第3話「貧乏少女と作品情報」
「ねえ、康太お兄ちゃん……今日の朝さぁ、一緒に歩いてたあの女、誰なの?」
ヒィッ!
僕は学校帰りの道で不意に後ろからを掛けられる。振り返ると首を少し傾げ下から覗き込むようにしてジワリジワリと僕に寄って来る彼女がいた。
「え、いやっ、あのっ、通学中に同じクラスの佐伯さんとたまたま会って……ほんと、たまたまなんだっ」
「私、言ったよね? 他の女と喋っちゃ駄目って」
初耳なんですけど……。僕はせり寄る美也ちゃんに後ずさりしながら必死で首を振ることしかできなかった。
「ヤンデレってこんな感じかな? 康太お兄ちゃん♪」
なんだよ、演技かよっ!
「いきなりだったのに、康太お兄ちゃんが私に合わせてくれるからビックリしちゃった!」
ビックリしたのはこっちだよ。それに僕は合わせたんじゃなくて普通にそのまま反応しちゃったよ。
「なんで急にヤンデレなの?」
「カクヨムの人気小説を読んでて、私もいつかラブコメを書いてみたいなーって」
なるほど、そういうことか。確かにカクヨムではファンタジー関連を除けばラブコメの人気って他のジャンルに比べると突き抜けている感があるからね。それに異世界ファンタジージャンルが台頭してくる前はライトノベルって言ったらラブコメがメインだったし。
「でも、どうしてヤンデレ属性って人気なの? 恋愛小説としてなら普通の可愛い子とかの方が男の子うけしそうなのにね」
「ラブコメジャンルと恋愛ジャンルにこれといって決まった区分けがあるわけじゃないんだけど、やっぱラブコメはラブ&コメディだから、恋愛要素に加えてコメディ要素も必要だからね」
「コメディ要素……」
「うん。美也ちゃんが読んでいるラブコメ小説だって、普通に男の子と女の子が恋愛しているだけの作品なんてないでしょ? だからやっぱりラブコメなら普通の人が普通に生活してたら体験できない非日常性が必要なんだよ」
「それって、小説の設定とかのこと?」
「もちろんメインSFとかファンタジーとか世界設定的な要素でもいいんだけど、それこそヤンデレならキャラクターや個性だけで非日常性を演出できるからね。病むほど愛されている人から迫られるというイベントや、そのやり取りだけでも十分にコメディ化できるのさ」
「なるほどっ、そういうことなんだねっ」
美也ちゃんはそう関心しながらポケットからメモ帳を取り出した。恐らく僕の言ったことをメモしてくれているんだろう。
「ちょっと前まではヤンデレっていうと主人公もヒロインも悲劇的な展開になりがちで読んでてスッキリしないこともあったんだけど、最近ではヤキモチが強すぎるだけだったり、他の子に主人公を取られまいと必死になってる部分を強調してハッピーエンドに向かう作品も多いから、割と万人に受け入れられやすいんだよ」
「それに可愛い女の子に病むほど愛されるってのは男にとって名誉みたいなところもあるしね」
「ふうん……康太お兄ちゃんもヤンデレに愛されたいって思うこともあるんだ?」
メモをしていた手をピタリと止めた美也ちゃんが不意にそんなことを言う。下を向いてて顔が見えない分、余計に怖いんだけど。
「あ、あくまでも一般的な意見だよ。僕はそんなこと思ったこと一度もないなぁ! そ、それよりもそのメモ帳ってプロット用のだよね」
このままこの話を続けていたら危険だと察知した僕は急に話題を変えようと試みる。
「うん! 前に康太お兄ちゃんから言われたように、私が最初に書こうと思っている異世界ファンタジー作品の思いついたこととかメモしてるんだ」
いつものように元気な声に戻った美也ちゃんを見て僕は安心する。よかった……ヤンデレなんて美也ちゃんらしくないから、これからは極力この話題を避けるようにしよう。
「それでね、さっそく昨日から実際に書き始めようと思ったんだけど、作品情報っていうのかな? タグはなんとなくわかるんだけど、タイトルとかキャッチフレーズとか紹介文とか難しくて……」
わかるわかる、僕も初めてカクヨムを始めたときは相当悩んだものだ。
「本文の内容もそうだけど、作品情報を後から変えられるのがWeb小説の強みだから最初からそんなに悩む必要はないんだけどね。でも、タイトルとキャッチフレーズは凄く重要かな」
「やっぱそうだよねえ」
「Web小説や書下ろしの文庫本って漫画の雑誌連載みたいについでに読んだら面白くてファンになったってことがありえないから、最初に目が行くタイトルとキャッチフレーズで『この作品は面白いよー』、『こんな作品なんですよー』ってことが伝わるようにしないと、どんなに面白い作品も口コミが広がらないうちはそもそも読んで貰えない可能性が高いからね」
「私も始まったばかりの小説で星の数は少なかったけど、タイトルで面白そうって思って読んでめっちゃ面白かったってことがあったよ」
そうそう、まあそれが漫画とかと違って小説はやたらタイトルが長くて説明的なものが多いって言われる
「さっきの話で言えば、ヤンデレ属性が好きな読者に自分の書いたヤンデレ作品を読んでもらうためには、タイトルやキャッチフレーズにヤンデレのラブコメってわかるようにしておかないと何万と数があるカクヨムの小説の中からは中々見つけてもらえないしね」
「そっか……やっぱヤンデレってちゃんとわかってもらえるようにしなきゃなんだね」
あ、ヤバい。この話題は避けようって決めたばかりなのに、いきなり話を戻してしまった。
「た、例えの話だよ。例え、例え。それに美也ちゃんが書こうとしている作品は異世界ファンタジーなんだからヤンデレ要素があったとしても、そこをそんなに強調しなくてもいいんじゃないかなっ」
異世界でガチなヤンデレと冒険する物語とかならアウトだけど。
「うん、そうだね。私のはスローライフ系にしようと思っているから異世界の生活はこんなに楽しいんだよってみんなにわかるように色々工夫してみるよ。それじゃありがとねっ、康太お兄ちゃん!」
美也ちゃんがそう言ってくれたので僕は胸を撫で下ろす。しかし、別れ際にちょいちょいと手招きされた僕は少しかがんで美也ちゃんの口に耳を近づけると……
「……さっきの佐伯って人のこと後でちゃんと教えてもらうから」
ヒィ!
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