第208話国境の隠れ家

「……眷属の補充が出来たのはタイミングが良かったですね」


 逃げた間者の一人を追い掛けながら花子さんと武雄さんのステータス画面を確認しつつ呟きます。

 どうやらこの子達の様に『眷属』関連のスキルを持った従魔は「眷属の数=ステータス」という、少し特殊な仕様な様ですからね……普段から花子さんと武雄さんの眷属達を使って空襲や目くらまし等に使用していますが、その度に一匹一匹の強さはそれほどでもない眷属達は討ち取られ、目減りしていましたから……殆ど情報のないまま仮想敵国に潜り込む前に補充できて本当に良かったです。


「イベント報酬で装備も新しくしましたし、山田さん達も強くなっていますし……新エリアでは何処まで通用しますかね?」


 何か条件があるのかは知りませんが、未だに大多数のプレイヤーが『中央大陸西部エリア』……『エルマーニュ王国』や『ブルフォワー二帝国』、そして『バーレンス連合王国』を始めとした馴染み深い国があるエリアから出れていません。

 その現状を鑑みても、偶然とはいえ一足先に『中央大陸北部エリア』へと足を踏み入れるのですから、一気にMobモンスターやNPCの強さが跳ね上がる可能性が高いです。


「……と言いますか、ワールドマップを見る限りは既に『北部エリア』へと入っていても不思議ではありませんね」


 マップを見ればだいたいの現在地は分かりますが……なにぶん、間者が逃げた先が山奥ですからね……街道などの目印となる様な視覚情報がないので、本当に大雑把にしか把握できません。

 それに完全に初見の地理ですし、悪路はスキルで何とかなるにしても、度々花子さんと武雄さんの眷属達を飛ばして空から地形情報などを入手しながらになるので歩みも遅いですね。


「……あの家ですか」


 ワールドマップの自分を示すマーカー的には……ギリギリ『バーレンス連合王国』の領土内ですね。……人の領土内になに勝手に拠点を作ってるんですか? いや、ほんの少し前は王国領土でしたけど。


「『隠密』『消音』『聞き耳』」


 外から見られては不味い物でも置いているのか、窓すらない建物の屋根に飛び乗り、通気口に顔を近付けて中の様子を探りますが​──


『​■■■、​■■■■■■!』


『​■■■■■■■■』


『​■■、■■■■■■■?!』


『​■■■■■■』


 ​──全く内容が分かりませんね。

 ……せっかく北部で使われるらしい『シャマル諸言語』スキルを取得したというのに、レベルがたったの一しかないのではあまり使えないようです。困りましたね。


「仕方ありません​──」


 屋根からドアの前に降り立ち、『解錠』と『侵入』、そして『隠蔽』スキルによって中の住人に気付かれずに建物内へと入り込みます。


「​──殺しますか」


▼▼▼▼▼▼▼


「​──ドウシテ、ドウ、シ……テ」


 耳から太郎さんを入れてみたところ脳みそでも食べているのか、頭部がぼこぼこと蠢いているのが窺えるのと同時に、勝手にうわ言のように単語を発するだけのスピーカーに成り下がってしまった方の音声をBGMに間者達の拠点の資料を漁りますが……やはりと言うべきか、全く読めませんね。

 やはり『シャマル諸言語』スキルのレベル上げは急務でしょうが、どうやって上げるのでしょう……やはり現地でリスニングが一番効果的ですかね。


「ふむ……『暗号解読』スキルが反応していますね」


 大雑把とですか、何となく「あぁ、こんな感じの事が言いたいんだな」みたいな事が分かりますね……それでも何の事やらさっぱりですね。

 この状況を見るに『シャマル諸言語』スキルのレベルが高くてもマトモに読めたかどうかは怪しいですが……一つの指標にはなるでしょう。


「何か慌てているようなニュアンスが感じ取れますね……」


 先ほども何か慌ててはいましたが、恐らく私やエレンさんに気付かれたとかでしょうし……それにもう少し前に書かれた書類でしょうし、別の案件なのでしょうね。

 ……考えても仕方ありませんし、書類は適当に詰めてエレンさんに送り付けましょう……彼なら恐らく読めるでしょうし。


「これは……地図ですか」


 地名も読めませんし、大雑把な物ですが……自身が行った事のない場所はワールドマップでも灰色に塗り潰されていますからね、良い物を手に入れました。

 ……どうやら『メッフィー商業立国』とやらは本当に小国な様ですね……首都と思われる都市以外はほぼ村しかありませんし、首都以外の都市と呼べるような規模のものは三つしかありません。


