第212話ファストリア農業都市観光案内その3

「それで? その方々が観光案内をしてくれると?」


『……(コクッ』


 生き残った数名の部下を連れてその日の夜のうちに寡黙な騎士様に案内されて宿の一室に入ル……そこに居たのは騎士様が護衛をしていたはずの少女が居ル。

 俺も姿絵のみで、直接見た訳じゃなかったガ……なるほど、こりゃ確かに欲しくなル。

 高級娼婦や大国の美姫すら霞む程の美貌……それもどこか幼さが滲み出る危ない色香を纏った極上の果実ダ。


「……やはり、どこの街にもエレンさん達みたいな人達は居ると考えるべきですかね」


 脚を組み、机に肩肘を立てて指先を口元に添えるという貴族のお嬢様にしては少し行儀の悪いその様を見るだけで何処か落ち着かなくなル……俺が画家だったらなりふり構わずこの少女を絵に残しただろうニ……勿体ないとすら思えル。


「うーん……王女さんを狙う勢力が居て、その方は大公選挙とやらにも本気だと……どう動き遊びましょうかね」


 机を挟んだ窓に向かって物憂げに吐く息……眼鏡をスルりと取り外シ、なんの障害もなく見る事のできるその美貌に部下たちはソワソワとし始めル……まるで目の前でお預けを食らった飢えた犬の様ニ。


「あの王女さんの目的もイマイチ分かりませんしね」


 そんな部下たちの前で紐を引っ張る事で後ろに纏めた髪をサラリと流シ、部屋中に目の前の少女の甘い香りが漂ウ……なまじ訓練を受けているばかりに、この少女の香りを鮮明に嗅ぎとれてしまウ。

 ……コチラに意識を全く向けずに、無自覚に部下たちの劣情を煽るのは止して貰いたいものですネ……ちょっとこのお嬢様は本当に危機感が足りないんじゃありませんかネ、騎士様?


「あ、アー、ゴホン! ……少しいいですかネ?」


「……なんでしょうか?」


 恐る恐る声を掛けてみれば、まるで今思い出しましたと言わんばかりの反応で振り返るお嬢様に脱力してしまウ……やはり建前上は騎士様の上位者ですガ、実際はお飾りと見た方が良いのですかネ?

 ……ぶっちゃけ、まだこの少女の事を測りかねますネ。


「……それデ? 俺たちは何を求められているんですかネ?」


「そうですね……先ずはこの国の表裏を合わせた情勢や、あなた方の雇い主についてと、それから​──」


 ……ちょっと注文が多すぎやしませんかネ?

 確かに貴女の護衛騎士には不本意ながら敗北を認めはしまさたガ、だからと言って無条件に他国のスパイに言いなりになるのは我々の面子が立ちませン。

 さて、どうやってこの世間知らずのお嬢様を言いくるめるべきカ……騎士様と違って生きてはいますから暗殺は可能でしょうがネ……その後の騎士様が怖いんですワ。


「……おい女、あまり調子に乗るなよ?」


「……あまり、とは?」


「俺たちはそこの騎士に負けたのであって、お前みたいな小娘に負けた訳じゃない……何かを要求したければ対価を払え!」


 おっと、俺が色々と思案している間に業を煮やした部下の一人が先走りましたカ……このお嬢様の色香と騎士様への恐怖を振り払う意図もあるのでしょうガ、あまり勝手な行動はしないで貰いたいものですネ、えェ。

 例え声を上げたのが雇い主から借りた私兵だったとしてもその時は容赦なく処分しますヨ?

 ……まぁいいでス。丁度良いですからこのまま様子を見テ、このお嬢様がどの様に対応するのかを​──


「​──あ、じゃあ良いです」


「カヒュッ?!」


 ……あまりに自然とやるものですかラ、一種何が起きたのか認識できませんでしたネ。

 まさかただの世間知らずのお嬢様だと思っていた少女が何の躊躇いもなく短刀を降るって喉を掻き切るなド……誰が考えるでしょうカ。


「それ、苗床にしても良いですよ」


『『ギチチチチッ』』


 そのまま当たり前の顔をして何処から出したのか分からない禍々しい蟲を飛ばし、未だに死ねずに喉を抑えながら苦しみ藻掻く部下にその蟲たちが卵管をブスブスと突き刺していく様は出来の悪い悪夢のようですネ……どうやら貧乏くじを引いたみたいでス。


「そこの一番偉そうな人だけ居れば良いですね、視線が煩わしい小蠅は間引きましょう」


 どの様なスキルを使っているのかは分かりませんガ、足元から影を伸ばして余った最後の部下二人を拘束シ、そのまま一瞬の躊躇いもなく首を落とス……部下だった物たちの激しい血飛沫をBGMニ、自らの足元に転がって来る焦点の合わない生首……多分俺の目も虚ろになっているでしょウ。

 ……今ならハッキリと理解できまス……ソワソワとして落ち着かなかったのは決して騎士様への恐怖やお嬢様の色香に当てられてじゃなイ……長年の勘が激しい警鐘を鳴らしていたのだト。


「……それで、ギラン……さんでしたか?」


 そしてたった今、顔馴染みに挨拶でもするかの様な気安さで人を殺してそれを蟲の苗床にするといウ……俺たちでもやるとしたら何も感じずにはいられない事を仕出かした気狂い女がこっちへと意識を向けル。普通に怖イ。

 いやもウ……俺が一番偉そうだってバレちゃってるシ、多分部下たちの様に殺してくれはしないだろうなァって考えたらサ​──


「貴方の雇い主は誰ですか?」


「サーディス商会当主のグレゴリウス・サーディスでス!」


 ​──いやこれ即答するしかなくなイ?


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