第500話 最上級生になった春也は新入生を野球部の勧誘に行き、親友の姉狂いぶりを再確認しました
「最上級生って言われてもピンとこねえよな」
新しい教室といっても階を移動しただけで、室内の光景にも目新しさはない。春也はつい先日まで3年生が使用していた席に座り、背もたれに上半身を預けながら大きく伸びをした。
すぐ近くには話をするために、智希と晋悟の姿もある。たまたまか、問題児を同じクラスに集めようとしているのかは不明だが、今年もまた3人が連続して同級生となる記録が更新された。
「チームもすでに2年生が主体だったしね。春也君がそう思うのも無理ないよ」
すぐに智希も同意するかと思いきや、何故か春也と晋悟を睨んだ。
「貴様らは自覚が足りんな」
「おー、まさか智希にそんな説教をされるとはな。3年生になって変な使命感にでも目覚めたのかよ」
「阿呆か、貴様は。学校は違えども姉さんと同じ3年生になったんだぞ。感動を新たにして日々を過ごすべきだろうが」
「おう、智希は智希で安心したわ」
手をひらひらさせ、いつもの発作をやり過ごそうとして、春也はおやっと思う。
「同じ学年だって言うなら、これまでもそうだったろ」
「だから貴様は阿呆だというのだ」
フンと鼻で嗤ったあと、智希は得意げに続ける。
「この俺が1年1年を積み重ねると同時に、日々新たな気持ちで過ごしてないとでも思ってたのか」
「だったら、いちいち3年になったからとか言わなくてもいいだろ」
「貴様が最初に最上級生云々の話をしたんだろうが」
「何々、どんな話してるの」
会話が一段落したところで、要がひょっこり晋悟の後ろから顔を出した。どうやら野球部のマネージャーである彼女も同じクラスになったようだ。
「智希のいつもの発作に付き合ってただけだ」
「ああ……」
それだけで納得できるのが野球部あるあるである。引退した3年生は厳しい練習と同時に、智希の姉自慢からの解放も喜ぶらしい。そのあとで変な寂しさを覚えると口を揃えていたので、一部では話をするふりをして呪いをかけてるのではと冗談交じりに噂されていたが。
「智希君はいつでもお姉さん一筋だもんね」
「それ以外に生きる意味がないからな」
ドヤ顔で胸を張る智希に、さしものマネージャーも引き気味になる。
「見た目だけなら最強のイケメンなのにね」
小山田家は母親からして、黙っていたら美人と言われる女性だ。智希の姉も中性的な顔立ちをした目を引く美人で、小学校の頃から貰ったラブレターは数える気もなくすほどらしい。
もっとも智希と同じで異性に無頓着なせいで、読むどころか完全放置なので、やがて諦めた男子がため息混じりに回収するのだという。これはいつだったか、春也が姉から教えてもらった話だ。
「知ってる? 入学したばかりの女子の噂にもなってて、ファンクラブもできたらしいよ」
「ファンクラブなら前からなかったか?」
上半身を屈めていたマネージャーが、春也の机に肘をついたまましゃがみ、掌に顎を乗せつつ苦笑する。
「できては智希君の実態を知って、会員数が一気に減って解散してはまた結成の繰り返しみたいだよ」
春也は「へえ」と素直に驚いたが、晋悟は知っていたのか特別な反応を示さなかった。代わりに他の情報を口にする。
「ファンクラブなら春也君のもあるんだけどな」
「マジでか?」
「やっぱり知らなかった――うぐっ!?」
「どうした、いきなり変な声を出して」
何故か急にプルプルし始める晋悟。気になってよく観察すると、スッとマネージャーの足が動くのが見えた。どうやら余計なことを言うなとばかりに、足を踏みつけられたみたいだった。
「晋悟は大事なレギュラーなんだから、怪我だけはさせてくれるなよ」
ジト目の春也に、マネージャーはなんら後ろめたさのない笑みを作る。
「そこらへんは気を遣ってるから大丈夫だよ」
「そもそもの踏まないという選択肢はないのかな……」
肩を落とした晋悟は、1時間目の授業が始まる前から疲れ果てたようなため息をついた。
*
