【未完】勇者の次はアイドルとなる人生

キョウキョウ

第一部

オーディション編

第1話 サプライズ

 これが二回目の転生、俺にとって三度目の人生が始まった。


 一度目は、ごくごく普通のサラリーマンとしてドラマティックな出来事も特に無く平凡な人生を全うして。


 二度目は時代も文化も全然違う見知らぬ世界に生まれ落ちて、前世とは大きく変化したファンタジーな世界を生きた。運命の流れによって最終的には勇者となって仲間と共に世界を救う人生を送った。


 そして三度目が今回の新たな人生。時代は再び現代のようだった。俺にとっては、少し前だと感じる世代。世紀末と呼ばれる時期で、一度目の人生でも経験した記憶にある世界とよく似ていた。薄っすらと記憶にある頃に比べると、少しだけ年代が昔に遡っている時代に俺は転生したようだった。


 三度目の転生となると慣れたもので、生まれたばかりの赤ん坊の頃から動きを制限された身体でありながら、出来る範囲で行動して情報を集めた。生き残るためには、何よりも情報が必要だった。そして、自分の置かれた状況を出来るかぎり知っておくことで死ぬ可能性を少なく出来る。


 二度目の人生と比べたら今はモンスターの危険は無いし、食べ物がなくて餓死する様子もない。ごくごく普通な世界であるということを知って、俺は安堵した。今回は、少し気を抜いて人生を楽しめそう。一つ前の人生は思い出すと悲惨だった。戦いの絶えない日々だったから。


 今回も、生まれ変わるときに眼の前に神様が現れるなんてことはなく。状況の説明なんて無いし、死んだら次の人生へ粛々と転生していく。


 俺は何故、転生し続けるのだろうか。何のために生まれてきたのか、という哲学的な疑問が頭に思い浮かぶ。だがしかし、結局は答えを出せないままで三度目の転生が起こっていた。


 この不可解な現象に意味なんて求めても、答えの出ない疑問なのだろう。今出来る事は、俺が生まれたこの世界で精一杯生きて、周りに居る家族や仲間という存在に何かしらの影響を与えながら生きていく事だけだ、という結論に達した。


 俺は、新たな人生に取り組む決意をした。



***



 この世界に生まれてから10年、俺自身や周りの人たちに関して取り立てて述べるべき事件も事故も起きていない、平和な日々を過ごしていた。


 両親は健在で、ありがたいことに住む場所も食べるモノにも困らない裕福な家庭、教育もしっかりと受けさせてもらっている。小学校生活を十分に満喫して楽しむ毎日を送る事が出来ていた。


 普通の小学生として振る舞い、周りには迷惑をかけないよう普通な暮らしを過ごすことを心がけて生活している。だが、俺と他人との違う部分を強いて言うとするなら体を鍛えるトレーニングをしている事ぐらいだろうか。しかも結構キツめの。


 前世の経験から考案したトレーニングメニュー、大人に見られたりしたらすぐさま止められるであろう強度の訓練を行っていた。


 ちょっと前に見た、テレビ番組の特集でトップアスリートのトレーニングメニューが公開されていた。オリンピックに出場するような体操選手が毎日行っている訓練量を大きく超えていたぐらい。


 誰にも見られないように、隠れて毎日の日課として行っていた。前世の記憶と経験から、とにかく日々のトレーニングを積んでおかないと気持ちが落ち着かない。前世の今と同じ年頃に俺は、剣を手に持ち武装して魔物討伐に挑んでいたから。


 その後、人生の大半を勇者として戦いに挑んでいたからこそ、何時でも戦いに備える事が習慣の一つとなっていた。


 それは転生してからも今も習慣に変わりはなく、今世は平和な世界である事も理解しているけれど、そういう前準備をしておかないと気分が落ち着かない事が肝の部分に刻み込まれていた。前世が強烈過ぎて、生まれ変わっても慣れた習慣が抜けなかった。


 それ以外には、特に目立つような行動もしていない。そのおかげなのか事件に巻き込まれることも無い普通の日々を過ごしていた。これは俺の将来、一度目と同じような平凡なサラリーマン人生を歩んでいく予感がした。まぁ、それもいいかと思っていた。


