第255話赤い鴉は堕ちる


 ​──終わった。


 私が地に倒れ伏し、殺害対象であるユウが立っている事から勝敗は明らかだった。


「……」


 何度も立ち上がっては自分の持てる全てを注ぎ込んでユウを殺すべく立ち向かった……けれどもただの一度として私の刃は彼? には届かなかった。

 客観的に見ても私の方がスキルではない体術も、VR適性も上だったのにそれでも彼の方が上手で……少し悔しい。

 よく分からないスキルと、それを扱う異常なまでに高いPSプレイヤースキルと記憶力、そして処理能力が彼の強さの秘密だろうか。

 私は常に後手に回され、起死回生として無理に攻めに転じたとしてもいなされる。

 正直に言って彼の扱うスキルの悉くがムカつくし、やっていられない。


「どう? 満足した?」


「……満足?」


 敗者である私に勝者から投げ掛けられる言葉がそれなのか……どうだ、満足したかと詰られるのだろうか。

 だとするのならば彼の性格は良いとは言えない、けれどもそれを責める資格は私にはない​──


「​──全力で競い合うのって、楽しいでしょ?」


「​──」


 そう言って屈みながら、割れたペストマスク越しに私の目を覗き込む彼の言葉に息を飲む。


「PKも楽しみ方の一つではあるけどさ、やっぱりゲームって驚きと発見、そして勝った時の高揚感と負けた時の悔しさが醍醐味だと思うんだ」


「……」


「だからさ、目標の人物を殺してはい終わりじゃなくてさ……全力を出しても勝てなくて悔しいって思って貰った方がゲーマーの僕としては嬉しいかな」


 そう、かも知れない……私は確かにこの人とのPvPを楽しんでいた節がある。

 自分では気付けなかったけど、何かに追われる様に手段としてこのゲームをしていた私が初めて……心の底から『遊べた』気がする。


「私も、アナタに負けて悔しかったけど……次は最強装備で返り討ちにしてやるんだから!」


 コッチは確かマリアという名前だったか……この子は私に殺されて恨みを抱くのではなく、ユウが語った様に悔しがってくれているのか。

 本人の同意もなくPKを仕掛け、襲いかかってきた私に何故そこまで情を掛けてくれるのかが分からないが……心地いいのは確かだった。


「ほら、マリアもこう言ってるしさ……ゲーマーはね、勝った側は大袈裟に喜んで見せ、敗者は心底悔しがって再挑戦に向けて爪を研ぐ。勝者はそんな敗者の再挑戦を心待ちにするものなんだ……持論だけどね」


 そう語るユウの口調は何処までも優しくて……下層で野垂れ死にした兄をどうしても想起していしまう。


「​ガチ勢やエンジョイ勢の区別なく​──ゲームは楽しんでやらなくちゃ勿体ないぜ」


 少しばかりカッコつけた様な物言いで持論を語りながら、私へと手を伸ばすユウの……前髪に隠れて見えなかった赤と黒・・・の瞳に目を奪われる。

 私が唯一識別できるこの二色、今まで見てきたどの二色よりも……私にはどうしようもなく綺麗に映った。


「……赤と、黒」


「え? ……あぁ、これ? これは生まれつきなんだけどさ、ゲームならキャラ作りとしてそんなに目立たないからそのままにしてるんだよ」


「そもそも前髪が邪魔で見れないから切りなさいよ」


「え、いや、それはちょっと……十六年共に過ごしてきた前髪がないともはや落ち着かない身体になっていると申しますか……」


 あぁ、なるほど……彼も・・、私と同じで生まれつき目に問題があった人なのか……そう認識すると途端に親近感が湧いてくるから不思議なものだ。

 そんな事を考えながら腕を上げて伸ばされた手を掴もうと​──する直前で動きを止める。


「? ……どうしたの?」


「……流石に臭いことを言いすぎて気持ち悪がられちゃったんじゃないの?」


「そ、そんな事は……!」


 何だろうか、この胸の高鳴りは……なぜ一旦落ち着いたはずの私の心臓はこんなにも暴れているのだろうか。

 なぜこんなにも自分の顔が熱いのだろうか……マスクを着用しているとは言え、周囲にはまだユウがスキルで出した氷に覆われていると言うのに。

 どうせ識別できやしないのに、何故だかユウの顔を見る事が​……恥ずかしくて出来ない。


「……」


「あ、え? フレンド申請?」


 とりあえず自分の不調は一旦脇に置いておいて、直前で止めてしまった手を誤魔化す為にユウへとフレンド申請を送り付けてやる。

 フレンド登録なんて、幼馴染みの男の子以外では初めての経験だったせいか、少しだけ緊張した。


「……また、君に挑んでも良いかな」


「それは勿論構わないけど? ……あ、今度は間違えないでね! フレンドなら頭上に目印アイコンが出るし、ちゃんとそれを確認すること!」


「……分かった」


 良かった、また会えるんだ​──じゃなくて、リベンジの機会を得られたのだからもはやここに留まる理由もないだろう。

 せめて次回戦う時は、先ほどの戦いでユウが繰り出してきたスキルには対応できる様に研究しなくてはならない。

 ……だから、先ほどの戦いを録画した物を何回も何回も見なくてはならない。


「……じゃあ、もう行く……迷惑を掛けた」


「あ、うん……またね!」


「……ねぇ、私には?」


 そのまま正体不明の恥ずかしさを振り切る様に、私は自らの喉を切り裂いてリスポーンする事にした。






「私だけフレンド申請来てないんだけど?」


「……マリアはほら、負けたから?」


「……ぐすん」


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