第508話 口は災いのもと! 春休みから浮かれていた春也への試練!?
春休み真っただ中の夜。夕食を終え、自室に戻った春也は晴れて恋人になってくれた女性との電話に勤しんでいた。
「姉ちゃんも大変だなって言おうと思ったけど、結局いつも通りじゃねえか」
「そもそもほっちゃん自体が、初めての場所でも物怖じしないからな。逆に悠里なんかは見知った人間には毒舌かますけど、初対面だと怯えまくるから慣れるまで時間かかりそうだな」
「その間に大人しくて可愛い女性だと思った男どもが、告白して玉砕する。そっちもいつものパターンじゃねえか」
「ハハッ、その通りだ。
で、春也の方は大丈夫なのか?」
電話向こうから心配げな声が聞こえ、春也は思わず目をパチクリする。
「俺? 姉ちゃんいなくなったからって、寂しがるような歳じゃねえぞ」
「高木家の方だよ、ご両親とか。俺も最初の頃は母親が寂しがってたからな。今でも頻繁に連絡あったりするし」
「あー……確かに今日も姉ちゃんいない分、特にママが俺にやたらと構ってきてたな。あと菜月ちゃんにズルイって連呼して、明日から2号店の店長になるって言いだして祖母ちゃんに怒られてた」
「ハハッ、やっぱりどこの親も似たようなもんか」
「さすがにのぞねーちゃんのママは違うだろ」
以前に勝負して豪快に打たれたのを思い出し、春也は僅かにこめかみをヒクつかせた。
「そうでもないぞ。この間、のぞちゃんが自室に戻ったら、何故か鍵を開けて室内で菓子食ってたらしいからな」
「……それ、犯罪だろ」
「今の寮長が、のぞちゃんママが活躍してた時のチームメートらしくてな。ほっちゃんはいつもみたいに、おーって終わったんだけど、のぞちゃんがブチ切れてな。もう少しで梱包して実家に発送するところだった」
「相変わらずとんでもねえ家族だな」
智希の家庭の話を聞くたびに、うちの両親は普通で良かったと思わずにはいられない春也だった。
「とりあえず姉ちゃんもだけど、陽向も元気そうで良かったよ」
「まっ――!? お、おお、おおう、そ、そそ、そうだな」
「どもりまくってるぞ」
「年上をからかうんじゃねえよ! そ、その、春也……」
「いや、そこは緊張するとこじゃねえだろ。ずっとその呼び方なんだから」
「……そういやそうだな」
思わずといった感じで吹き出した恋人に合わせ、春也も声を上げて笑った。
*
こんな楽しい春休みなら大歓迎だ。昨夜に陽向との電話を終えた直後、春也は布団で横になりつつ鼻歌混じりにそんなことを考えていた。
直後に明日から練習に参加してくれと、高校から家に電話が来るまでは。
「姉ちゃんを笑ってたのが遠い昔のようだぜ」
ランニングを終え、春也は手の甲で汗を拭きながら専用グラウンドを見渡す。普通の市民球場レベルの大きさだが、父親が在籍していた頃より改修もされて、今では立派な室内練習場なんかも併設されていたりする。
「でも入部予定の新入生全員が参加を求められたわけでもなさそうだよ」
昔から人当たりの良い晋悟は、すでに見知った先輩から情報を得たらしい。気になった春也は続きを促す。もう1人の友人はどうでも良さそうにそっぽを向いたままだが。
「学校から誘われた新入生だけらしいよ。人数は僕たちを含めて5人だね」
「ああ、県中央の中学で4番だった奴もいるな。なんでこっちの学校を選んだんだ?」
「春也君とチームメートになってみたかったみたいだよ」
「俺?」
予想外の答えに、春也の中のクエスチョンマークが大きくなる。
「春也君を中心に僕たちは中学校で全国制覇してるからね。県内で甲子園出場するには、同じチームになった方がいいと考えた人もそれなりにいるみたいなんだ」
推薦は貰えなかったにしても、県内各地からそこそこの人数が普通に南高校を受験したらしい。おかげで志願倍率も上がっていたのだという。
「まったく知らなかった……」
「対戦したチームの人と、連絡先を交換するなんてなかったからね」
「おい、お前ら。話ばっかしてるなよ」
会話が一段落したところで、上級生から注意される。反射的に返事をしつつ、どんな先輩か確認すると、とても見知った顔があった。
「逆恨み先輩、ちーっす」
「お前……相当根に持ってるだろ」
中学の時も先輩だった矢島である。嫉妬心からやたらと絡んできてたが、途中で改心して割合話すようにもなった。
「高校野球はやらないって言ってませんでしたっけ?」
「そのつもりだったけど、熊の野郎に引きずり込まれたんだよ。おかげで彼女とのイチャラブ高校生活が失われちまった」
「大丈夫っスよ、先輩、彼女いなかったじゃないスか」
「作る予定だったんだよ! つーか、それを言うならお前もだろ!」
「ふっふーん」
「何だよ……気持ち悪い笑い方しやがって」
「実はもう彼女がいるんでしたー! しかも女子大生!」
「何だと!?」
春也と矢島の会話に聞き耳を立てていたのか、練習中の先輩たちのみならず、ノックの雨を浴びせていた監督までもが驚愕の声を発した。
「年上って嘘だろ!」