「この都市が一番国境から近いですね」


 首都を正三角形で囲むように並ぶ都市の内の一角……先ずはそこに潜り込みましょう。


『​──! ​──?』


「ちょっと待って! その格好で紛れ込むつもり? ……ですか?」


『……! (バッサバッサ)』


「せっかくだから変装しよう! ……ですか?」


 ふぅむ……確かに山田さんや麻布さんの言う通り、言語が通じない完全武装の女が新興国である『バーレンス連合王国』に一番近い都市に現れた……となると紛れ込むどころか悪目立ちしますね……それにある程度は『シャマル諸言語』スキルのレベルも上げたいですし、現地民との交流は必須です。

 しかしながらゲームではあまり着替えたりする必要がないため、他の装備品はどれも昔使っていた初期装備や他のプレイヤーやNPCから奪った物ばかりですね……どうしましょう?


『​──ィィイ!』


「……そういえばここは間者の拠点でしたね」


 井上さんの言う通りに探せば色んな階級や職業に合わせた服や装飾品が見つかりましたね……これも戦利品と呼べるのでしょうか?


「そうですね、設定は……」


 サラリと手ぐしを通してから自分の髪の毛を摘んでみますが……母譲りのこの髪で、田舎から出て来たとかは無理がありますかね。


「……異国のお嬢様のお忍びとしましょうか」


 その方が私自身も振る舞いや仕草などが慣れていてやり易いですし、何よりも​──


「​──護衛は任せましたよ、井上さん?」


『​──ィイ!』


 ​──相手に不自然に思われる事なく武装ができます・・・・・・・


「……髪も伸ばしますか」


 設定から髪の長さだけはキャラクリ後でも弄れますからね……流石に貴族の令嬢の髪が短くては不自然でしょうし、一時的に現実リアルの長さに戻しましょう。


「さて、では井上さんはこのアレクセイさんの装備に乗り移ってください」


 私の戦闘スタイルに合う部分だけを抜き取れば「蒼炎の軽鎧」ですが、アレクセイさん自身が装備していた物をそのまま使えば「蒼炎の全身鎧」となりますから、便利です。

 この装備にそのまま乗り移って貰い、適当に「蒼炎の全身鎧」に合う兜でも被せて置けば​──


『​──ィィイ!』


 ​──立派でカッコイイ護衛騎士の完成ですね、井上さんがリビングアーマーだからこそ出来る荒業でしょう。……なんなら『偽装』や『隠蔽』等のスキルを重ね掛けしても良いでしょう。


「では私は着替えますので、その間に山田さんや麻生さんは井上さんと打ち合わせをお願いしますね。……あっ、三田さんと影山さんは違和感がないのでこのまま私と一緒です」


『がぁっ!』


『ヴッ!』


 アクセサリーに憑依できるミミックの三田さんと、ただの影でしかない影山さんはこのまま私に付きっきりで良いでしょう。

 心做しか不満気な山田さんと麻布さんを、これまで強奪してきたプレイヤー達の装備の中から井上さんの『剣術』スキル等が活きる様に移し替えて、井上さんに装備させます。

 とりあえず、変装中は井上さんは寡黙な護衛という設定できましょう……事実として喋れませんし……いや、井上さん達にも『言語』スキルを習得させれば話せる様になったり? ……検証は後でユウさんにでも任せましょう。


「さて、上手く忍び切れていないお嬢様を演じ切れますかね……」


 長い髪を後ろで纏めてポニーテールにしつつ、どの服装がそれっぽいのか……悩みますね。


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