第69話一条玲奈の日常その2

「…………このように、戦争後半の沖縄戦などでの奇跡的快勝とそれを受けてソ連が仲介したことにより日本は無条件降伏、いわゆるポツダム宣言をドイツらと違い受け入れること無く講和に成功、結果国体である皇室と一部華族の存続などが安堵されたのです」


退屈ですね……歴史の授業は家で教わる方が詳しく、深い内容まで知ることができるので全部知ってますし、特に昭和初期から戦後までの動乱など華族で当事者でしたから資料が豊富なんですよね。


「ではここで質問です、この戦争によって日本が失ったものは? …………織田君、答えてください」


「え? ……あ、僕か、はい! 」


…………クスクス


結城さん、何やら朝から悩んでいるようでしたけど大丈夫ですかね? クラスに失笑が漏れていますよ?


「え、えっと……まずソ連に対して仲介の見返りとして樺太からの完全撤退と50年間の千島列島の租借、そして戦後交渉によって満州利権の放棄と朝鮮半島の独立、パラオ諸島などの一部太平洋の島々の委任統治権と南極大陸の大和雪原の領有権の永久放棄、しかし大和雪原に関しては陸上ではなくルーズベルト島南方のロス棚氷上にあったため元々存在しない領土でした」


「……素晴らしい、一部足りないところなどがありましたが概ねその通りです、授業はちゃんと聞いていたようですね」


「は、はい……」


学校では習いませんけど実はアメリカが当時新型爆弾だった核兵器を日本に落とす計画をしていたことや、ソ連が参戦するかも知れないという情報がスパイなどでわかっており、当時の一条公爵も含めた日本の上層部はてんやわんやしていた記録が詳細に家の書斎に保管されていたんですよね。


「織田君の回答に補足しますが日本は他にも台湾の中国返還、戦後50年の航空機開発の禁止など……そして何よりも忘れてはいけないのが若い成人男性の命が多く失われました、これにより政府は一時的な一夫多妻制を認めるなどの対応に追われたのです」


まぁ、その後すぐにベビーラッシュによる人口爆発が起きて一夫多妻制は10年も経たずに廃止されましたけどね。


「そしてここからが大事なところ、戦後交渉で一番難航したのが新しい日本国憲法を創ること……これは無条件降伏ではないために日本も、戦勝国であるためにアメリカもどちらも引けないものがあったために戦後20年もの間、憲法が存在しない期間があったのです」


面白いのがどうして20年間も決着がつかず拗れたのか……家に資料がありましたがこれはまず、どこで憲法などの大事なことを交渉するのかという問題があり、今までの戦後交渉と同じく大事な日本国憲法を決めるのに戦艦アイオワの上でというのが日本側が受け入れられず、かと言ってアメリカの政府高官や将兵がそれまで敵国だった日本に長期滞在するのを嫌がり、ではアメリカ国内でというのはアメリカ世論が大反発、また無条件降伏したわけでもないのにどうしてアメリカ国内で決めるのかという日本側のさらなる反発があり交渉までにえらく時間がかかったというくだらない理由ですね…………最終的に見かねた昭和天皇陛下が提案し、皇居で交渉したという記録が残ってました、そしてまた交渉内容で拗れるという…………アメリカが日本を占領していたらまた違ってたかも知れませんね。


「なぜ20年もかかったのかと言いますと、最初の交渉場所を決めるのに時間が掛かった結果、やっと開始された交渉の途中に朝鮮戦争が発生して休戦し、冷戦に突入したのでその都度決まりかけていた憲法の内容がダメになるなどさらに時間がかかる悪循環に陥ったためです…………それではここで日本国憲法で保障されている『自由権』を最低三つと当初は禁止されるはずだったものを二つ、理由や内容を含めて答えてください……それでは一条さん、お願いします」


おや? 当てられてしまいましたね、面倒ですがこれも『普通に順応する』という母との約束がありますし、できるだけ擬態の方を頑張りましょう。


「……言論の自由、思想の自由、選択の自由が一番有名だと思います、特に選択の自由によって一時的な処置で10年と経たずに廃止されてしまったはずの一夫多妻制が一妻多夫制と一緒に男女共に認められることになり、また表現の自由と併せて創作物などの年齢制限や表現制限が完全に無くなりました。そして当初憲法で軍隊と戦争の放棄が盛り込まれるはずでしたが交渉途中に朝鮮戦争と冷戦が発生したために、同盟国の日本にも戦力として期待したアメリカが譲歩し、またその結果50年間の航空機開発の禁止も20年で撤廃されました」


「…………はい、相変わらず素晴らしい満点回答ありがとうございます、皆さん拍手! 」


教師に許しを貰ったのでそのまま席に着きます。教師の言葉と共に『さすが一条さん』『憲法とか知らねぇ〜』などの声と共に拍手されますが五月蝿いだけで気分が悪いです、そんな暇があるのなら早く授業を終わらせてほしいですね。


