春也の高校編
第509話 晴れて高校の入学式……なんですが特別感がありません!?
「いやー、俺、今日入学式なんスよ」
「奇遇だな。俺も在校生として参加予定だ」
照れ笑い混じりに春也が後頭部を掻くと、すぐ近くで腕組み中の逆恨み先輩こと矢島が小さく頷いた。
会話内容とは相反して2人の服装は練習用のユニフォーム。しかもすでに土で汚れている。横にはマウンドプレートがあり、正面には監督がバット片手に立っている。
「なのにどうして朝練があるんスか!」
「文句は俺じゃなくて監督に言ってくれ」
1歩前に出ると、矢島は飛んできた打球に反応してグラブを出す。小気味よい音を響かせたあと、軽やかな動作で1塁に白球を放った。
「ま、推薦組の宿命だな。それに監督も張り切ってんだよ。全中制覇した有力選手の多くが南高校に集まってるしな」
それ以外にも県中央あたりからも、春也と同じチームになって甲子園へ出場しようと企む生徒がやってきていた。
「今年の夏から甲子園のチャンスがあるって、お前の入学が決まった時から燃えまくってたんだよ。おかげで俺らは猛練習続きだ」
「……もしかして、そのせいで一部の先輩が俺を怖い目で見てるんスか?」
「ついでに彼女持ちだからな」
「でも相手がまーねえちゃんだって教えたら、若干引いてたっスよね?」
「性格を知らない奴が見ればヤンキー風でも美人は美人だからな。スタイルも抜群だし、好みの奴は好みだろ」
「ちょっと、人の彼女に色目使わないでくださいよ」
「使おうにもこっちにいないだろ」
「そうなんスよね……気軽に会えないのはやっぱ辛いっス。どうせなら県大学近くの高校に進学すればよかったっスかね」
「その通りだ!」
いきなり割り込んできた大声に、春也は矢島と一緒になってビクッとする。
「智希かよ、驚かせんなって」
「そんなことはどうでもいい。問題は貴様の先ほどの発言だ。転校すると言うのなら付き合おう。我々は親友だからな!」
いつになくフレンドリーな笑みを浮かべ、肩まで組んでくる智希。装備中のプロテクターが当たるのも構わず、やたらと親友なのを強調する。
これに不思議がるのが、1年だけとはいえ中学校生活を共にした矢島だ。
「小山田って、こんなにベタベタしてくる奴だったか?」
「俺がどうこうじゃなくて、のぞねーちゃんの近くに行きたいだけっスね」
「そういや極度のシスコンだったもんな」
「その通りだ! 拗らせマントヒヒもわかってきたではないか!」
「シスコン呼ばわりされて嬉しそうに――って待て、拗らせマントヒヒってのは俺のことか!? 高木といい、お前らはきちんと先輩の名前を覚えられないのかよ!」
「まあまあ、愛称がつくってことは、それだけ慕われてるってことっスよ」
「変な呼び方をするのはお前らだけなんだが……この際、そこはどうでもいい。どうせ言っても聞かないしな。それよりもだ」
はあ、と大きなため息をついたあとで、矢島は気を取り直したように智希を見た。
「そこまでお姉さんの近くにいたがる小山田が、どうして南高校に入学したんだ?」
「愚問だな。俺とて姉さんの近くに行くつもりだったが、春也と2人で南高校を甲子園に導いてと言われれば頷く以外の選択肢などない!」
「……なるほど、要するに高木がお姉さんに頼んだのか」
中学時代から何度か春也と智希の似たようなやり取りを見ていた矢島は、すぐに真相に気付き、納得するように頷いた。
*
朝練で疲れた体を少しでも休めようと、指定された教室で椅子に座ったのも束の間。すぐに入学式の時間となり、このクラスの担任となる教師が姿を現した。
「……やっぱりな」
事前に宣言されていたのもあり、それなりに見知っている女教師の顔を見るなり、春也はため息交じりに呟いた。
「3年間担当してた姉ちゃんたちも卒業したし、美由紀先生が新入生の担任になるのは当たり前かもしれないけどな……」
机に肘をつく春也の前で、いつになく着飾った美由紀が満面の笑みで自己紹介する。
「私が皆の担任になる高山美由紀よ。聞かれる前に答えておくけど、歳は――」
確か姉の時は30歳だと真顔で言ってドン引きされてたんだよな、と苦笑する春也の視線の先で、母親よりも年上の女教師が堂々とのたまう。
「――25で独身よ」
「若返ってんじゃねえか!」
周囲がどう反応すればいいのかわからないでいる中、春也はついうっかり反応してしまった。その瞬間に美由紀の目が光る。
「春也、真実を言うのが正解とは限らないのが人生よ」
意味ありげな視線に変な寒気がした。
とはいえそれで臆することなどないのが春也である。
「そう言ってる時点で、歳を誤魔化してんのがバレバレじゃないスか」
「いやね、誤魔化したんじゃなくてちょっと茶目っ気を出しただけよ」
そう言って美由紀はぺろっと舌を出したが、別段可愛くもないので生徒の反応は真顔と苦笑で二分されていた。
「実際は20歳なの。皆とあまり変わらないから、お姉さんだと思って接してほしいわ」
