第167話第二回公式イベント開催

「ふぅ……」


俺の一日はこの一杯から始まる……お気に入りのカップを用意して、ドリッパーにペーパーフィルターをセットし、自ら挽いた豆を入れる……そのまま細い注ぎ口から粗熱を取ったお湯を中心に注ぎ、二十秒から三十秒ほど蒸らす。それができたら中心から外側へと回すようにお湯を細く注ぎ、外側までいったら逆に中心へと戻るように抽出量を見ながらお湯を注いでいく。それも終わったらフィルターを外す……この時注意しなければならないのは表面の泡には余分な成分が含まれているため、最後まで抽出しない事だ。


「……好い香りだ」


珈琲を抽出する間に温めておいたお気に入りのカップに注ぎ、まずは香りを楽しむ……これだ、この香りだ……このほろ苦い香りが鼻から脳にまで突き抜けていく感覚が俺の目を覚ます。


「あぁ、今日も良い出来だ……」


出来たての珈琲を一口含み、舌で転がす……コクの深い苦味がじんわりと熱と共に染み渡るようで心地が良い。……カーテンを開いて朝の陽射しに目を細めながら、窓から街や庭を見下ろす……天気も良く、最高の一日になりそうだ。


「ブレンダは今日も朝早くから走り込みか、精が出るな。お、あそこの屋台は再開したのか……今日も大工のサウザーの威勢の良い声が聞こえる」


庭を何周も走り込む武闘派の部下を見下ろし感心して頷き、下っ端組員だった時からお気に入りの飯を出す屋台の復活を心から喜び、故郷の街の復興のために、ほぼ無料で工事を引き受けてくれた気の良い大工の怒声に耳を遊ばせる。


「おっと、気の弱いミケはまたボールを奪われているのか……少し衛兵に注意するように頼むか。ん? またグンタがカミさんに尻を蹴られてら、ちゃんと仕事しないとダメだそ? ジャネスはまたフラレているのか」


この領主の屋敷から見下ろせる広場で朝早くから子ども達が遊んでおり、その中でまた同じ面子が同じ事をしている……イジメは良くないぞ? グンタもちゃんと言われなくても働かないとな……ジャネスはいい加減諦めろ。


「暖かな陽射し、爽やかに吹き付ける風、領民の笑い声、そして──」


時間も早いために横から俺達を優しく照らしてくれる朝日に、それらに炙られて火照った身体を冷ましてくれる風、クソ女のせいで経済状況も物流も不安定なのに元気いっぱいに活動する領民の笑い声に励まされる……そしてなんと言っても──


「──俺の執務机に座るクソ女」


「やぁエレンさん、またお邪魔しています」


「クソッタレ!」


俺は手に持っていたカップを思いっ切り床に叩き付けながら叫ぶ……せっかく人がとても爽やかな気分で朝を迎え、今日も一日頑張ろうって時にこの女ァ……!! あと勝手に人の椅子に座ってんじゃねぇよッ!!


「今日は話があって来たんですよ」


「だろうなァ? 厄介事しか持ってこねぇもんなァ?!」


こっちはお前が残した爪痕が未だに尾を引いてて大変なんだよ! 復興すらまだ終わっていないのに商人は寄り付かねぇし! 領内の治安は最悪だし! 挙句の果てには中央神殿は司祭を寄越してくれねぇ!


「……何をそんなに怒っているのですか?」


「てめぇの胸に手を当てて、よぉく考えてみろ」


ふぅ……少し落ち着け、俺! このクソ女とやり合うってのに、冷静じゃなかったら食い物にされるだけだぞ……素直に自分の胸に両手を当てる奴を見ながら新しいカップに珈琲を注ぐ。


「……………………前より少しだけ大きくなりましたかね?」


「……それはツッコミ待ちか?」


「? ツッコミ、ですか?」


「……いや、いい」


そういう事じゃねぇんだよ……反応しづらい返しをしやがって、お前の胸の大きさや成長具合なんてどうでも良いんだよ……そんな事を聞くわけねぇだろ、そんな事で怒る訳ねぇだろ。……クソッ! 落ち着け……まずは珈琲を飲んで落ち着け。


「それで? 話ってなんだ? もう建国ぐらいじゃ驚いてやんねぇぞ──」


「──周辺諸国に宣戦布告しておきました」


「クソッタレ!」


俺は新しく珈琲を注いだカップを思いっ切り床に叩き付けながら叫ぶ……床を掃除していた部下が迷惑そうな顔をするが知ったことか! 今なんて言った?! あぁ?!


