第31話幕間.禿げる現場、笑い転げる主任

「あ」


誰かが漏らしたその呟きを皮切りにあちこちで悲鳴が上がる、そして一斉に確認作業とこれから起こることをシミュレートしていくが…………。


「こいつどんだけカルマ値下げる気だよ?!! 」


「うぼぁ…………」


たった今画面の向こうでレーナというプレイヤーが街の中をプレイヤーやNPCを問わず虐殺しながら駆け抜けているところだ。


「先輩ヤバイっすよ! これだけで既にカルマ値-50は切りそうです! 」


「わかってる! 」


まだサービス開始2日目にもかかわらずこのプレイヤーはチュートリアルNPCを殺害し、街を混乱と恐怖に叩き込んでいる。ある程度プレイヤーに委ねられているとは言えさすがにこれは想定外であった。


「なになに? どったの? 」


「あっ、主任! 見てくださいよこのプレイヤー! 」


「どれどれ? …………アッハハハハハハハ、何コイツクソやべーじゃん! 」


「笑ってる場合じゃないっすよ! 」


そうこうしているうちにもその女プレイヤーは最後まで虐殺しながら街を出ていった。この時点で『始まりの街』の被害はいかほどか…………ちゃんとイベントが開けるのか既に現場はこれから始まるであろう確認作業のデスマーチに遠い目をし始める。


「まぁ、でもこれで大丈夫でしょ? 街を出たんだし? 」


「それはそうですが……」


それでも念のために警戒しその女プレイヤーを監視していた一人の社員が『待って……待って…………』と情けない声を出す。


「どうした? 」


「例のプレイヤーが自害して街に戻って神殿を襲いました……」


「…………は? 」


「司教が殺害され神殿には火を着けられました…………」


「……………………は? 」


慌てて他の社員も確認するがもう遅い、そのプレイヤーは神殿を出たあとすぐさま衛兵相手にジェノサイドを再開、街のド真ん中でも火を放ち地下墳墓へと逃走していく。


「『…………』」


もうこの短時間に怒涛の展開過ぎて笑い転げている主任以外みんな茫然自失に燃え尽きていた。


「…………こいつ初日でカルマ値-120稼ぎやがった」


「数値が大きくなるほど難しくなるのに…………」


「どうするんですか主任? こいつだけ頭一つ飛び抜けてますけど? 」


「調整しますか? 」


それまで笑い転げ、写真や動画まで撮っていた主任がここに来てようやく息を整え部下の質問に対して答える。


「いや、このままでいいよ! むしろベータ版からプレイヤーたちが他のゲームと同じく良い子ちゃんし過ぎてて混沌勢力が少なすぎたしね! 一人くらいこんなのが居ないと! 」


「……絶対に面白がってるだけだ(ボソッ」


「このゲームでは人間の本性を出してもらわないと! 」


「『はぁ〜……』」


主任のいつもの享楽主義は今に始まったことではない社員たちは諦めて初の公式イベントに向けて作業を再開するのであったがその半月後に……………………。


「コイツとうとうやりやがったな?!! 」

「今までの努力がー!! 」

「うぼおぁ…………」

「この鬼畜! 外道! けだものぉっ!! 」

「アッハハハハハハハ!!!!! 」


画面には重要NPCであるアレクセイを殺害し、反社会組織の幹部を跡継ぎとして領主を引退に追い込みクーデターを成功させた例のプレイヤーが映っていた。


「り、領主主催の公式イベントが潰れた…………」


「俺らの今までの努力はいったい……? 」


「アッハハハハハハハ!!!!! 」


現場の作業員たちが今まで頑張って用意してきた公式イベントが潰れてしまいその燃え尽きようは悲惨の一言に尽きた…………。


「ていうかどうするんすか! コイツのカルマ値もう-180超えてますよ! 」


「そうだよ! そろそろ-200で上級クラスとか解放しそうな勢いじゃねぇか!! 」


「それぞれ200超えるのは中盤以降のはずなのに…………」


「アッハハハハハハハ!!!! 」


なんとか調整しようとするも例のプレイヤーに合わせると大多数のプレイヤーが解放できなくなるために難しい……これが少し高め程度ならまだしもベータ版からのカルマ値トップとでさえ突き抜けての独走状態、できるはずもない……………………。


「いやー、笑った笑った! こういうのが見たかったんだよ!! 」


「それに振り回される現場のことも考えてくださいよ…………」


「ごめんごめん、でもやっとこのゲームのコンセプトに沿いそうじゃない? これから」


「確かに、このままでは他の凡百のゲームと変わらないままでしたが…………」


「これからこの子を真似する後発が増えて混沌も勢力拡大するだろうねぇ〜! 」


主任のウキウキとした声とは裏腹に作業員たちは『胃薬買っとこ……』『最近薄毛気味なのに……』『急いで代わりのイベントを……』と死んだ魚の目をしてできることを始めるのだった………………なお、主任は秘書にこってりと絞られ会社のロビーに『私は悪い子です』と書かれたボードを下げ正座させられていた。

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