閑話07 目の当たりにした才能・前編

 今の自分が何故アイドルになる事を目指し続けているのか、時々分からなくなる。オーディションに受かってから、アイドル訓練生としてアビリティズ事務所という名のプロダクションに所属してから、もう既に8年という月日が経っていた。それなのに、僕にはまだデビューできる機会が訪れていない。


 他のアイドル訓練生に比べてダンスには自信があるけれど、他には特に勝っていると思える部分が無かった。こんなのでも8年間はアビリティズ事務所をクビにならず続けられたのは上等だけれど、踊り続けたその先の未来は全く見えなかった。


 今日もライブのバックダンサーとしての仕事を貰った。集まった者たちの中で自分は年長者だからだろうか、押し付けられるようにリーダーを任されてしまった。


 リーダーと言っても、特にライブ中に他人と違った特別な役割や出番が有るわけでもなく、ただ雑用として演出家やスタッフの伝言をバックダンサー達に伝えるという役割ぐらい。嫌だと断る意思もなく、他に誰もやりたがらなかったので僕がするしかなかった。


 そして今日は新人も来るらしくて、彼のお世話をするという雑用を任されていた。


「今日は、ライブデビューの赤井という名の新人が来るから世話を頼むな。小学生のまだ幼い子で、慣れない事も多いだろうからよろしく頼む。あと会場に来たら、俺のところに一度連れてきてくれ」

「はい、わかりました」


 本日のライブ責任者である総合演出家の寺嶋さんに任せると、そう言われてしまえば断ることは出来ない。ライブ前に自分の事だけでも精一杯なのに、小学生だなんて幼い子供の面倒を見ろとは恐怖でしかない。


 小学生でバックダンサーとしてライブデビューなんて、よほどの才能の持ち主なのだろう。自分なんかが任されて失敗してしまったらどうしようか。迷惑を掛けたりして、下手すると事務所もクビになるかもしれない。と、僕はネガティブ思考になって考えてしまう。


 気持ちが落ち込んだ状態のまま控室に戻ってくる。


 部屋の中に居る彼らの様子を見て、心の中でため息をつく。なんで彼らはあんなに態度を悪くしても平然としていられるのだろうか理解できない。万が一にもスタッフの目に入ったら、次からは呼ばれないかも知れないという危険性があるのに恐怖を感じずに、態度も改めようともしない。


 そして、そんな彼らの様子を注意できない自分にも落胆する。注意するのが怖くて、彼らに声を掛けられない。この場のリーダーを任されているのに、もしかしたら後で怒られるのは自分かもしれない。なぜリーダーの君が彼らを注意しなかったのか。そう言われて僕の責任になるかも知れない。


 そう考えるが、かと言って彼らを注意することは怖くてできなかった。こんな臆病でなんにも出来ない性格だからこそ、僕はアイドルのデビューが出来ないのだろうとも考えるが、8年経ってしまった僕には今の行動を改めることは不可能だった。


 そんな風に色々な悩みを抱えて、地の底の限界まで気分がズンと落ち込んでいる様な感じで居ると、誰かが控室に入ってきた。


「おはようございます、本日は宜しくおねがいします」


 大きな声で挨拶をして部屋の中を見渡す青年。だが部屋の中の誰も返事をしない。それなのに青年は怯まずに、むしろ堂々として立っていた。


 見覚えのない人だが、肝の据わっている凄い人だなぁと思いつつ、まさか彼が今日やって来ると聞いていた新人なのだろうかと思い至る。

 

 あ、ヤバイかな。何かを言おうとしている彼の行動を止めるべく、僕は急いで声を掛けた。


「ご、ごめんごめん、彼らは本番前で緊張してるんだよ。怒らないであげてね」


 不和が生じないように、部屋の中の彼らを擁護しつつ新人に対応する。本当は僕も彼らの態度を悪く思っているけれど、注意できないからと庇ってしまう。


 なんでそんな事をしてしまったのだろう、もっと上手い対応が出来たかも知れないという後悔。そんな自分の感情を無視して、話を続ける。


「ところで、君が赤井くんかな」

「あ、はい。そうです」


 どうやら、彼が事前に聞いていた新人で合っていたらしい。小学生だと聞いていたが背が高く堂々としている、先程の態度もしっかりとしていて本当に小学生なのかと疑ってしまう。


 寺嶋さんから事前に指示されていた通り、一度彼を寺嶋さんの目の前に連れて行く必要があった。


 部屋から彼を連れ出して歩きながら世間話をする。年の割に、でも生意気さは感じない礼儀正しい対応をしてくれて、小学生とは思えないような配慮もするし、本人に本当に小学生なのか? と聞いてしまった。


 そんな僕の質問に怒ること無く、むしろ僕のような人間なんかを気遣って質問までして会話を続けてくれた。


 こんな若いのに気立てが良くて顔もイケメンだし才能もありそうなアイドル訓練生なら、自分なんかと違ってすぐにデビューしてしまえるんだろうなと嫉妬する気持ちに心が囚われそうになる。慌てて、寺嶋さんがリハーサル中に居るだろう場所に連れていく。


「寺嶋さん! 連れてきました」

「おう、ありがとう」


 連れてきた赤井くんを、すぐに寺嶋さんに引き渡した。そして、僕はすぐさま身を引いて二人の会話する様子を眺めていた。


 寺嶋さんに対しても堂々として受け答えしている。小学生が、あの寺嶋さんの姿を初見で怯むこと無く会話している状況にまず驚いていた。しかも、いきなり舞台に上がって踊りを見せろと言われている。


 それに対しても尻込みすること無く、指示された通りに舞台上に立つ新人の子。


 赤井くんが寺嶋さんに指示された通り、周りからの視線が集まった中で彼が踊っているのを目の当たりにして、あぁこれが才能の違いかとハッキリと理解させられた。


 小学生という幼さで、あれ程の技術を身に着けているのなら8年間学んできた僕をあっという間に追い越して行ってしまう。


 そして何より、僕の持っていない度胸もある。それだけで僕には超えられない高い壁だなと実感させられた。これほどの後輩が居るのなら、自分がデビューする事は、一生不可能かもしれない。僅かに持っていたアイドルになるという夢も全て吹き飛んでしまったように感じた。一生をバックダンサーとして過ごすのか、もしくは芸能界から足を洗うべきか……。

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