第70話一条玲奈の日常その3

「おい見ろよハンネス、あの一条さんが誰かとお昼食べてるぞ! 」


「学校でその名前で呼ぶなって言ってんだろ? 」


「そいつは悪いな正樹! 」


おい、健人の野郎……見てみろ、他の四人も呆れてるじゃねぇか! ゲームではハンネスとケリンでもいいが現実と切り替えていけよ。


「それよりもさ、ほら見てみろよ! 珍しすぎて食堂の奴らみんな飯そっちのけでチラ見してるのが大半だぜ? 」


「あぁん? 」


「はぁ……本当に美人に目がないのね…………」


「でも珍しいのは本当」


「あの誰とも関わりたがらないお嬢様が、だからな」


「まぁ、はい確かに……」


健人の野郎に他の奴らも同意する……まぁ、確かにある意味学校の有名人の普段とは違う行動だ、珍しくないわけじゃねぇが…………。


「……? どこかで見たことあるような? 」


「なんだ正樹、ナンパか? 下手くそ過ぎるぞ、やり方教えようか? 」


「違ぇよ! 」


まったくこの野郎は……これで女子にモテるんだから世の中わからねぇぜ……。


「よくわからんが、一条さんは有名人だし見たことあるのはおかしくはないんじゃないか? 」


「そうだがよ……学校じゃなくてもっと別の場所でだな…………」


「やっぱそれ、ナンパの常套句だよ? 」


「もう健人は黙ってなさい……」


来弥の尤もな言葉にそうじゃないと返すと健人の野郎が混ぜっ返す……コイツは本当に!! 希美が止めなきゃ一発殴ってたところだぜ……。


「……確かに別の場所で見た気がする」


「美咲もそう思うよな?! 」


ほら見ろ! いつも寡黙な美咲だってそう言ってるじゃねぇか!


「え、マジで言ってたの? 」


「だからそうだって言ってるだろ?! 」


逆に聞きたいんだがこいつはマジで俺がナンパしてると思ってたのかよ? えぇ?!


「はぁ……桜はどうだ? 」


「私も見たことあるような? ちょっとわかりません」


「そうか……」


「もう本人に聞いてみたら? 」


「それが早いし確実だな」


そんな言い合いをしていると希美と来弥が本人に直接聞きに行くことを提案してくるが…………。


「……この視線の中行くのか? 」


「だってクラス違うし昼休みの今じゃないと聞く暇ないぞ? 」


「それはそうだがよ……」


まぁ、大したことじゃねぇがこのまま放っておくのも据わりが悪いし、なにより気になる野次馬根性が自分にあるのも事実……行くしかねぇか。


「じゃあ行くか」


「……そうだな」


「えぇ、本当に行くんですか? 」


「桜、もう諦めた方がいい」


不安な表情をする桜を美咲が慰めているのを尻目に渦中の有名人とその向かいに座る冴えない奴の二人に近づく……その途中で男子の方がこちらに気付き視認した途端わかりやすく表情を歪めやがった。


「なんかお呼びじゃなさそうなんですが? 」


「もしかしたら付き合ってたのかも? 」


「いやいや、あの一条さんだよ? それはないでしょ、冗談キツイよ希美ちゃん」


「……まぁ、そうかも」


なんで露骨に嫌な表情をしたのかは知らねぇが周りの奴らが俺らの目的に気付いて期待の眼差しを送ってきやがる、今さら『やっぱやめた』じゃブーイングされちまう。


「……ちょっといいか? 」


「……今日はやけに人に話しかけられますね? 」


「はは、仕方ないよ玲奈さん……」


どうやら俺らの他にも既に話しかけた奴らが居たらしいな? っていうか『玲奈さん』? 確か一条の下の名前がそんな感じだったか……? というよりも…………。


「え、君ら下の名前で呼びあってるの? まさか本当に付き合ってたりする? 」


思わずといった様子で健人が質問するが……もう少しオブラートに包めないのかコイツは。


「いいえ? 結城さんは友人ですよ」


「そうだよね、ビックリしたぁ〜」


「はぁ……それよりも正樹、聞きたいことがあるんだろ? 」


あぁ、そうだった。


「聞きたい事があるんだがよ……」


「? なんですか? 」


「俺らどこかで会ったことあるか? 」


「…………ぶふっ! やっぱナンパしてるようにしか聞こえないよ」


「っるせ! 」


うるせぇよ! 自分でも聞いてそう思ったよ! 希美が健人の口を塞ぐのを睨みながら返事を待つ。


「……? あんなに一緒に遊んだのに忘れてしまったのですか? 」


「……は? 」


俺が? 一条と? 遊ぶ? ……ありえねぇだろ、誰かと勘違いしてねぇか?


「公衆の面前で堂々と誘ってくれたではないですか」


「…………は? 」


「まじかよ正樹、お前いつの間に…………」


「は? え? いやいやいや! 」


え? 俺がいつ一条の奴を公衆の面前で誘ったんだよ?! まったく記憶にないぞ?!!


「本当に覚えてないんですか? 宣言通りに私を追い掛けて不意打ちまでして、さらにはサプライズまでしてくれて、最後まで手を抜かずに楽しませてくれたではないですか」


​──ザワッ!!


え? いや知らないんだが?!! そして食堂がザワつき始めたんだが?! 本当に覚えがないんだが??!!!


「あなたいつの間にそんなことを…………」


「ビックリ、意外と隅に置けない」


「いやいやいや、誰かと勘違いしてねぇか?! 俺は知らねぇぞ?! 」


希美と美咲が驚いてるが本当に違う! こんな美人を誘うなんてできるわけねぇだろ?!


「…………本当に覚えてないんですか? 」


「わ、悪ぃが覚えてるも何も人違いじゃねぇか? 」


「そうですか、それは残念です………………ハンネスさん」


…………………………………………は? 今この女は俺をなんて呼んだ?


「……ハンネスだと? 」


「えぇ、あなたの名前でしょう? 」


「……もう見てられない」


対面に座ってた男子が何か言ってるがそれどころじゃない、なんでコイツがゲームでの俺の名前を知ってるんだ? なんでこんなに覚えのないことを? そしてこの既視感の正体は​──


「​──あ、もしかしてジェノサイダーちゃん? 」


「はい、そう呼ばれてますね」


…………………………………………は? コイツは今健人の突拍子のない質問を肯定したのか?


「『…………』」


みんな黙っちまったよ、俺も頭の整理が追いついてねぇ…………周りの野次馬には聞こえてないらしくいきなり黙って固まった俺らを不思議そうに眺めてるのを視界の端に捉えつつ冷静になる…………。


「…………お前がジェノサイダー? 」


「そうですよハンネスさん、まさか私だと気付いてなかったのですか? 」


「玲奈さん本当に残酷…………」


「……………………今日はもう帰る」


「あ、正樹! 」


後ろから来弥が追い掛けてくるが知らない、今日はもう残りの授業も頭に入りそうにねぇ……。


「一条がジェノサイダーで、同じ学校の同級生で…………」


「あ、ダメねこれは」


「しばらく使い物にならない」


話しかけられても右から左へと素通りしていき理解できない…………その後の俺は家に帰るまでの記憶がなかった。


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