「さらに若返ってどうすんだよ! 大学も卒業出来てねえし!」
「うるさいわね、恋人ができて調子に乗ってるのかしら」
掌に肘を乗せつつ、美由紀は腹立たしげにこめかみに人差し指を添える。
「いい? 不順異性交遊は心の乱れに繋がるの。そのようなものに現を抜かす暇があるなら、将来のために勉強しなさい。そしていい大学に進学して、先生に男を紹介してちょうだい!」
朝からどこまでもぶっ壊れている女担任に、学級全員が唖然となった瞬間だった。
*
入学式が終わり、見学に来ていた保護者が先に帰れば、あとは生徒たちの時間になる。早速仲良くなった者同士が帰りにどこかへ寄って行こうか相談していた。
「俺らも帰るか、お祝いのケーキが家にあるだろうから、それを食いつつ、一緒にゲームでもやろうぜ!」
入学式の日に合わせた晴れやかな笑顔を披露してみたが、正面に立つ晋悟は応じるどころか、軽く目を伏せて肩に手を置いてきた。
「春也君、現実逃避は止めようよ。僕たちはこれから部活だよ」
サムズアップしたままの春也の手が震える。練習は別段嫌いではないのだが、せめて入学式くらいはフルにしなくてもいいのではないかと思えてしまう。
「いやいや、よく考えてみろよ。入学式の日から部活ってあんまりだろ」
「まったくだ。嬉々として参加する奴が知れんな。俺はこれから用事があるのだ」
「素早く帰宅しようとしないでくれるかな!? 智希君も部活だからね!」
春休みから練習に参加していただけあって、智希の個性的すぎる性格はすでに部内へ知れ渡っていた。
「そうだぞ、智希。それに小遣いが入るたび、のぞねーちゃんグッズ作成に勤しむお前が乗車賃なんて持ってんのか? チャリだと結構時間がかかるぞ」
中学卒業後、実際に陽向の元まで自転車で走った春也だからこその忠告だった。
「フッ、この俺に抜かりがあると思ってるのか。すでに定期を購入済みだ」
「やるな、お前! 俺も今度作ることにするわ!」
「待って! どうして定期が必要になるのかな!? 春也君も智希君も入学したのはここ! 南高校だからね!?」
*
「アハハ、3人とも相変わらずだね」
ひとしきり騒ぎ終わったあと、春也たちに歩み寄ってきたのは中学時代から野球部のマネージャーとして面識のある御子柴要だった。
高校でも野球部のマネージャーを務めており、クラスもまたしても一緒になった。
「久しぶりに会ったみたいな言い方してるけど、マネージャーとは昨日も顔を合わせてるだろ」
「そうなんだけど、ついね」
春也の指摘に要が笑みを深める。少し前までと制服が違うだけなのに、動作の一つ一つが大人っぽくなったように感じられるのが不思議だった。
「3人とも目立ってるし、仲良さげに振る舞いすぎると反感を買うかなーって」
「何言ってんだ?」
真顔の春也に、逆に何言ってんのとばかりにマネージャーが大きな瞳をパチクリさせる。
「気付いてなかったの? 3人とも恰好いいから、クラスの女子の視線を集めまくってるんだけど」
「ああ、それならいつものことだから気にしてなかった」
さらっと告げた春也に、聞き耳を立てていたのか、少し離れた位置にいる男子の数人が軽く舌打ちした。
気に入らないのかもしれないが、さすがの春也といえど小学校時代から異性に視線を向けられまくっていれば慣れる。
「大体、女子の視線の大半を掻っ攫ってるのは智希だろ」
智希も高校生になり、ますますイケメンぶりに拍車がかかっていた。一方で姉狂いぶりも混迷を深めているが。
「晋悟君の人気だって凄いよ。春也君だけは今朝、高山先生が彼女持ちなのをバラしちゃったから控えめだけど……そういえば先生と顔見知りだったんだね」
「姉ちゃんたちを3年間担任してたからな。そこまで知ってるわけじゃないけど、何度か話はしたことあるな」
マネージャーに説明をしつつ、バッグを左肩に担ぐ。あれこれ話しているうちに、部活が始まる時間が迫っていた。
「仕方ねえから練習に行くか。女子の件もどうせすぐに飽きるさ、俺にはまーねえちゃんがいるし、智希はどこまでいっても智希だからな。そして気付いた時には晋悟がハーレムを築き上げてるいつものパターンだ」
「だから僕を女好きみたいに言わないでくれるかな!?」
「冗談だよ。晋悟にはいつも迷惑をかけるな」
「春也君……」
「そういうわけだから高校でもよろしく頼むな」
「……なんか感動的な場面を演出してるけど、これって遠慮なく迷惑をかけるって宣言だよね!?」
「よし、部活に行くぞ、智希」
「仕方あるまい」
「2人ともちょっと待って!? 高校ではもうちょっと僕の待遇を良くすべきだと思うんだけど!? だからちょっと待ってほしいんだけど!?」
新しい生活が始まっても、騒がしいのは普段と変わらない。春也は恵まれた環境に感謝しつつ、涙目で懇願する友人を笑顔で労い続けた。
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