぐのが精一杯だ。


「……ごめんアリシア、僕の力だと自身の血を対価にしても腕を元に戻せなかった」


「ううん、いいのよ……あなたと共に生きられているだけで」


目頭が熱くなる……アリシアも、そして意地悪だと思ってたディンゴも……僕が魔法使いで、狩人の人にどれだけ悪く言われようと見捨ててくれない、それがとてつもなく……嬉しい。


「アリシア……うん、早く逃げよう」


「えぇ、ディンゴ行くわよ!」


「ごほっ、うるせぇ! こっちだって怪我してんだよ!」


「わかってるけど、あいつらがお互いに自滅しあっている内に距離を稼ぐわよ!」


良かった……ボロボロだけどディンゴも無事だ、死んでたら後悔してもしきれなかった。


「ディンゴ、怪我を治すよ……『我が願いの対価は華一輪、望みは他者を癒す力』」


「……本当にすごいな、クレルのくせに」


「ディンゴ! お礼は?!」


「ぐっ……あり、がとう」


「う、うん……」


魔法で怪我を治したディンゴが憎まれ口を叩き、アリシアに叱られてお礼を言う……ディンゴに言われるなんて、なんだか慣れないな……。


「──クソがァ!」


「『っ?!』」


なっ?! あの人正気?! 魔物をこちらに投げ飛ばすなんて! ぐっ、クソ……あんまりやり過ぎると自壊してしまうけど仕方ない!


「『我が願いの対価はこの身に流るる血、望むは道を切り拓く刃!』」


う"っ"……?!! 貧血に加え、自分の受精卵からの記憶が怒涛のように流れ込んで気持ち悪い、頭が割れそうだ……。


「クレル大丈夫なの?!」


「おいクレル! しっかりしろ!」


「ぐっ……大丈、夫!」


自らの血で作った刃で魔物の巨大な鋏を身体ごと捻った手首の返しで受け流し、その余った勢いを利用して腕と脚を切り裂く!


『オギャァアーー!!』


「ぐっ?!」


「なんだコイツ?!」


「耳がっ?!」


身体を叩き付けられるかのような音の洪水、それと共に母性を求める哀しみの衝動と嘆きが溢れ出てくる……!!


「ぐぐっ……! アリシア! ディンゴ! なるべく声を聞かず、無視して! 決して共感してはダメだ!!」


「わかってるけど……」


「これは……」


やっぱり今まで魔力に触れてこず、耐性のない一般人にはキツイものがあるか──


「──おとなしく一緒に去ねや」


「っ?! がぼぉっ?!!」


「クレル?!」


アリシアの悲鳴が聞こえるがそれどころじゃない……背後から魔物を巻き込む形で放たれた……おそらく巨大な銃弾が僕のお腹に風穴を開け、魔物の脚を吹き飛ばす……これ、出血量ヤバイな。


『マ"ッ"マ"ァ"ア"!"!"』


「がふっ! ……クソっ!」


手に力が入らない、さらに前から魔物の鋏が迫る……あぁ、これ間に合わないな……? せっかく二人がここまで命を繋いでくれたのに、身体を上下に寸断されて死ぬのかな……。


「クレルのくせに諦めるとか生意気なんだよ?!!」


「ディンゴ──!!」


「あっ、え……?」


僕の肩を押し倒してディンゴが庇う、それによって僕の頭上でディンゴが……ディンゴの身体が腰から腹の下まで斜めに分断される。


「ぶふっ?!」


まるで世界の時間が狂ったみたいに遅く、緩やかにディンゴの口から血が溢れ出て、上半身から腸や胃などの内容物がこぼれ落ちてくるのを……ただ眺めていた。


「あっ、ディンゴ……どうして……」


「……バカな、ごふっ! ……クレルに、は……わかるわけっごぷっ! ……ないだろ」


「ディンゴ! あなたどうして?! クレルのこと虐めてたくせに!!」


今はそんな時ではないとわかってる……前には魔物、後ろには狩人、どちらもこちらの命を狙って来ている脅威がある。……でもアリシアと一緒にディンゴの傍に駆け寄るしかない。


「今手当を……『我が願いの対価はこの身に──」


「──やめろ、俺はもう死ぬんだ……ごぶっ」


「でも!!」


なんですぐに諦めるんだよ! 僕の血を対価にすれば止血ぐらいはできるのに!


