第46話√甲その2

不気味な女を連れて街を出る、俺は今日死ぬかも知れない……勝てたとしてもこの頭のおかしい女と殺しあって五体満足でいられるとは思えん…………。


「結構離れるんですね? 」


「……あぁ、なるべく被害を出したくないからな」


広場に出た時に見たジギーとサラム​──無口とお喋りの対照的な奴らだった​──の死体を見て確信した。改めてこの女は危険過ぎると……。


「心配性なんですねぇ……」


正直に言うと、今はまだ襲われないとわかっていても、この女に背を晒すのは恐ろしい。


「……お前に武器を与えたくないからな」


「………………………………へぇ〜」


一瞬のうちに全身が総毛立つ、やはり予想は正しかったと確信する、こいつは確実に周辺の人々を…………それこそなんの躊躇いも感慨もなく巻き込み、利用するだろう。


「そろそろ着くぞ」


「そうですか」


街を出て森道を歩き、目的地へと辿り着く。そこは背後に森がある断崖絶壁であり、底は荒れる外海に繋がっている。落ちればひとたまりもないだろう。


「ここですか? 」


「そうだ」


「見事に何もありませんね……」


あると言ったら来た道がある背後の森くらいだろう。


「ここで確実にお前を殺すためだ」


「随分と嫌われてしまったみたいですね? 」


「別に嫌ってはいない」


「そうなんですか? 意外ですね……」


あぁ、別に嫌ってはいない。こいつに初めて会ったあの時の姉妹を初めとして子供たちに好かれ、相手をするこいつの姿は理想的な女性像ですらあった…………しかしながら​──


「俺は……クレブスクルム次期最高司祭として、混沌に魅入られし悪魔である貴様を討つ義務がある」


そうして拳を構える。相手もそれに併せて短刀を抜き去り、逆の手には投擲武器が握られる。


「俺は決して貴様を……混沌の陣営を赦しはしない」


「……よくわかりませんが、私はあなたと『遊びたい』だけです」


女の言葉を最後に会話は終わる。ジリジリと互いの殺気が高まりあい​──


「​──シッ! 」


​──飛んできた長針を最小の動きでもって躱し、奴に接近する。短刀を眉間に突き入れる動作を裏拳で弾いて逸らし、顎に拳打を見舞う​──直前に、奴は身体ごと後方に倒れ込みながら一回転し、逆にこちらの顎を蹴り上げられる。


「ぐぶぅっ! 」


確認できないが、すぐさま追撃を避けるために後方へ飛ぶ。直前まで自身が居たところ短刀が振るわれ、さらに凄まじい速度で鉄球が飛んでくる。


「ふんっ! 」


それを避けず、右拳で爆砕してその場に留まると、直前まで避けようと思っていたところへ長針が飛んでいく。


「あれ、思い違いでしたか」


「いいや、あってたさ」


本当にこの女は訳がわからないくらい底が知れん、確実にこの場で殺さなくてはならない。放っておけばこの街だけでなく、この国、この世界の秩序の敵となろう。


「今度はこちらから行くぞ」


「宣言せずにご自由にどうぞ」


では遠慮なく行かせてもらおう! 地面を放射状に踏み割り、圧倒的な加速でもって女の懐に潜り込む。驚く奴の表情を確認しながらその長尾へと『掌底・波紋』を放つ!!


「がっぶぅ……!! 」


口から血を吐き出しながら後方へ吹っ飛んでいく女に、追撃として『飛拳・瀑布』を放ちダメ押しをするが​──女が飛んでいった方から『パンっ!! 』という音とともに、視認することすらできない速度で鉄球が襲ってくる。


「う、うぅぉぉおぉ!!!! 」


それを『蒼黒五連』にて迎撃する。激しい爆発音と共に、その場で破壊された鉄球から一目で体に悪いとわかる色の煙と液体が飛び出す。


「っ!? 」


それを避けようと後方に下がろうとしたところで、背後から衝撃を受け吹き飛ばされる。どうやら鉄球を迎撃し、飛び出た中身に気を取られた隙に回り込まれていたようだ…………ご丁寧に右腕と右脚の関節の裏に長針が刺さっている…………感触や身体のダルさから察するに、これにも毒が塗られているのだろう。抜け目のない奴だ…………。


「…………知ってますか? 女の子のお腹を殴ってはいけないんですよ? 」


「残念ながらお前を女としては見てないんでね…………」


「そうですか、それは傷つきますね」


顔色も変えずによく言う…………おそらく本当に異性に女として見られた経験があまり無いのだろう、美しい顔をしてはいるが中身がこんなんではな…………その男共は少なくとも危険回避能力が高かろう。


「ふんっ! 」


「シッ! 」


「ぜぇあっ!! 」


「ハッ! 」


会話をそこそこに殺し合いを再開する。突きを裏拳で弾き、足払いを飛んで躱し、目潰しを首を捻って、首を狙った一撃はむしろ前進して躱すと同時に奴の胸へと『拳打・剛力』を放つが​──


「​──スケベ」


後ろに一歩下がられ逆に手首を掴まれて背負い投げをされる。そのまま頭を踏み砕かれるのを両腕をクロスして防ぐ。


「ぐうぅっぉぉお!! 」


そのまま何とか立ち上がり、奴を上へと吹き飛ばすが…………なんだこの膂力は?! あの華奢な身体から出ているとは思えん!! 見れば倒れた所は地面が陥没している…………これは街を出て正解だったな。


「ふぅふぅ……意外と重いんだな? 」


「…………いい加減そろそろ怒りますよ? 」


「冗談だ……」


「……もう、『遊び相手』を怒らせてどうするんですか? 」


「冗談だが…………そろそろ決着を着けよう」


そうして俺は切り札を切ることにした――――


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