第125話一条玲奈の日常その6

「いやー、昨今のAI技術は凄いですな」


「まるで現実の人間と見分けが付きませんからね」


私の目の前で中年の男性が二人、奥のステージ上で司会進行をこなすホログラムで写し出されたAIキャラクターを見ながらそう話す……正直なところどうでも良いのですが、なぜか今回は度々話しかけられてしまいますから無視することも出来ません。


「玲奈嬢もそう思うでしょう?」


「……そうですね、現実の人間を殺……と話しているのと変わりありませんでしたね」


……確かこういう場合はただ同意を求められているだけなので、少し自分の意見を添えるように返事をするのが『正解』だったはず……です。まぁ相手のおじ様の満足そうな顔を見る限り合っていたのでしょう。


「確かAIが本格的に開発され始めたのは二十一世紀初頭でしたな」


「然り。あの当時は中国とロシアが日本やアメリカよりも優れたAIを開発するなど想像もしていなかったみたいですな」


退屈ですねこの新年を祝う集まりとやらは……今の時代の華族に求められているのは『血筋』でも『財力』や『権威』でもなく、各界を繋ぐ『人脈』ですからね……こういう集まりは定期的に開かなければその意義さえ失いかねませんので仕方がないとは言えますが。


「いやー、第二次太平洋戦争では人海戦術を得意とする人民軍がAIや無人機を使った『人の死なない戦争』をするとは思わなかったみたいですね」


「何を言いますやら、既にあの時代には軍事費の半分が人件費に飛ぶくらい兵士の命が高かったのですよ?」


やはり最新技術とやらに興味があるのかそのAIの話題に移ってしまいましたね、まぁ華族は新しい物が大好きですからこうなるのも仕方がないでしょう……それよりも、もうこの場を離れて良いものか判断がつきかねるのが困りものです。


「やぁ玲奈さん、ここ空いてる?」


「……えぇ、どうぞ」


また会場の端に向かおうとしたら弥彦さんが来てしまいましたね……特段話す事もないですがそうですね、この方を面倒くさいおじ様方に対する防波堤にしましょうか。


「君は……九条公爵家の」


「五摂関家の内二家の子息と令嬢が揃うとは……珍しいですな」


「ハハ、学校も同じだしこの前ちょっとね?」


……そういえばこの歳ぐらいのおじ様やおば様は下世話な話が好きでしたね、目の色が変わりました。おそらく私と弥彦さんが婚約関係かそれに近い間柄とでも思ったのでしょう……こういう時はどう受け答えするのが『正解』だったでしょうか?


「別に彼女とはそういう関係ではないのでよろしくお願いしますね?」


なるほど、キッパリと否定する事が『正解』みたいですね? 私も弥彦さんに続いてハッキリと否定しましょう。


「おぉ、そうでしたかそれは──」


「──男女が一緒に居るからと、直ぐに恋愛に直結させるのはカビ臭いですからね」


「「「……」」」


まだ疑ったような目で見てくるおじ様に対してちゃんとハッキリと言えば三人共が固まってしまいましたね……どうやら私の対応は『不正解』だったようです、もっとハッキリと申した方が良いのでしょうか? いけませんね、恋愛方面はどうも経験も無ければサンプルケースも少ないので『普通』の対応が難しいです。


「皇族ですら自由恋愛ですのに、華族がイマドキ政略結婚などをするはずがッモゴ?!」


「……彼女、ちょっと疲れているみたいなので少し離れますねぇ〜」


「あ、あぁ……」


「こちらこそ……その、すまないね」


……いきなり何をしでかすんですかね、この人は? なぜか発言の最中に口を塞がれてその場を離れるように引き連れられますが、まさかまた『不正解』な対応をしてしまったのでしょうか? 現実は仏様のように三度も待ってはくれないようです。


「……君さ、擬態が下手くそ過ぎない?」


「っ! まさか……いや、そんな……」


へ、下手くそとまで言われてしまいましたか……これは改善の余地ありですね。弥彦さんも『普通』では無いとは思うのですが、どうやら上手く擬態して溶け込んでいる様で……なにやら嫉妬しますね。


「もしかして『正解』がわからないの?」


「……まぁそうですね、あの場合のサンプルケースが少なすぎてわかりませんでしたね」


歳上のおじ様方から下世話な勘繰りをされてそれを受け流す場面なんて余りありませんし、その内容が恋愛という私には一生縁のない話でしたから尚更ですね。


「君さ、せっかく恵まれた容姿をしているんだから微笑んでおけば良いんだよ」


「? それだけで良いのですか?」


まさかただ微笑むだけですか? そんな事で良いのでしょうか? 確かに私の容姿は母譲りで他人よりは少し優れているとは思いますが……関係ありますかね?


「君みたいな娘がただ微笑むだけだと向こうが勝手に察してくれるんだよ……あ、迷惑なんだなって」


「……そんなものですか」


「そうそう、それに『正解』がわからないなら『無回答』って選択肢もアリだよ」


「なるほど、ありがとう存じます」


どうやら彼は私よりも色々と慣れているようですね、母以外とマトモに関わって来なかった弊害ですかね……。


「じゃあ、僕はこれで」


「えぇ、私はもう帰りますね」


「また『遊ぼう』ね」


「えぇ、また『遊び』ましょう」


既に会場となったホテルの下まで山本さんが迎えに来てくれているはずですし、この退屈な集まりからさっさと退場しましょう。


▼▼▼▼▼▼▼


──ケーキを潰して捨てる。


なんなんでしょうあの男は……本当にこちらの神経を逆撫でするのがお上手なようですね? なにが『新年おめでとう、部屋に贈り物がある』なんでしょう? これ見よがしに後妻とその子らと『家族』をしておきながら。


──ワンピースを引き裂いて捨てる。


この戸籍上の義母からの贈り物も要りません、私の私物にこんな売女の手垢塗れの服など必要ありませんし、それよりも母から貰った服がまだ入ります、古くなんてありません。『実の娘の様に思っているから』などと……知らないおば様に言われても恐怖しかありませんね。


──髪留めを砕いて捨てる。


この戸籍上の義妹からの贈り物も要りません、母から貰ったこの髪にこのような煌びやかで趣味の悪い物など付けなくても問題ありません……私を『お義姉様』と呼ばないで欲しいです。


──花束を潰して捨てる。


この戸籍上の義弟からの贈り物も要りません、母と一緒に育ててきたデイジーの花があります。そもそも知らない男性から突然花束など貰っても気持ち悪いだけです……私を『義姉上』と呼ばないで下さい。


「……特にあの男からの贈り物など」


この戸籍上の父親からの贈り物も要りません、なんですか写真って? なにが写っているのかは知りませんが、そのような吐き気と蟻走感を齎す演出をよく思いついたものですね? 貰った写真を捨てようとして──


「──出来るわけがないじゃないですか」


母の昔の写真など捨てられる筈がないじゃないですか……なるほど、良くできた演出です。嫌いな男からの贈り物を捨てる事すら出来ないのですから、一番私の心を掻き乱す贈り物じゃないですか。


「……母様」


本当に……本当にあの男が憎いですし赦せません……ですが、この贈り物自体には感謝しましょう。本当は嫌ですし業腹ですが薄れゆく思い出の中の母とまた会えた事には代えられません。


「……本当に嫌いです」


包装だけ切り刻み、潰して、引き裂いてから燃やして捨ててから母の写真を大事に『宝箱』の中へとそっと……保管します。


▼▼▼▼▼▼▼

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