第309話エイプリルフール外伝.ヒンヌー教セミナー


「――皆さん、日頃ちっぱいを愛でていますか?」


 そう群衆に語り掛けるのは壇上に上がったヒンヌー教祖である。

 ちっぱいへの愛を耳なし芳一が如く書き連ねたお手製の法衣を身にまとい、自らが立ち上げたクランのメンバー達を高いところから見下ろす彼の目は酷く澄み渡っていた。

 義務教育を受ける年齢でありながら、自分達を教え導く程に徳を積んだ教祖のお言葉に、プイレヤーNPCを問わずその場にいた者たちは頭を垂れて拝聴の体勢を取る。


「なぁ、これはなんだ?」


「え、いや、僕に聞かれても……」


 そんなサバト――ミサに迷い込んでしまったのはトッププイレヤーであり、攻略組のハンネスと検証班随一のイカレ野郎のユウである。

 彼らはヒンヌー教祖直々に『我らが聖母とこの先も一緒に居るのなら、どうか我らの信仰を学んでいかれよ……あぁ、そこのレーナ様の金魚の糞野郎もどうかご一緒に』と誘われたのだ。

 誘っておいて煽られたハンネスは半ギレ状態ではあったが、開幕のちっぱい発言により怒りを忘れて動揺していた。


「つい先ほど、ヒンヌー教デカシリスタント名誉牧師であられるトンガリTKB殿により異端の報告が入りました」


「プレイヤーネームに制限ねぇのかよ……」


「複垢を作りまくってBANされた仲間によると本当に無いらしいよ」


「BANされてまで検証すんのかよ(ドン引き)」


 ヒンヌー教祖だの、トンガリTKBだの……本当にそんな名前で呼ばれたいの? という疑問が尽きないプイレヤーネームの連続にこの場唯一の常識人であるハンネスは早くもメンタルがやられ始めていた。


「トンガリTKB殿が啓蒙活動をしている際にその異端は現れ、こう言ったのです――〝ロリも貧乳でしょ?〟と……」


 ヒンヌー教祖の言葉に途端にざわめき出す講堂内。


「――なんという侮辱かッ!!」


 そんな講堂内のざわめきをかき消す程の声量で叫ぶのはヒンヌー教祖その人である。

 急な展開に驚いて肩を跳ねさせるハンネスとユウの二人の事など気に留めず、彼は叫び続ける。


「ロリは貧乳ではないし、貧乳もまたロリではない! ロリと貧乳を混同するなど愚者の思考よ! まだ発芽しておらず、どんな花を咲かせるかも分からない芽に向かって花弁の美しさを品評する事の何と稚拙な事かッ!! また胸の小さい女性に向かっ『胸が小さいから児童』などと……人権侵害も甚だしいッ!! ア〇モンがジオグ〇イモンに成るかはこれからなんだよッ!!」


 ヒンヌー教祖は尚も酷く顔を歪めて唾を撒き散らしながら早口で捲し立てていく。

 そんな急変した彼の様子にハンネスは『アイツやべぇって!』と慌て、ユウは『厨二病にしては重症だ! ちゃんと戻って来れるのか?!』と変な心配をしていた。


「はぁ、非常に嘆かわしい事態です……なんと異端はこれだけではありません」


 一転して急に落ち着いた口調になり、両手を合わせて祈る様に顔を上げるヒンヌー教祖にハンネス達は底知れぬものを感じ始める。


「我らが聖母のファンアートと称し、なんと胸を盛った極悪絵師が居たのです……」


「なんと罪深い」


「無知もここまで来るといっそ哀れだ」


「救ってあげたい」


 もしやコイツら全員アホだな? と今さらながらにハンネスは気付いた。


「厳しいことを言いますが、貧乳キャラの胸を盛ったり百合の間に挟まる男性はクラスで浮いていますし、頑張って場を盛り上げてくれようとしてくれているのは分かりますが正直なところ全員アナタの事を面白いとは思っておらず、あまりに臭くて近付くだけで女性に大きめの石を裏返した時の様な嫌悪感を与えるので死後にも安寧はありません」


