第262話銀行設立
「……で、その銀行ってのはなんだ?」
何やらぐったりと疲れた様子のエレンさんが手鏡を器用に使って、頭皮の様子を気にしながらそんな事を聞いてきます……頭に何かあるのですかね?
まぁ今は脇に置いておいて、せっかく聞いてくれているんですから、ちゃんと説明を致しましょう。
「簡単に説明するならば、個人や組織が管理するには多額のお金を預ける場所を作りましょうって事ですね」
「……絶対にそれだけじゃねぇだろ」
「ふふっ、流石エレンさんですね? よくお分かりで」
「……試しやがったのか」
胡乱な目でコチラを覗き見てくる彼に向かって指を四本立てて見せます。
さらに疑問の表情を深めたエレンさんに薄く微笑みながら、改めて説明してあげましょう。
「銀行に求めている役割は四つです」
「……四つだぁ?」
一つ目は貨幣の安定的な供給と物価調整です。
現在の『バーレンス連合王国』では、度重なる戦勝や新たな領土獲得などで物価上昇が続き、緩やかなインフレが発生しているのが先ほどエレンさんから説明される時に使用された資料から読み取れます。
これはつまり経済が上向きに成長しつつあるという事ではありますが、しかし一歩間違えれば物価の高騰を招き、民衆の生活を圧迫しかねないものです。
「貨幣の数量を効果的に調整するためには、銀行の存在が必要不可欠だと言えるでしょう」
もう一つは富の再分配ですね、基本的にお金というものはお金のあるところに集まる傾向がありますので、お金持ちはさらにお金持ちに、そして豊かな地域はさらに豊かになります。
まあつまり、現在の『バーレンス連合王国』では人や物、お金が首都である『始まりの街』に急速に流れ込んでいるという事ですね。
この流れは決して悪いことではないのですが……行き過ぎれば地方の窮乏を招きかねず、それは安全保障上とても望ましい事とは言えません。
ですがそこで銀行の存在が役に立ちます……『始まりの街』の富裕層、中流層などから預金を募り、これを地方へと投資するのです。
そうすることで中央に集まった貨幣を、再び地方へと再分配する事ができます。
『バーレンス連合王国』の経済全体の還流を作り出すことで、持続的に好景気を維持するのが目的の一つですね。
「要は国を安定化させましょうという事です」
もう一つは借金の整理のためです。
『バーレンス連合王国』は多少なりとも借金を抱えています。
いくら戦争に勝利し、多額の賠償金を得たり『メッフィー商業立国』を呑み込んだとはいえ、度重なる戦費と、新たに得た領土に統治機構を設置する為の資金は幾らあっても足りず、それなりの借金がある様で、その全てを返済することはいくら何でもすぐには無理です。
少額とはいえ、国家を運営するのに必要な額ともなればそれなりのモノになりますから。
「なのでこれらの借金を銀行に肩代わりさせることで整理し、返済先を一本化させましょう」
最後の一つは戦費の確保のためです。
絶対不可侵領域のエルさんと楽しい総力戦を始めますからね、その戦費の確保の為に銀行が必要なのです。
「まぁ、他にも色々な目的の為にも使えますがね」
「……その銀行とやらを設立すればその全てが達成されるとでも?」
「成功したらの話ですが、概ねはその通りです」
「ふむ……」
地球の概念を持ち込んでいるプレイヤーの方々はよく散見されますし、まぁ大丈夫なのではないでしょうか。
上手くいかなくともその時はその時です……私の能力が至らなかったと反省しましょう。
「まず一番最初に作る銀行は『バーレンス国立銀行』……国が管理運営する銀行であり、主に国債の発行、それから貨幣の安定的な供給と物価調整をして貰います」
一番重要な施設であり、まず一番最初に作るべき施設であるこの銀行には初めに貨幣、というか紙幣の発行をやって貰います。
データ化出来る渡り人達と違って、このゲーム世界のNPC達は生真面目に金貨や銀貨なんかをジャラジャラと持ち歩いていますからね。
そんなのを持ち運ぶのも、保管するのも場所を取って嵩張ります。
それをまず便利にしますよ、同額の金と交換出来ますよ、と謳いながら『バーレンス銀行券』という名の紙幣を発行し、国中の金貨を掻き集めるのが目的ですね。
もちろん複数同じ銀行を国中に……最低でも主要都市には必ず置きます。
「それで金貨を掻き集めようってか? 一度きりの詐欺にしかならんぞ?」
「いいえ、詐欺ではありませんよ。次第に皆さん自分達が持っている物がただの紙だという事を忘れますから」
その掻き集めた金貨なども国庫に入れる事は出来ますが、別にそれはあくまでも副次的なものでしかありません。
国がその価値を担保し続ける限り紙で物資が交換でき、物資と交換できる限りは国民の資産は何も変わらずそのままです。
そのうち『お金』という言葉通り、自分の持っている紙が金貨だと思い込む様になるでしょう。
「……その紙に価値を与えてどうする? ただ便利になるだけじゃないのか? そんなんで普及できるかね?」
