第4話 経験豊富

「その子を出すのは、ちょっと待って」


 オーディション会場から出ていこうと思っていたのだが、待ったの声を掛ける人物が居た。


「もう少し見てみたい」


 それはキャップにサングラスを掛けてラフな格好をした、中年のおじさんだった。審査員の人はスーツ姿にピシッとした見た目なのに対して、後から止めに入ってきたおじさんの格好は反対で気楽な服装、まるで休日のお父さんという感じだった。彼は一体何者だろうか。


「ですが、彼は」

「まぁまぁまぁ」


「はぁ、分かりました。キミの審査は続行するから、まだ帰らないように」

「はい」


 眉根をひそめるスーツ姿の男性に向かって、両手を掲げて制するおじさん。するとスーツ姿の男性は仕方ないというように息を吐いて、俺に対してまだしばらくココに居るようにと指示する。とりあえず返事をして、その場に留まる。


 しまった。さっさと会場から出ていった方が良かったかもしれない。俺としては、不合格で問題なく今回の出来事を終わらせる事ができたのに……。


 そうこうしている間に会場全体を回っていた審査員の人たちが俺の目の前に5人、6人と集まって来て輪を作り小さな声でコソコソと話し始めた。呼び止めたおじさんが擁護して、他の人達は俺を不合格にして帰らせる側に回って話し合っている。


 いつの間にか会場で流れていた曲も止まっていた。何か起きているのを察してか、次第に受験者たちもざわざわとし始める。


「スタートのときは……」

「目を見張る者はありますが……」

「うん、もうちょっと。見るだけだから……」


 意見がまとまったのか話し合いが終わって、どうやら俺の擁護に回っていたらしいおじさんが再び俺の目の前に立つ。


「さっきの振り付け、もう一度頭から踊って見せてくれるかい?」


 優しい口調で、しかし目は鋭く観察されているのがよく分かる目つきで問いかけられる。コレは踊って見せないと駄目だろうか。ココで帰りますとは言えないよなぁ。


 合格する気持ちはないけど、ただ不合格になるのも期待してくれている母親に悪いと思えてしまうから断れない。いやいや、でもこんなに注目されている中で踊るって事になると結果的に……。まぁ、いいか。


「わかりました」


 とりあえず、さっきの時間で覚えた範囲で踊ってみせる。正直言って技術もへったくれもなく、真似て踊るだけの力技。本職ダンサーの人から見られたら、おそらく何かしら指摘されるであろう、技術的には拙い踊りだろう。けれど、自分的には十分に踊れているという気持ちで挑む。


 というか自分は本当に合格する気持ちはないのだろうか、本心が分からなくなる。内心では合格するつもりで居るんじゃないか、今の状況になって自問自答しながら黙々と踊る。


「確かに、最初の頃からは断然良くなっていますけど」

「この短時間での事なら驚異的だろう?」


 無音の中で踊らされていると、会話が眼の前で交わされているのがよく聞こえる。すごく注目されて、なんとも居心地の悪い中とりあえず動き続けた。そして終わる。


「君、……えっと。赤井君という名前か。キミは最初の動きがとてもぎこちなかったけれど、何故かな? 緊張してたからかな」

「あーっと……。そうです」


 スーツ姿の男性の質問。小学生の俺に向けて威圧しないように気を使ってか、彼の口調は優しい。まさか課題を知らなくて振り付けを覚えて来なかったなんて、正直に言える雰囲気でもなかったので話を合わせてごまかす。


「いや、多分振り付けを覚えてこなかったんだろう? それで今、他人の踊りを見て覚えたんじゃないかなぁ」

「……」


 おじさんがぼそっと呟くのが耳に届いた。その通りですけれど、そんなにハッキリと断定しなくても。


「よし! 良かったら、赤井君が今すぐココで出来る一番の得意な踊りを見せてくれないかな。今日の振り付け課題じゃない、なんでも良いから自由に踊って」

「え!?」


 そう言われると、もっと困るんだけれど。生まれてこの方、ダンスレッスンなんて通った事も無いから踊りの事なんてまるで分からない。


 会場の皆の視線が集まってきているのが分かる。期待されていると感じた。審査員も受験者もこの後どう行動するのか、その結果を期待している。


 そう思うと、もう断ることはできそうにない。ならば、どうにかしようと挑戦する気持ちが芽生えてくる。勇者とは期待を裏切らないモノだから。駄目だ、出来ない、という言葉を口から出したくなかった。


「なんでも良いんですか?」

「あぁ、もちろん。なんでも良いから見せてくれるかい?」


「わかりました」


 アイドルのダンスとは全く違うだろう、俺の知っている儀式のための踊り、剣の舞を披露することに。多分求められているモノが違うかもしれないけれど自分にとっての踊りと言えばコレだ。


 勇者としての人生を歩んでいた頃に覚えて身につけた踊り、王都で祭りが行われた時や大きな戦いが終わった後に行う剣舞。


 戦う能力を市民に示すために、そして戦いで散っていった人たちの念仏供養や鎮魂の為にと言い伝えられていたのを覚えた舞だ。そんな儀式としての踊りを彼らに見せてつける。


 生まれ変わってから今の人生で初めて舞うけれど、意外と動きを覚えているし体が思うように動く。本来は手に持つ武器が無いから、無手で。


 とっさの判断で行ってみたけれど問題なく踊れているから結果オーライ。そんな事を考えながら俺は舞を終えた。すると、審査員達の拍手で迎えられた。


「素晴らしいね。見たことがない珍しい踊りだけど、日本っぽさが無い。海外の民族舞踊か何かかな?」

「……えーっと、テレビで見たんだと思います。何の踊りだったか詳しくは覚えていません」


 何の踊りかと質問されて、とぼけるしか無かった。そりゃ気になる事だろうけど、前世で覚えた舞だという本当の事は言えない。それを言えば、頭のおかしい人だと思われてしまうだろうから。


「よし、彼は絶対に残しだよ。チェック入れといて」


 集まっていた審査員たちに指示を出す。どうやら俺は残される事になったらしい。あぁ、張り切りすぎたのかもしれない。

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