第30話 デビューの誘い
アビリティズ事務所の副社長である、確か金盛さんという人が突然ライブ後の控室に入ってきた。そして俺を見つけるとスッと近寄ってくる。訪問の予定なんて聞いていないし突然の出来事に戸惑っていると、彼は早口の甲高い声で話を始めた。
「会えて嬉しいよ赤井くん。ライブの成果はどうだった?」
「え? はぁ、まぁ。凄いと思いましたよ」
「ほうほう、なるほど」
ライブの成果だなんてS+mileのメンバーに聞くべきことだと思うけど、なぜ俺に聞くのだろうか疑問に思う。
今話している男性が事務所の副社長である事は何となく知っていたけれど、面識は無くて、こんなフランクに接する関係でもないと思うんだけれど。そうかそうかと、嬉しそうな表情を浮かべて俺は肩を叩かれていた。初対面なのにやけにボディタッチが激しいと感じる積極さがあった。
「実は、君と一度お話をしたくて今日は来たんだ」
「話ですか? なんでしょう」
こんなタイミングで? 俺に会いに来たという理由も心当たりがない。訪問をした目的について質問してみたけれど、彼は取ってつけたような嘘くさい笑みを浮かべてこう言った。
「こんな所では話せない内容だから明日の午後一時にココに来てくれ。それじゃあ」
「あ、ちょっと待ってください」
名刺ぐらいの大きさの紙を手渡されて呼び止めるのも聞かずに金盛さんはさっさと控室から出ていった。突然やって来て、内容も詳しく話さないまま部屋を出ていってしまったのだ。
「何だったんだ、一体……?」
俺は今、驚いて呆けた表情をしているだろう。手に持った住所の書かれた紙を目の前にして金盛さんが出て行った扉をボーッと見ていると、ライブ終わりで休んでいたアイドル訓練生の子の1人が声を上げた。
「あれは多分、赤井くんのデビューの話を持ってきてくれたんですよ!」
アイドルのデビュー? どうやら彼は以前も同じ様に副社長と話をした場面を目撃したという。それと同じようだったと彼は教えてくれた。けれど俺は、デビューする予定なんて話は一切何も聞かされていない。
もちろん、事務所の方針で突然デビューが決まることもあるかも知れないのだが、三喜田社長にはこの前に準備がまだ整っておらず状況と時期も悪くて俺のデビューは先の事になりそうだと告げられていた。
「やっと赤井くんもデビューですね」
「スゲェ、今日のライブの評価が良かったんですよ」
「羨ましいなぁ、赤井くん」
彼の目撃情報と今の出来事から事実であるかのように、俺がデビューするという事が確定という感じでアイドル訓練生の仲間たちが喜びお祝いの言葉を掛けてくれた。
「ちょっと落ち着いてくれ皆。まだ俺のデビューが決まったわけじゃない。それよりもS+mileのメンバーの皆さんと、この後の打ち上げを楽しもうよ」
「そうだった」
「打ち上げ楽しみ!」
「今日はいっぱい食うぞっ!
何とか話題を変えて、俺のことを皆の意識から遠ざけることに成功する。既に皆は打ち上げの事について夢中になってくれたので、俺は胸をなでおろした。
金盛さんが俺を呼び出した理由は一体なんだろうか。彼の目的が気になって仕方がなかった。
***
翌日、約束された時間。俺は指定された場所にやって来ていた。何故か指定された場所というのが、アビリティズ事務所のあるビル内じゃなくて、全然別の場所に呼び出された。それがまた不可解だった。
一応、事務所の社長である三喜田さんに確認の連絡をしようと試みたけれど出張中だそうで連絡が取れなかった。まぁ話を聞くだけだからと考えて、とりあえず約束の時間には来てみたけれど。
「おはようございます」
「あぁ来てくれたんだね赤井くん。さあ座って」
建物の入り口にあった受付で話を通すと、連れてこられたのは会議室のような部屋だった。白と黒のモノトーンで彩られたシンプルな配色しか無いミーティングルームで、余計なものが目に映らない会話によく集中できそうな空間だった。
そこで待っていたのは金盛さんと、もうひとりの見知らぬ中年の男性が1人。俺と副社長と中年男性、その三人が部屋の中に居るだけで他には誰も見当たらない。
「失礼します」
金盛さんと男性が横に並んで座っている対面の席に俺は腰を下ろして話を聞く態勢になった。まだ何が目的で呼び出されたのか、よく分からないまま。
「赤井くん、もしかしたら気づいているかも知れないけれど君のデビューが決まってね。その話をするために君を呼んだんだ」
「はぁ? デビューが”決まった”ですか?」
前日に聞かされていた予想に対して、そんな筈はないと思っていたがどうやら事実だったらしい。しかも、”決まった”と言う確定した予定であるように話している。
けれど、そんな話は一切俺は耳にしていない。金盛さんの突然の発言に困惑する。少なくとも、デビューの予定があるならば事前に知らせてくれるという三喜田社長との約束があったはず。それがいきなりデビューが決まった、という話を聞かされても胡散臭すぎる。
「この写真に写っている子達が君の今後仲間になるアイドル達だ。それから、ここに居るのが君のマネージャーになる三条くんだ」
「よろしくお願いします」
テーブルの上には4名の男の子が写っている写真が貼られた資料が置かれている。どの子も後輩で、見覚えのあるアイドル訓練生達だった。どうやら、この子達とアイドルグループを組むことになるらしい、けれど。
目の前で頭を下げている見知らぬ男性が、今後の活動のマネージャーをするらしいと聞かされて、どんどん話が先に進んでいく。なのに俺は、彼等の話す内容について行けてなかった。
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