「友情ごっこはおしまいか?」


「がふっ?!!」


「アリシア?!!」


目の前で胸から絶えず血を流し続けながらアリシアが仰向けに倒れ込む、その時の生気のない顔が酷く怖い。


『オ"カ"ァ"サ"ァ"ン"ン"!"!"』


「ちっ!デク人形が!」


「っ?!」


不味い! 魔物が狩人の人の方へ意識を向けたのは幸いだけど、どちらも距離が近い! クソっ! お腹の穴から血が止まらない、痛い! でもディンゴとアリシアの方が重症だ、この状況をどうすれば……。


「なぁ、クレ、ル……」


「ディンゴ無理しないで!」


下半身が無いのに無理して喋ったら本当に死んでしまうよ!


「俺、は……どんなげほっ……奴だった?」


「そんなのいつも殴ってくるし、意地悪で嫌な奴だったよ! ……『我が願いの対価はこの身に流るる血、望むは他者を癒す力!!』」


「じゃあさ……ごふっ、俺ら……友達に、なれるかな?」


「っ?!」


どうしたんだよディンゴ、なんでそんなしおらしいんだよ……まるで今から死んじゃうみたいじゃないか! あぁもう! なんで傷が塞がらないんだよ! なんでなんだよ!!


「なれ、るか?」


「っ! そんなの、なれるに決まってるだろ?! いいから黙って傷を治すんだよ! 友達になったら今までの分倍返しにしてやるからな?!」


「よかっ、た……がふっ! ……じゃあさ、俺を──対価に、魔法をっ……発、動してくれ」


「っ?!」


ディンゴは何を言ってるんだよ、そんなの出来るわけないだろ?!


「無理に決まってるだろ?!」


「そう、か……なら、強力な魔法がっごぷっ?! ……使えそうだな」


「なんでディンゴが魔法の知識を……」


そうだよ、それに最初から僕が魔法使いだって知ってたみたいだし……ディンゴは何者なの?


「げほっ、がはっ?! ……それも、俺を対価にすればわかる、いい、から早く……死ねば価値が下がる」


「っでも!!」


「……いいから早くしろ! アリシアまで死んでしまうぞ?! いいのか?! ……ガハァ?!」


「ディンゴ!!」


あぁ、あぁ……もう、どうしたらいいんだよ! アリシアにも絶対に死んで欲しくない!


「お前にもわかるだろ?! 俺とアリシアじゃあ、お前の中での価値が違う! なら、俺を『使う』方が大事な者も護れて、事態を打開できる両方の可能性がある!!」


「う、くぅ……!! ディンゴのバカ野郎! 勝ち逃げなんて卑怯なんだよ!」


「……罵倒ならお前の中でいくらでも聞いてやるから早くしろ」


クソッ、クソッ!! 僕が弱いからだ! 僕が簡単にバレてしまったからだ! 申請がないガナン人は魔法使いとして処理されるという知識がなかったからだ! ボーゼスが見逃したのを基準に考えてしまった迂闊さがあったからだ!


「ごほっ、げほっ!……俺の魂は記憶と一緒にお前の中に引っ越すだけだ」


「ディンゴのバカ野郎! 一生恨んでやるからな?!」


「……恨み言は後でな」


「ぁあぁああああぁあぁぁああ!!!!!!! 『我が願いの対価は──僕の大事な友達ディンゴ』」


ディンゴの身体が解けていく……ジュルシュルと音をたてて光の帯と粒になって僕の身体に溶け込んでいく……。


「貴様ァ! やはり魔法使いは親友すら対価にするかぁ?! 待っていろ! 今すぐ殺してやる!!」


あぁ、ディンゴ……君は───────


「そこをどけぇ! デク人形!!」


『オ"カ"ァ"サ"ァ"ン"ン"!"!" オ"カ"ァ"サ"ァ"ン"ン"!"!"』


───────僕の腹違いの兄だったんだね。


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