閑話09 目の当たりにした才能・後編


 バッターン! と、大きくて硬い何かが地面に叩きつけられたような音が、舞台上に響き渡った。誰かが倒れた音だ。僕は音の聞こえた方向へ目を向ける。


 すると、そこには新道が舞台の上に倒れて呻いている姿があった。


 転んで倒れてしまったのか。赤井くんが助け起こそうとするが新道は伸ばされた腕を払って何かを喚き、足を痛めたのか苦しげにしている。


 あの新道が怪我をして、舞台上から担架で運び出されて行った。本番が始めるまで1時間しかないのに、どうやって彼が抜けた穴に対処するのだろうか。今日のようなライブの規模だと基本的に代役は用意されていない。となると今いるメンバーが補助をしなければならない。


 首脳陣達が集まって話し合いをして対策方法を模索している。僕はその時、無関係だと感じて何も考えずに寺嶋さん達を眺めていた。無関係、それは間違いだった。


「あの、俺今日のライブの踊りなら全曲分の振り付け覚えてます」

「なんだって?」


 提案する赤井くんの一言に食いついた寺嶋さん達。なぜあの場面で名乗りを上げられるのだろうか、僕には信じられなかった。そして、自分ならどうすれば彼のように言い出せるように成れるか考える。失敗するイメージしか思い描けずに、良い方法は思いつかない。


 僕が考えている間に、寺嶋さん達の話し合いは続いていく。まだ新道が抜けた穴を補強するには足りない部分があった。


「山北さんは、どうですか?」

「え?」


 突然の指名に僕は言葉になっていない驚きの声を密かに上げていた。赤井くんからの指名。一瞬、バカにされているのかと思ってしまった。


 自分なんかが手助け出来るわけがない、自分の任されている部分だけで精一杯だ。誰かの助けなんて出来るわけがない、とネガティブな思考が頭を駆け巡る。


「なるほど彼か。あいつは中々真面目で能力も十分にあるな。おい、山北どうだ? 出来そうか?」


 寺嶋さんの言葉を聞いて、僕は呆けてしまった。”能力が十分にある”? 自分なんかが?


「えっ!? ぼ、僕ですか?」


 違う誰かが指名されているのではないかと疑って寺嶋さんに確認するように、僕は目線を向けたが真っ直ぐと寺嶋さんは僕との視線を合わせてくる。それは間違いではないようだった。


「ふ、振り付けは一応覚えています。けど、急に出番なんて……」


 あぁ、こんな土壇場で弱気な発言をしてしまった。寺嶋さんに評価してもらっていたのかもしれないのに、失望される。駄目だ駄目だ駄目だ……。


「山北さん、これはチャンスですよ。これが成功できれば、寺嶋さんや他のスタッフの評価がうなぎのぼり。デビューも近づくかもしれません」

「デビューが……近づく?」


 違う、デビューなんて関係ない。そうだ、赤井くんは僕が代役としてやっても成功すると信じている?


「何かあれば、俺が可能な限りサポートします。だからどうでしょう、挑戦してみませんか?」


 僕は赤井くんの目を見る。彼の澄んだ綺麗な目。彼の目を逸らさずに見つめる。すると、いつものネガティブな思考が突然鳴りを潜めて勇気が沸き起こってくるのを感じた。いや、沸き起こってくるんじゃなくて、赤井くんに注がれているような感じもある。


 自分でも理解不能な現象が起こっていた。でも、悪い気分じゃない。


 そうだ、自分よりも年下の小学生の彼にこんな事を言わせてしまっている。これは弱い自分を打ち壊すために挑戦する機会なんだ、と自分を鼓舞する。


「……わかった、やってみるよ」


 僕は精一杯だが、十分な一歩を何とか踏み出せたと思う。うん、挑戦してみよう。成功しても失敗しても、どちらの結果でも受け止められるように一生懸命に頑張るしかない。8年間の集大成を見せてやる。


 赤井くんという新人に応援されて、突然湧いてきた勇気に身を任せることにしる。1時間後に始まるライブに向けて、増えた出番に対応するために事前チェックを怠らずに。そして、僕は既に後悔は無くなっていた。

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