「おまっ、今……今なんて?」


「? いえ、ですから周辺諸国に宣戦布告しておきましたと……」


「それはもう聞いた! なんでそんな事したのかって聞いてんだよ?!」


なんで俺が『なんで人の話を聞いていないんでしょう』とでも言いたげな眼差しで見詰められなきゃいけないんだよッ!! はぁ〜、キレそッ!!


「? とりあえず『ベルゼンストック市』とは話がつきましたので海は私達の物ですよ」


「人の話聞いてたか?!」


「ちなみにエレンさんが王様です」


「クソッタレ!」


俺は新しく珈琲を注いだカップを思いっ切り床に叩き付けながら叫ぶ……床を掃除していた部下が同情的な眼差しをするが知ったことか! 俺が王様ァ?! はァ?! ついに頭がイカレちまったか、このクソ女ァ!!


「国名は『バーレンス王国』なんてどうですか? ふふ、ただの辺境領だったここも随分と出世しましたね?」


「まてまてまて、待てッ!!」


もういいよ! 百歩譲って建国も、『バーレンス王国』っていう国名も認めよう! ……認めたくはないが。……でも! なんで俺が王様をやらなくちゃいけないんだよ! 最近では親父も俺を同情的な目で見て来やがるッ!!


「? どうしました?」


「俺は王様なんて嫌だぞッ!!」


「? …………あぁ大丈夫ですよ、周辺諸国を飲み込んで皇帝です。その時は『バーレンス帝国』ですかね?」


「クソッタレ!」


俺は新しく珈琲を注いだカップを思いっ切り床に叩き付けながら──珈琲切れてるじゃねぇかッ!! 床を掃除していた部下が顔の前で聖印を刻むが知ったことか! 皇帝?! 帝国?! はァ〜〜〜〜ッ??!! …………こんのクソッタレッ!!


「もう……頼むから、会話をしてくれ……」


「? ……エレンさんはどうしたのですか?」


「えっ? そ、それは……兄貴は多分疲れてるんですよ……」


頭を抱えればクソ女と部下が会話する声が聞こえる……どうしたのかじゃねぇよ、疲れてるんですよじゃねぇよ……疲れてるけど。……珈琲をまた──切らしてたんだった。


「まぁ、良い……とりあえず詳しく説明してくれ……」


「あぁ、なるほど……今回イベント──渡り人同士のお祭りのようなものがありまして……」


「? これか?」


「はい、そうです」


目の前のクソ女から渡された紙には『借り者競走』とかいうふざけた題名の催し……その詳細が書かれており、なんともまぁ頭のおかしい事を考えるものだと感心すらしてしまう。……紙の上に落ちる俺の髪を払い除ける。


「……ここに? 敵国の要人を? 連れて来るのか?」


「そうですね」


震える手で紙を落とさないように気を付けながら問えば、無情な答えが返ってくる……そりゃ上手く行けばこの領地──いやもう国だったか、のクソみてぇな状況も好転するだろうが……警備とかどうすんだよ、マジで。……紙の上に落ちる俺の髪を払い除ける。


「ちなみにですが──」


はぁ、本当にどうしたら良いんだよこれ……ムーンライト・ファミリーの幹部に若くしてなれた事を喜んでいたのが懐かしく、昨日の事のように思い出せるぜ……まだ一年も経ってないんだけどな。……紙の上に落ちる俺の髪を払い除ける。


「──エレンさんも要人として狙われますので、よろしくお願いしますね?」


「──」


「多分、色んな渡り人に狙われるとおもいますよ?」


…………待ってくれよ、それはないだろう? 俺が今まで何をして来たって言うんだ……俺がして来た事なんて人身売買、貴人を娼婦に貶す、敵対組織の幹部を薬漬け、人攫い、殺人、強盗、闇金……その程度じゃねぇか。なぁ、頼むから許してくれよ……それが無理でも、せめて──


《ただ今より、第二回公式イベントを開始致します》


「あ、今始まったようです」


──俺は黙って自分の頭に育毛剤を振りかける。


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