軍事と国際政治を学ぶ:書評と感想

ばーちゃる少尉

第1章『戦略の歴史(A History of Warfare)』著:ジョン・キーガン(中公文庫)

①本書を読む前に、いくつかの注意点がある。本書は、『戦略の歴史』でなく、原題の通り『戦争史』である。


 訳文が洗練されておらず、用語や歴史上の地名・人物などに訳者の個性が悪い方向で発揮されている。邦訳で一般に用いられる用語とは異なる表現を、頻繁に使用する嫌いがある。


 著者の論理や仮説も、あまり適当とは言えない。著者による結論の決めつけや、屋上屋を重ねる仮説と推測の組み立ては、読んでいてかなり苦しい部分だった。それでも、著者の先見性や視座は、戦争を考える上で参考にはなる。


②著者は、「戦争とは何か」という議論を、歴史学のみならず、人類学・神経学の視点を取り入れて、学問分野を縦横無尽に横断し、様々な視点から考察を試みている。戦争、即ち人間の暴力衝動は、本性なのか、それとも環境によるものなのか。人類から戦争を根絶した場合、何が起きるのだろうか。


 著者は、戦争の原因を人間の本性に帰すものなのか、環境によるものなのかについては答えを留保している。一方で、戦争の根絶に対しては明確にその未来を予測して見せている。


 戦争を忘れた人類は、自然の過酷な生存競争に敗北するだろうと予測しているのだ。生物を殺害するという行為は、狩猟の必須要素であり、戦争にもそれが言える。狩猟と戦争は、殺害できるという意味で、興奮させる魅力的な行為でもある。


 しかし、人間は、殺害という行為に一定の忌避感や嫌悪感も抱いている。この相反する感情は、狩猟=殺害の楽しさと苦しさからくるものである。獲物を追い詰めて殺害する行為が楽しい一方で、殺されるかもしれないという恐怖と危険が殺害を忌避させるのだ。戦争の様式が重要であるのは、そうした相反する感情を社会的・文化的に如何にして受容させるかという点にある。


 即ち、人間は戦争文化によって、戦争行為を正当化し、殺害という禁忌と殺害の必要という矛盾の克服に努めているのだ。社会や文化として認められている戦争様式の枠内で戦う事によって、人間は平穏に生活できる平和(※平和状態はとても短いが)を手にした。


③ところで、技術や兵器が戦争に及ぼした影響は、過大評価なのだろうか。技術の発展や趨勢が歴史と戦争を作り上げたと主張する「技術決定論」に対して、著者は否定している。


 戦争史に於いて、軍事技術が与えた影響は、非常に大きい。古くは、青銅に始まり、弓、チャリオット(古代の戦車)、クロスボウ、マスケット、大砲などが歴史で果たしてきた役割は、今更、指摘するまでもないだろう。


 しかし、技術と兵器というものは、それを使用する社会の影響を受けずにはいられないという点も指摘しなければならない。ヨーロッパの騎士階級や、マムルークの軍人奴隷階級、日本の武士階級という実例を挙げれば、兵器の威力は、それを支える技術だけでなく社会の態度も極めて重要であると示唆している。


 白兵戦を志向するヨーロッパ騎士が、クロスボウや大砲を嫌悪したのは、現代人からすれば非合理的な態度でしかないのかもしれないが、彼らを支える戦士文化の価値観を踏まえれば、寧ろ、当然の反応だったのである。


 ここに、戦争文化の強烈な自縛が認められる。人間が戦争を遂行する上で、戦争文化は欠かせないが、それが却って軍事革命への適応を遅らせる要因にも為り得るという、どうしようもない逆説がそこにはある。


④現代人は、ともすれば合理主義や現実主義によって、我々の理解が及ばない文明の儀式や法律を軽んじる傾向がある。しかし、文化や法律が戦争の被害を抑制し、制限した事は事実である。例え、道徳や法律が破られようとも、確かに私達を律してきた事は間違いない。


 クレフェルトの『戦争文化論』・『戦争の変遷』にも通じるが、こうした諸々の制限が人類の滅亡から一歩手前の状態まで何とか押し留めているのだろうか。あるいは、単にそれは核兵器が見せる幻想に過ぎないのだろうか。


 核兵器が登場する遥か以前から、原始人は、古代の人々は、戦争を制限してきたではないか。著者は、戦争の被害を最小限にする方策に、東洋の軍事史や原始人・部族社会などの戦争文化、特にその戦争哲学に注目すべきだと読者に教えてくれる。異なる戦争文化を持った国家、勢力同士が泥沼の戦争を続けている今日の状況は、より切実に歴史の知恵を求めているという点で、本書の価値がある。


⑤本書の感想を総括すると、戦争文化や軍事社会を考える上で、多くの示唆に富んでいる。残念な所は、訳者の軍事学に対する乏しい理解がとても不愉快だった。正直に言って、きちんとした軍事学者の邦訳を待ちたい。


 本作は、名著と凡作の中間ぐらいの出来栄えであるが、優れた翻訳が出されれば、名著と再評価されるだけの潜在性がある。


 本当に惜しむべきは、訳文の悪さの一点に尽きる。

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