第88話触れてはいけないもの

「私をどうする気ですか……」


王女様を攫ってから三日目にしてやっと口を開きましたね? ……今まで頑なに口を閉ざしていたのに、なにか心境の変化でもあったんでしょうか?


「さぁ? それはあなたを受け取る帝国次第ですね」


「……帝国に私を売るのですか?」


「まぁ、それが近いですかね? なので帝国があなたをどうするのかまでは関知しません……大体の予想はつきますけどね」


過激派の将軍とか居ればその人に渡しますので……王国に対する揺さぶりや開戦時に人質とするとか、王国を落としたあとは子どもを産ませて支配の正当化を図るとか……まぁ、色々ですね。


「聞きたいですか?」


「……あなた、人の心が無いってよく言われない?」


「……だから?」


確かに人の心を持たない化け物とか、割と酷いことは言われてますけど……それがどうしたというのでしょう?


「親の顔が見てみたいですね?」


「……素直に黙っててください」


「私のお父様は素晴らしい統治者ですが……あなたのお父様はろくでもなさそうですね?」


「あ、それには同感です」


「……そうですの」


あの男……血縁上の父親である奴は子どものまま大きくなっただけ、能力が高いから今まで無事で過ごしてこれただけです……私も人のこと言えないかも知れませんが。


「私のお母様はとっても優しいのよ? いつも悩み事を聞いてくれて、励ましてくれるの」


「……」


……それがなんだと言うのです?


「あなたのお母様はどうかしら? ちゃんと励ましてくれる?」


「……黙っていてください」


…………母様も私を肯定して励ましてくれていました。


「今のあなたを見る限り母親の教育は失敗したと見るべきですね」


「……黙りなさい」


………………失敗はしていないはず。


「自分の娘すら矯正できずに、傍で止めることすらできないなんて──」


「──黙って!!」


王女の首を掴み床に引き倒す、死なない程度に

ギリギリと首を締め上げつつ短刀を顔に突き付ける。


「ぐっ……あなたの弱点はそこですわね?」


「……」


「がっ?! ……げほ、アナベラは……どうでしたか? あなたの母親に似ていましたか──」


「──彼女は母様ではない」


断じて違います……似ている? 母様が生きていれば共感していたかも知れませんね……で? だからなんだと言うのです?


「……ふふ、あなたの死んだ母様とやらが泣いていますよ」


「……死ね」


短刀を掲げ、王女の憎い笑顔目掛けて振り下ろす。


「っ!」


部屋に鈍い反響音が響き渡る。


「…………? ……なにをしていますの?」


しかし私の意志に反して短刀は王女の顔横の床に突き刺さるに留まる……やってくれますね?


「……どういうつもりですか? 山田さん」


『──』


まさかNPCである従魔に噛み付かれるとは……お陰で冷静になれました。


「……一回溶鉱炉にくべるだけで許してあげましょう」


『──?! ──!! ──?!!!』


「ダメです」


『……』


山田さんの猛抗議を一蹴しつつ王女に向き直ります……そんなに落ち込まなくても、後で熟練の鍛冶師の方にお願いしますよ。


『──?! ──! ──!』


手のひらを返したように喜んでいるようですね? ……やはりNPCも感情があるんですね、これは軍用AIが使われているんでしょうか? まぁ、今はどうでもいいです。


「さて、気が変わりました」


「……なんですの?」


「あなたを帝国に売るのはやめにします」


「……どういうつもりです」


えぇやめます、本当は売るだけにするつもりだったんですけどね? あんまり私の神経を逆撫でしてくれるものですから……。


「あなたの名前と身柄で帝国に宣戦布告します」


「っ?! なに、を……」


「ふふ、父親である国王が最期に会った人物があなたで、その後直ぐに帝国に宣戦布告……後世の歴史になんて記されるのでしょう?」


「……やめなさい」


国王である父親を殺し、自分は被害者と見せかけて王太子と第二王子の政争を煽って戴冠を遅らせ、その間に自身は辺境領から帝国に侵攻……その功績でもって女王になろうとした……とかどうでしょう? 幼い正妃の王女が、生まれ順と性別で後継者から半ば遠いことに不満を持ったとか?


「父親殺しの汚名と国を戦争に巻き込んだ大罪……母親である王妃様はどうなってしまうのか」


「やめて、ください……」


歴史なんていくらでも改竄できますし、多少無理があるところもねじ込めば後世の歴史家が資料が足りないとか、事実は小説よりも奇なりとかで理由付けてくれるでしょう……それに現実の地球の歴史でも理解が及ばない愚行をする人物は枚挙に暇がありません……案外、違和感なんてないかも知れませんね?


「同時期にいなくなったメイドさんもグルだったとか、むしろ暗躍の大半は彼女が請け負っていたとかどうでしょうね?」


「おね、がいします! どうか!」


そう言って王女は縛られながらも床に額を擦り付けて懇願する、涙を流し、嗚咽を交えてこちらの慈悲を縋る。


「……私の母様は相手が謝った時はどうしたらいいのかを教えてくれました……なんだと思います?」


「許してくださるんですか……?」


わからないって顔をしていますね? いきなりこんなことを言うんですから、それも無理はありません……でもね?


「……たとえ相手が謝ったとしても、許せなくて納得できなかったり、気持ちの整理がつかないのなら……無理に許さなくてもいいと教えてくれたんです」


「っ?! ……あ、あぁ…………」


「謝っただけで許してもらえると思うのは傲慢な考えだと、個人的に思うんですよ?」


床に額を擦り付けながらの王女の泣き声をBGMに、戦争の段取りを計画します。


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