 そんなある日のことだった、夕食後の時間に突然母親からA4サイズの紙を手渡されたのは。


「はいこれ、賢人。読んでみて」


 夕飯を食べ終わった頃。座って大人しくお茶を飲み落ち着いていた俺に向かって、母親が紙を目の前に差し出してきてニコニコ笑顔でそんなことを言ってきた。


「? 母さん、これはなに?」

「いいから、とにかく読んでみて!」


 突然の事に疑問を持ちつつ説明もなく急かす母さんに圧倒されながら、取り敢えず渡された三つ折りされた跡のある紙を受け取って文字を黙読していく。これを読めば、母さんが笑顔を浮かべている理由が分かるのだろう。


 赤井 賢人 様


 アビリティズ事務所 新人アイドル選考オーディション 二次審査のご案内


 拝啓 

 時下ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。


 さて先般実施しました書類審査の結果、第一次選考に合格されましたのでお知らせいたします。


 つきましては、下記の要領で二次選考である面接試験を実施いたしますので、ご出席いただきますようお願いいたします。


 なお、日程等で不都合がありましたら選考担当である木下(000-0000-0000)までご連絡いただけましたら、日程を調整いたします 。


 敬 具


「はぁ?」


 文書を読み終えた俺の口から、思わず言葉にもならない疑問が漏れ出た。更に文章の続きに目を通していくが、日時と会場に持ち物などの詳細が記されている。文章を見ても、既に処理能力がパンクしていて読んでも頭に入ってこない。


「えっと、これは一体何なの?」

「アイドルのオーディション一次審査を通ったって通知よ。ほらココに合格だよって書いてるでしょ」


 書かれていることの意味を理解していないのかと、持っている紙を指さして詳しく説明しようとする母親の手を退けて、違うんだと抗議する。


「文字の意味が分からないんじゃなくて、なんでこんな物が? というかいつの間にオーディションに応募をしていたの? いやいや、というか合格!?」


 慌ててもう一度文書を読み直してみるが、当然のように同じ。変わりのない合格という文字が紙に書かれている。


 アビリティズ事務所というと、普段テレビをあまり見ないし、アイドルに特に興味も無い俺でも聞いたことがある結構有名なタレント事務所の名前だったと思う。


 そんな大手の所から合格通知? 見知らぬ間にとんでもないことが起こっている、と背筋が寒くなった。


「こ、これ本当のこと? 冗談とかでもなく」

「本気のホントよ」


 いやいやいや、そんな訳ないと信じられない気持ちで否定しながらも母親の言っている事は本当なのだろうと理解してしまう自分も居た。普段から嘘なんて言わない人だから、わざわざ合格通知という小道具まで用意して騙すような人ではないから。


「と、父さん! 母さんが!?」


 座っていた椅子から立ち上がって、急ぎリビングのソファーで寛ぎながらテレビを見ていた父親の眼の前に紙を突きつけ、母親の突然の行動に不服を申し立て訴える。だがしかし。


「おう、一次審査は突破したのか。よかったじゃないか」

「と、父さん!? そんな、知らなかったのは俺だけ……」


 おう、なんて当たり前のように答えた。父さんは、俺にとって衝撃を受けた事実を知らせても慌てた様子を見せなかった。どうやら、事前に知っていたと言うことだ。父さんもグルで、聞かされていなかったのは俺だけ。


 あまりの出来事に体から力が抜けて、フローリングに手をついて項垂れてしまう。いやいやいや、なぜアイドルなのか。今世は普通に平凡な暮らしをして人生を楽しみ過ごすんじゃなかったのか。突然すぎるよ。


「ほら、明日の準備をしなきゃ」


 突然の出来事に頭は混乱しているし、がっくりと床に手をついてうなだれている俺の肩を叩いて立ち上がらせる母親。ん? 明日の準備? 


「……あ、明日の準備って?」

「ほら、ここ読んで」


” 日時 6月6日(日) 09時00分から12時00分 ”


「あ、あしたァ!?」


 現在の日時は、6月5日の午後8時を過ぎた頃。つまり、二次審査が行われるのは明日、という事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る