第2話 アイドルオーディション
自分は、やはり突発的な出来事に弱い性格なのだろうなぁ。いろいろな人生を経て耐性が付いていると思っていたけれど、母親からの突然のサプライズに驚かされたし大慌てしてしまった。
しばらく時間を置いてようやく落ち着く。とにかく落ち着いて、まずは椅子に座り直す。いやしかし、改めて状況を理解しても納得はできない。俺は、母親を鋭く切り込むように質問を繰り返した。
「なんで黙って応募なんかしたの?」
「だって、賢人は事前に言ったら反対したでしょう?」
うん、もちろん前もって言われていたならば絶対に反対しただろう。自分なんかがアイドルのオーディションを受けようとしている状況を想像するだけで恥ずかしい、と感じてしまうから。ちょっぴりアイドルになった自分を想像してしまい、チヤホヤされたいと考えてしまう自分も居た。いやいや、今回は平凡な人生を送る。
「な、なんで突然アイドルのオーデションに?」
「賢人って子供なのに全然子供らしい夢を語らないじゃない。将来は公務員のような安定した職業に就いて静かに暮すんだ! なんて。別に公務員という職業が悪いわけじゃないけれど安定したいだけの気持ちで、そこを目指すのは違うでしょう。あなただけの人生なんだから折角なら今のうちに色々な事に挑戦するべきよ」
今の生活に十分満足しているし、これ以上は厄介事でしかないと思っていたから。できれば安定した人生を送りたいなんて、そんな事を口に出してしまっていたことが裏目に出てしまった。
俺としては将来設計をしっかりしている息子を演出するつもりで、将来は何も問題を起こさず品行方正に安泰を目標にしていた。父さん母さんには、安心して大丈夫とアピールする気持ちで公言していたんだけれど。よくよく考えれば確かに子供らしくないかもしれない。ということは、こんな事になったのは自業自得なのだろう。
あぁしかし、母親が色々と俺の事を考えて行動してくれたことも理解できて、簡単には今回のことを否定しきれない気持ちになっていく……。
「いやいや、だからと言って俺がアイドルなんて……」
「賢人はお父さんに似て男前だから、絶対に書類審査は通ると思ってたのよ」
芸能界なんてモノの実情を俺は知らないけれど、碌なものじゃないイメージだった。アイドルなんて目立つことが仕事だろう。俺は目立ちたくないのに、審査を通過したら平穏無事には暮らせなくなるだろうなぁ。
せめて、一次審査で不合格にしてくれていれば今のように悩まなかったのに。書類審査を通した名も知れない審査員に恨みすら感じてしまう。
「だけど、なんで二次審査が明日にあるって直前まで黙ってたの? それは、事前に教えてくれても良かったんじゃ……」
「だって賢人は、こうやって追い詰めないとオーディションなんて受けてくれないでしょう。日が空いてたら、自分で断りの電話なんか入れて終わりにしちゃいそうだし」
確かに、こんなになるまで直前になって今更断りを入れるとなると、多くの人たちに迷惑がかかる。そう考えてしまって、断りきれないのが俺の性格だった。母親は、俺の性格をよく理解している。そうすると、オーディションを受けに行くしかない。
母親は俺の性格を読んで秘密裏に計画を立てて今回の行動に打って出たのだろう。母さんの本気度を感じる、今回の出来事は逃れられないと……。
「あとは明日のオーディションで合格するだけよ。貴方なら必ず審査を合格できるわ、頑張って!」
ボルテージが上がる母親の様子を目の当たりにして、どうやらオーディションを受けないという選択肢は完全に消滅させられたと感じた。逃げ場がない。
「うぅ……、仕方ない、か」
渋々としながら、オーデションを受ける決断をする。一次審査を通ったのはただの偶然、たまたま、運が良かっただけだ。
二次審査を合格するかどうかは分からない。まだアイドルとなるのが決まったわけではない、だから大丈夫!
俺は改めて冷静になって考えた時、二次審査には落ちるだろうと予想して気が楽になった。一次審査を通ったのは偶然で、運が良かっただけ。そう思って、アイドルのオーディションを受けに行く決意が出来た。
***
そして迎えた、翌日。
母親に連れられて指定された会場に到着していた。今日は、日曜日だったから両親も休みだった。父親は、日頃の激務の疲れを癒やすために自宅でお留守番している。母親も家で休んでいるように言って、俺は一人で行くつもりだった。けれど、母親も一緒に付いてきてくれた。
都内にある、今日のオーディションが行われるという体育館のような施設に到着。その会場の出入り口には、俺と同じように母親に連れられた、下は小学校に入りたてぐらいと思われる幼い子供から、上は高校生ぐらいに見える人まで年齢の差が開いた子供たちが、かなりの人数集められていた。オーディションの受付が行われているのか、長い行列が出来るぐらいに。
合格するための対策だろうか、綺麗に着飾った子供たちが集まっていて側には母親が付きそっている様子。まるで入学式のようだなと思いつつ、同じように列に並んで受付を済ませる。
「確認させていただきました。赤井様、本日は二次試験にお越しいただきありがとうございます。この後、ダンスの審査と面接を行いますのでご用意ください。それと、これを番号の見えるようにお子様に着けてください」
「はい、わかりました」
受付の順番になって本人確認を終えると簡単なオーディションに関しての説明と、肩紐ゼッケンを渡された。受付の列から抜けて準備をするため、受け取ったゼッケンを身体に着ける。
「61番! そんなにオーディションを受ける人が居るのねぇ」
ゼッケンに書かれた番号を目にした母親が驚きながら感想を述べる。受付を終えた周りの子供達も同じようにゼッケンを胸と背につけた番号が見える。中には、三桁の数字を付けている子も居るのが目に入った。
なぁんだ。想像していたよりも一次審査を突破した人が多いようだと安堵の気持ちが沸き起こる。これだけの人数がオーディションに挑戦するのなら、自分は二次試験を合格することはないだろうと気分がだいぶ楽になった。
「皆様、おまたせしました。只今から新人アイドルオーディションの二次審査を行いますので、審査会場へと移動をお願いします。保護者の方は審査中、控室をご用意しておりますのでそちらでお待ち下さい」
女性の声でオーディション開始のアナウンスが聞こえる。とうとう始まってしまうらしいという緊張。
「さぁ、いってらっしゃい。頑張って」
「あー、うん。頑張ってくる」
両手を前でグーッと力を込めた握り拳をつくる母親からの応援を受けて、だけども特に何の心構えも意気込むこともしないで、仕方なしという気持ちでオーディション会場へと向かった。
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