「資産を銀行に預けておくと金利が得られる……要は資産が増えますよって言えば良いんですよ」
「……なるほど、国民から金を借りるのか」
「理解が早くて助かります」
個人個人が持っている資産は少額でも、それを国中から掻き集める事が出来ればそれなりに大きな額になります。
要は塵に等しい国民一人一人の資産を合わせる事で、一つの巨大な資本とする事が目的です……まさに塵も積もれば山となる、ですね。
国を運営するには少しばかり足りない金額かも知れませんが、これをしないと銀行を設立する意味がありません。
「なので国民には勿論のこと、冒険者や商業等のギルドや貴族家にも銀行を利用して貰わなければ話になりません。彼らの持つ多額の財産も預金して貰わねば困ります」
「……なるほどね」
「次に私達以外の組織にも銀行を作って貰います」
「あん? せっかく気に入らねぇ組織の資産を差し押さえられる特権を手放すと?」
おや、流石エレンさんですね、もう資産の差し押さえにまで考えが至っていましたか。
「もちろん私達が管理下に置く『バーレンス銀行』の管理下に置いて貰いますが……そうですね、この機会に株式も導入してしまいましょう」
「また訳の分からん言葉が……」
「まぁ株式については後で説明するとして、国が『バーレンス銀行』の株を五十一%以上、さらに『バーレンス銀行』がその他の銀行の株を五十一%以上保有する様にして下さいね」
「……メモっとけ」
「へ、へい!」
疲れた表情で眉間を揉みほぐしながら、エレンさんに支持された部下の方が慌ててメモを取っているのを確認してから、改めて『バーレンス銀行』以外の銀行を作る利点を説明します。
というか、これこそが銀行を作る上での最大の利点と呼べるのではないでしょうか?
「私達以外に銀行を作って貰う理由ですが──『信用創造』をする為ですね」
「なんだそりゃ……」
「そうですね、簡単に説明するならば……」
まずAさんという方が居ます。
このAさんという方は五千万の資産を持っており、その五千万を銀行Xへと預けました。
すると今度はその銀行XはBさんへと、五千万のうち四千万を貸しました。
そしてそのBさんが今度は銀行Yへと借りた四千万を預け、その銀行YはCさんへと三千万を貸し与える。
さらにそのCさんが銀行Zへと三千万を預けるとしましょう。
「なんとビックリ、元々は個人の五千万が書類上では銀行Xに五千万、銀行Yに四千万、銀行Zに三千万の合計一億二千万に増えるという訳です」
「……詐欺じゃねぇか!」
「違います、信用創造です。これにより国内にある、国が国民から借りる事の出来る資産が増えるのです」
近代以前の国家の財政というのは、どうしても税収に左右されますからね……税収、つまり収入を超える予算を組むことはできません。
借金をすることもできますが、気軽に行うことはできないのです。
しかし銀行ができれば話は変わります……自由にお金の貸し借りができる様になり、財政の自由度が上がるのです。
……まぁもっとも、逆に言えば際限無く借金が膨れ上がる可能性も残ってはいますがね。
「はぁ……まぁ、概要は分かったが、そう簡単に受け入れくれるかね?」
「受け入れてくれるか、ではありません。受け入れさせるのです」
何のために私が中央集権化と分割統治をエレンさんに教えたと思ってるんですか? 多少のリスクはあれど、こういう大規模な改革をする時に強権でもって愚者を黙らせる為です。
それに、彼は国王業が板についたせいで忘れいる様ですね……それ自体は喜ばしい事ではありますが、自らが持つ最大の力を忘れて貰っては困ります。
「学の無い国民に関しては何とかするしかありませんが……エレンさん、貴方は──国王である前に裏社会の若頭でしょう?」
「……あぁ、そうだった。書類仕事が続いたせで少しばかり忘れていたらしい」
口角を吊り上げ、ニヒルに笑いながらボヤいた彼が煙管に火を付ける。
そのまま紫煙を吸って吐き出しながら私に向き直ったエレンさんが口を開きます。
「馬鹿な貴族や商人、ギルドの一部の幹部の弱みは握ってる……
「ふふ、頼もしいですね」
周囲から一斉に生唾を飲み込む様な音が聞こえた気がしますが、それよりも思いの外上手く事が進みそうで何よりです。
やはり彼を仲間に引き込んで正解でしたね、ここまで有能な人材は現実の世界にも中々居ませんよ。
「で? 教会はどうする? 貴族家やギルドと違って完全に国から独立した組織であり、さらに言えば大陸中央部に総本山がある所が資産を差し押さえられる銀行なんぞに預金なんてしてくれねぇぞ? 第一お前は司教を殺してるじゃねぇか」
尤もな疑問を口にするエレンさんに対して、予め用意しておいた言葉を口にします。
「──では、お次は宗教改革と産業革命ですね」
私の答えを聞いたエレンさんが一度大きく紫煙を吸い、吐き出してから応える。
「……もう許して」
その言葉の意味が分からず、首を傾げながらも次の説明へと入ります。
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