「いや言い過ぎだろ」


「酷すぎる」


 思わずツッコミを入れる二人である。


「皆さん良いですか? 巨乳よりも貧乳が大好き派は仕事ができコミュニケーション能力が高く、高学歴で高収入、高身長でイケメン、周囲の人間から信頼され、人生が充実している傾向にあると言われています。逆に巨乳好きは昼休みを自身の机に突っ伏して寝たフリをしたり、窓の外を眺めて過ごしていた方が多いようです」


「さっきから言っている事がめちゃくちゃだ……」


「何なんだコイツ……」


 義務教育の成果か? これが……


「教祖様! 哀れな私めに啓示を頂きたく!」


 と、そんな風にハンネスとユウの二人がドン引きしていると、講堂内の信者の一人が大きな声を上げてヒンヌー教祖へと詰め寄る。


「無礼者!」


「教祖様に対して不敬であるぞ!」


「控えなさい! ……良いのです、迷える同志を導くのもまた私の務めです」


「おぉ、なんと心の広い……」


 登場人物もれなく全員大真面目である。

 これではハンネスとユウの二人が思わず逃走経路の確認をするのも無理はない。


「この愚かな私めに〝ちっぱいの定義〟をお教え下さい!」


「なるほど、そこに悩んでおられたのですね」


 信者の女性へと柔らかな微笑みを向けて、ヒンヌー教祖は予め用意していたかの様に淀みなく答えていく。


「良いですか、お嬢さん……〝ちっぱい〟と云うものは『ほぼぺったんこでありながらも、生意気にもツンとトンがった小さな膨らみ』を指すのです……〝まな板〟や〝絶壁〟と呼称される様な乳房は貧乳でもちっぱいでも、ましてやおっぱいでもない​――ただの〝胸部〟です」


 出入り口を塞がれている事に顔を青ざめるハンネスとユウ。


「皆さんも今一度お聞きなさい! ちっぱいとはなんぞや! ……それはまな板の上に生意気な蕾がツンと乗ったモノを指します! 間違っても膨らみ皆無の〝胸部〟でも、寄せられる程度にある〝おっぱい〟でもありません!」


 天を仰ぎ見る様にヒンヌー教祖は高らかに告げる。


「そしてそんなちっぱいについて、我々はなんと表現すれば良いのでしょうか?」


 一転して穏やかに、祖父母が孫に教え諭す様に柔らかな口調で語り続けるヒンヌー教祖。

 大仰な身振り手振りを交え、彼は教えを説く。


「俗世の者達はみな、巨乳の感触についてやれ鞠だとか、ボールだとか、クッションだとか、餅だとか、たわわだとか……様々な表現をします……ではちっぱいについてはなんと表現すれば?」


 と、ここで動きを止めたヒンヌー教祖は自身の向かい側の壁を……そこに存在するステンドグラスで表現された聖母マリアの絵姿に向かってそこに神が居るかの如く両手を広げ、恍惚とした表情で仰ぎ見ながら〝真実〟を語る――


「――そう、〝軟骨〟です」


 その有り難いお言葉に信者達は滂沱の涙を流して感動に咽び泣く。

 草花が芽吹き、獣が大地を駆ける……鳥は雄大な空を舞い、河川は母なる海へと還る。

 老いた大樹は朽ちて大地に落ち、風が種子を運んでまた別の場所で根を張るのだ。

 そうした偉大な自然のサイクルの中に我々人類もまた生きている……そう、ここは生命の星――地球。


「流石は教祖様だ」


「教祖様はいつも我々を導いて下さる」


「魂が救われた」


「何がなんでも生きねばと……そう、思った」


 今日もまた、死んだ魚の目をしたハンネス達の目の前で多くの人々が救われた――

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