第16話 ライブ本番

 時刻が18時となり、いよいよBeyond Boysのライブが始まった。バックダンサーの一人が怪我をしたことによって、そのポジションの穴埋めを名乗り出た俺は当初の予定よりも5曲も多く出番が増える事態になった。


 直前のトラブルと予定変更によって、慌ただしくなりつつも俺は心の準備を整えながらライブ開始を迎えた。


 とは言っても出番はまだまだ先の予定なので、ライブがスタートした直後は控室で待機している状況だった。出番が来るのを待ちながら、部屋に備え付けてあるモニタに映された舞台と客席の様子を眺めている。


「……ッ、き、君は落ち着いているね」

「はい。何とか大丈夫です」


 声を掛けてきた山北さんに返事をする。むしろ、声を掛けてきてくれた山北さんのほうが緊張しているようで、逆にそちらが心配になってくるほどだった。


「無理に巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」

「いや、いいよ。赤井くんの所為じゃない、君が責任を感じることじゃない」


 俺が山北さんの名前を挙げたことによって、無理を押し付けてしまう形になった。その事を改めて申し訳なく思って謝ったが、しかし山北さんは俺を気遣うような言葉を掛けてくれた。


 控室のモニタには、ライブがスタートして一曲目のパフォーマンスが始まっている様子が映し出されている。客席からは黄色い声援が飛び交っているのが、スピーカーから聞こえる。加えて、舞台からは少し離れてあるこの控室にも直接聞こえるぐらいの大声援だった。


 その後ライブは人員が抜けたこと感じさせることも無く、順調にライブは進行していった。激しい曲調のダンスから始まって、途中にBeyond BoysメンバーによるMCが入ってお客さんとコミュニケーションをとったり、かと思えばギャップのある静かな歌をメインにしたようなパートもあって、様々なパフォーマンスでお客さんを楽しませていった。


 そしてそろそろ、出番の時間が近づいてきたので俺は控室から舞台袖の近くへ移動して待機することに。


 立候補して5曲分の出番に入って、ポジションにつく事になっている。今日の俺は初出演でありながら合計7曲分の出番がある、という事だ。やり切る自信はあるけれど、いざ本番となったらどうなるか予想はつかない。なにせ俺は新人で今日が初出演となるのだから。


 後から決まったポジションについては練習する時間も無く、バックダンサー同士で直前の打ち合わせを少し行っただけで、後はぶっつけ本番でやってみることになっていた。


 出番となる曲が流れ始める。どうなるのか、心配はありつつも気楽に構えて舞台へと出ていく。


 白色のスポットライトで全身を照らされているBeyond Boysのメンバーの後ろに俺は移動して位置に着く。メインはBeyond Boysのメンバーであり、バックダンサーは彼らの引き立て役として動く。


 俺は今、一番後ろに位置している場所に立っていたのでBeyond Boysのメンバーの後ろ姿越しに客席で盛り上がるお客さんを見ることが出来た。


 満員となったライブ会場の客席からは、異様な熱気と見えない圧力を感じ取ることが出来た。


 コレが、アイドルのライブなのかと実感する。まだ注目されていない今でこんな風に感じるなら、前で注目を集めてパフォーマンスをしているBeyond Boysのメンバーはどれほどのエネルギーを身体で感じているのだろうか。


 3分40秒の曲を踊り切る。覚えていた振り付けには問題なく、舞台上のメンバーと合わせるのにぶっつけ本番でも何とかなった。初出演で最初の曲、最初の出番ではあったものの特にトラブルは起きること無く、次の曲に移るタイミングで俺は交代となって舞台上からはける。


 何とか無事に一曲目の出番は終了した。自己評価では問題無くやれていると感じていた。これなら、追加された残りの4曲と本来の出番であった2曲の出番も問題なく出来そうだと自信がついた。


 こうして、二曲目、三曲目とバックダンサーとしての仕事をやり遂げていく。


 他のバックダンサーのメンバーとは本番前の出来事でちょっとギスギスとした関係だったけれど、ライブ本番になったら彼らも流石に集中をして俺に向けていた敵意も薄れていた。


 というか、怪我をして離脱した青年が俺に敵意を向けていたリーダーだったようで、取り仕切っていたリーダーが居なくなったせいなのか、彼らもどう動くべきかを迷っていたようだ。


 しかも、俺はライブ中は本番に全集中することによって向けられた敵意に反応せず反撃もしないから、彼らも対処に困っているようだった。


 彼らの向けてくる敵意には徹底的に無視を決め込んで、ライブの成功のために役割を果たそうと俺は自分の役割に専念していた。


 そんな俺の本気でライブに取り組む様子に感化されていったのか、ライブが進むにつれてバックダンサーの彼らとも特に会話したわけでもないのに、ちょっとずつ連携が取れるようになってきていた。


 そして、直前に任される事になった5曲ともを俺は無事に全部やってのけた。


 ちなみに、山北さんはガチガチに緊張して本来の出番直前にも緊張して吐きそうになっていた。コレではライブ初出演であるはずの俺と、8年のキャリアが有るはずの山北さんとでは、どっちが新人でどっちかベテランなのかと疑問に思われそうなほど。


 俺は再び強引に誘ってしまった山北さんに負い目を感じてしまって、ライブ中には特に注意して彼の動きに注目していた。


 ただ、山北さんの8年のキャリアは伊達ではなかったよう。直前ではあんなに緊張していたのに、本番を迎えれば完ぺきに仕事をこなしていた。その様子を見て、ようやく俺は安心して山北さんに任せた判断は間違っていなかったと納得することができた。


 そして、本日のライブで一二を争う程の盛り上げを見せる曲。コレが終われば、俺の出番も終了する。その曲も特にトラブルは起こることなくて、無事に終了して俺の出番はすべて完了した。

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