「マジですって、それに相手は先輩も知ってます」
「俺も? 誰だよ」
「まーねえちゃんこと西野陽向さんっスよ」
「あー……」
「なんか微妙そうっスね。あとでチクっとくっス」
「やめてくれ! あの人、綺麗だけどおっかねえんだよ!」
矢島の反応から春也はヤンキーと付き合っていると思われたらしく、練習後に監督からわりと真面目に交際相手は大丈夫なのかと心配された。
*
初めて練習に参加した日の出来事を、陽向に夜に報告して翌日。矢島を逆恨み先輩と呼んでからかいつつ、基礎練習を終えると、スッと目の前にタオルが差し出された。
「マネージャー? え? 何で?」
にこにこ笑顔で白地のフェイスタオルを両手で持っていたのは御子柴要だった。
「私も南高校に受かってたんだけど、もしかして知らなかったの?」
「悪い。早々に内々で決まってたもんだから、他の奴の受験はろくに気にしてなかった」
「春也君らしいね」
「で……そのマネージャーがここにいるってことはまさか……」
「そう、高校でも野球部のマネージャーをすることにしたんだ!」
晴れやかに告げる彼女は、その事実を喜んでいるようだった。
「高校では俺より良い男を見つけるって言ってなかったか?」
「それがなかなかいなくてさ。仕方ないからしばらく春也君を追っかけ続けることにしたの」
「いや、ちょっと待ってくれ、俺は――」
「――西野先輩が彼女さんになったんでしょ? でも想うのは自由だし。あと、こうやってアピールしておけば、別れた時に慰めたりしてるうちに新たな恋に発展するかもしれないでしょ?」
「何て言うか……御子柴は逞しいな」
心から賛辞を贈ったつもりだったのだが、マネージャーは唇を尖らせて春也の顔にタオルを押し当ててきた。
「女の子に言う言葉じゃないからねっ」
「悪い……あとタオルありがとな」
「うん……練習、頑張ってね」
「おう……でも、悪いけど御子柴の望みは叶わねえぞ」
「多分ね」
軽くウインクをして、マネージャーは他の選手の世話をするために小走りで離れた。
*
練習後に背中にした校舎を春也は見上げる。あと少しでここに通うんだなという気持ちが強くなり、なんだか感動する。
もっともそういう感情を抱いたのは春也だけのようで、仲の良い友人2人は春也が校舎を振り返っているのに気付かず、先に校門を出てしまったようだ。
「おいおい参ったな、こんなところに不順異性交遊野郎がいるじゃないか」
自分も早く帰ろうと前に視線を戻した直後、底冷えするようなドスの利いた声が絡みついてきた。
全身に鳥肌を立てた春也は、数歩前に出てから慌てて振り返った。
「よう、暫定高校生。ずいぶんと色気づいてるじゃないか。ああ?」
そこにいたのは腕を組んで仁王立ちをする姉の元担任――高山美由紀だった。普段は優しい女性だが、恋愛が絡むと途端に鬼になる。姉どころか母親も叔母も同じことを言っていた。
「……産まれてから今まで、同じ苗字の美由紀先生ちーっす」
「おいおい、何を言ってるんだ春也、多くの人間は死ぬまで同じ苗字だぞ? それにお前の母親だって苗字は変わってないだろ? なあ?」
「そうっスね、俺が間違ってました」
「わかれば――」
「終身名誉独り身の美由紀先生ちーっす」
「ぶっ殺す」
「教師の言葉じゃないっスよ、うわあああ、智希、晋悟、助けてくれえええ」
「黙れこの野郎! お前の担任は私だからな! 3年間ずっとだからな! きっちり躾けて色恋に現を抜かさないようにしてやる!」
「横暴だ! っていうか、もしかしなくても俺とまーねえちゃんのこと知ってるっスよね!? 誰から聞いたんスか!」
「例の毒舌小娘だよ! 卒業後に初めて声を聞かせやがったと思ったら、余計なことばかり報告してきやがって!」
美由紀本気のヘッドロックは、智希の母親のよりも強烈だった。
「普通の女の力じゃねえ! 伝説のアマゾネスじゃねえか!」
「まだ言うか、よほど命がいらないらしいな!」
「わかった! わかりました! 俺が男紹介します! 若くてピチピチのです!」
「……本当か?」
途端に腕の力を緩める、現金な担任予定の女教師。
「あ、ほら、丁度来ました。矢島先輩ーっ!」
「高木? お前が俺をきちんと名前で呼ぶなんて珍しいな。それに何で高山先生と一緒なんだ?」
「矢島先輩、彼女が欲しいって言ってたじゃないスか。紹介します! ほら、現役の女教師っスよ。滾るでしょ!?」
「なっ……! お前、爆弾を俺に投げつけるつもりかよ!」
「おい矢島! 爆弾って何だ! 一緒にシメるぞ、この野郎!」
「ぎゃああ! おい、高木、逃げるな、おい!」
こうして春也は美由紀が鬱憤を晴らすまで怒られ続け、口は災いの元だと改めて実感したのだった。
とばっちりを受けた矢島は許す代わりに、春也に彼女の友人を紹介してくれと言っていたが、自分の恋人に友達はいないと告げた瞬間、この世の終わりみたいな顔で肩を落としていた。
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