「そうしてやっと日本国憲法が公布され​──」


おや、終鈴が鳴りましたね? もうそんな時間ですか。


「​──はい、終鈴も鳴りましたので今日の歴史はここまでとなります、次回は日本の第一次高度経済成長期になりますので予習をしっかりするように! では日直は号令! 」


「…………起立! 」


さて、この歴史の授業が四時限目でしたからもうお昼休みですか、早いような遅いような……。


▼▼▼▼▼▼▼


「やぁやぁ織田っち、ちょっといいかな? 」


や、やっぱり来たかぁ〜……絶望の表情を浮かべながらお昼休みになってすぐにクラスから逃げようとした僕の目の前に有無を言わさない笑顔を浮かべたクラスの人気者が立つ。

普段は視界にも入れずたまにイジりと称した自覚無しのイジメをする以外は空気のように扱ってくるカースト上位者が僕に話しかけてくる理由なんて一つしかないよね…………。


「な、なにかな? 」


「とぼける気? 一条さんとの関係について聞きたいんだけど? 」


やっぱりそうだよね、玲奈さんのことが聞きたいよね……普段まったく喋らずクラスメイトや教師とでさえあまり関わりを持とうとしない大人しいお嬢様が自分から話しかけて、あまつさえ『また遊ぼう』や『下の名前で呼んで』なんて言うものだから授業中もクラスメイトからの視線が痛かった…………。


「か、彼女とは特別なことはなにもない……よ? 」


「誤魔化そうたってそうはいかないから、とりあえず場所移動しよう? な? 」


「えぇ……」


そうだよね、クラスでもカースト下位で冴えないオタク野郎が不可侵聖域に侵入したのを目撃されたにもかかわらずしらばっくれても信用されないし、そもそもスクールカースト制度に基づいて僕に拒否権なんてないよね…………。


「おや? 結城さんどうかしましたか? 」


「れ……一条さん! 」


「っ!? 」


良かった、このタイミングで玲奈さんが来てくれた! もう救いの女神様にしか見えない!!


「また一条と……できれば玲奈と呼んでくれるとありがたいんですけどね? 」


「あ、いやそれは……」


「…………ダメなのですか? 」


うっ…………そんな眉を曲げてこちらを上目遣いで見ないで! 多分というか9割9分くらい『ユウさんのくせに反抗するんですか? 』とか『いきなり呼び方変えるとか意味がわかりませんし不愉快なんですけど? 』みたいなことを考えててイラついてるだけなんだろうけど貴女がそれをすると僕に突き放されて悲しんでる女の子にしか見えないから! ほら今もクラスの女子の視線が痛いから!! もっと周りを見て! お願いだから!!


「…………一条さん、織田っちとどういう関係か聞いても? 」


「……? 」


「い、……玲奈さん、この人クラスメイトの矢沢君だよ(小声」


「……………………あぁ」


嘘でしょ?! この人クラスメイトすらまともに覚えてないの?! ハンネスたちのこと覚えてないからもしやとは思いましたけども!!


「……結城さんとは友達ですが? 」


​──ざわっ!!!


「へぇ〜……」


だからもうちょっと周りを気にしてくださいよ玲奈さん!!


「じゃあ俺も友達になろうかなぁー、玲奈って呼んでいい? 」


「嫌ですが? 」


「『…………』」


やだもう……誰かこのクラスの重い空気なんとかして! ほらそこ! 森田と垰! こっちを同情の眼差しで見てないで助けてよ?! 同じオタク仲間で検証班だろ?!!


「…………一応理由を聞いても? 」


や、矢沢君もめげないなぁ〜? 君は知らないだろうけどその人あるゲームではジェノサイダーとか呼ばれてる危険人物だからね? あまり刺激しないで? 君も僕も得なんかしないよ?


「? 嫌だからですが? 」


「『…………』」


そうじゃない、そうじゃないんだよ玲奈さん! 嘘でもいいから何か理由を言ってあげて! カースト下位の陰キャオタクの俺とは友達になってるけど、クラスの人気者のカースト上位の矢沢君とは『理由は特にないけど嫌です』なんて彼の自尊心とか面子とか色々ダメになるから! クラス内の勢力図の均衡が崩れてもうグチャグチャになるから! その結果ほぼ100%の確率で妬みや僻みで僕に被害が来るから!!


「…………は、はは! 一条さんって意外と面白いね! 」


「そ、そうだね〜」


「私も意外〜」


よしっ! ナイスだ! ナイスだよ矢沢君! このまま空気を変えていつものクラスに戻​──


「? 別に面白いこと言ったつもりはありませんが? 」


「『…………』」


もう玲奈さんは黙ってて! お願いだから空気読まないのなら黙ってて! 切実に! 誰だよ救いの女神様とか言った奴は?! 僕だよ!!! うっ…………胃が痛い……見ればメンタルが弱いクラスメイトの数人も胃のあたりを押さえてる…………。


「こんなことで笑えるなんて不思議な方々ですね……? まぁ、いいです……そんなことよりも結城さん、聞きたいこともありますし一緒にお昼食べましょう」


「え"っ"?! 」


​──ざわっ!!!!


僕が何かを言う暇もなく玲奈さんに引き摺られていく…………去り際に見えたクラスメイトたちのなんとも言えない表情が印象的だった…………家に胃薬あったかな?


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