仮そめ夫婦の猫さま喫茶店 なれそめは小倉トーストを添えて

岐川 新/富士見L文庫

序章

 名古屋駅から遠くない商店街の外れにひっそりとたたずむ『喫茶 ロマン』には、一匹の猫がいる。

 顔の模様がきれいに八の字にわかれた、黒と白のハチワレ猫だ。顔から胸元にかけて白いその姿は、座っているとタキシードを着ているようだと評判で、ご丁寧に前脚には白い手袋――もとい、白足袋まではいている。

 すこしずんぐりとした、ブサかわいい顔はご愛敬だ。

 先代マスターのころ、いつからか、いつのまにか姿を見せるようになった彼女は、以来ずっとこの喫茶店に棲みついていた。

 そう、飼われているのではない。棲みついているのだ。

 どこからかふらりと現われ、店先や、店内の出窓で昼寝をし、またふらりといなくなる。不思議とその喫茶店付近でしか見かけない。

 もっと不思議なのは、姿を見るようになってから何十年と経っているはずなのに、まるで変わらないその姿だ。

 隠れて代替わりしているのか、はたまた同じ猫なのか、だれも知らない。

 先代マスターも二代目の今のマスターも「彼女はうちの招き猫だから」と笑うばかりで、いっこうに気にしない。

 だれが言いだしたのか、『猫さま』と呼ばれて常連客に親しまれている彼女は、最近では出会えたら会いたい人に会える、欲しいものがみつかるなど、「いいことがある」とネットで密かに噂になっているとかいないとか。

 そんな『猫さま』は、今日も気まぐれに『喫茶 ロマン』でくつろいでいる。

 しっぽを、ゆらり、と揺らしながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る