中学校に入学してはしゃいでいるのか、それとも1年前までと違う教室にまだ慣れないのか。理由は不明ながら、とかく廊下で群れたがるのが新1年生である。
「俺らの時はそうでもなかったような気もするけどな」
春也は小学校時代の後輩が入部するのかを確認するため、晋悟や智希と一緒に1年生の教室が並ぶ廊下を歩いていた。
目にする上級生の姿に新入生は興味津々だ。野球部で鍛えた筋肉は制服越しでもわかるのか、誰かをシメにきたんじゃなんて声も聞こえる。
「言われてるぞ、晋悟」
「どっちかといえば春也君を差しての言葉だと思うんだけどな」
などと軽口を叩いていると、急に黄色い歓声が廊下に響きだした。それを合図にぞろぞろと教室にいた女子生徒までもが廊下に出てくる。
「例の超イケメンの先輩が来た!」「小山田先輩!?」「本当にヤバい! なんかそれしか出てこない」「モデルとかなれるんじゃない!?」「っていうか、もうデビューしてそうだよね!」「私は一緒にいる先輩の方が好みかな」
晋悟が春也にもファンクラブがあると言っていた通り、女子の熱のこもった視線は智希にだけ注がれているわけではなかった。
ついでにいうと晋悟も顔立ちが整っている方なので、少なからず女子に見つめられて居心地が悪そうだった。
「早めに用件を済ませて、自分たちの教室に戻ろうか」
「気にする必要はねえだろ。のぞねーちゃん中毒の智希や、まーねえちゃんに一筋の俺と違って晋悟はフリーなんだから、ここぞとばかりにハーレムを作ってもいいんだぞ」
「人を女好きみたいに言わないでくれるかな!?」
「違うのか!? だとしたら……ゴクリ」
「ゴクリとか自分で言う人初めて見たよ!? っていうかその問答は僕に損しかないよね!? 否定したところで好ましい未来に繋がらないよね!?」
「そこは素直に乗っておけよ。からかいがいのない奴だな」
春也からすればいつも通りのやりとりだが、場所は普段と異なる。普通に会話をしているだけで興味を持たれて、キャーキャーと噂されてしまう。女子が熱狂するたびに、男子が悔しそうにするのも印象的だった。
「あっ、あのっ、誰かに用とかあるんですか!?」「ちょっと抜け駆け禁止!」「私も先輩たちと話したい!」「自己紹介させてもらっていいですか!?」
勇気を出した最初の1人が声をかけた瞬間、餌に群がる金魚のごとく1年生の女子が押し寄せてきた。春也たちはあっという間に囲まれ、迂闊に身動きが取れなくなる。
「ちょっと落ち着けって」
「これは声かけどころじゃないね」
春也の声も興奮しきった新入生を止められず、晋悟が諦めたようにため息をつく。まさか力ずくで退けさせるわけにもいかないので困り果てていると、階段の方から女性の大きな声がした。
「やっぱりこんなことになってる。だから一緒に行こうかって提案したのに」
同じ女性ということで、遠慮もなしに人波を掻き分けてきたのは、頼れる野球部のマネージャーこと要だった。
*
「智希君への質問は1人1つまでだからね。あと騒ぎすぎると先生が来るから、おとなしく聞いてね。そうしないと嫌われちゃうよ」
つい先ほど現場に乱入したばかりのマネージャーは、喧騒を収めるというより整理する形で新入生に落ち着きを取り戻させた。
「ああいう仕切り方はさすがマネージャーだな」
「うん、頼りになるよ」
「そのせいで俺は生贄みたいになってるんだが」
最後の智希の愚痴をスルーして、春也は頷いてくれた晋悟ともども目当ての後輩を探す。どのクラスになったかは事前に野球部の監督から聞いていた。
騒ぎが騒ぎだったので誰もが廊下に出ており、春也が声をかけると例外なく全員が「やっぱり先輩たちだったんスか」と苦笑した。
「その言い方だと、常に俺たちが騒ぎを起こしてるみたいじゃないか」
「でも否定はできないよね」
主将の晋悟が、声をかけた後輩の入部意思を生徒手帳のメモ書き部分に記入していく。春也は生徒手帳など、貰った時以外に開いた経験がないので、効果的に活用する友人に感心した。
「メモ帳を持ち歩くよりは便利だからね。それより、いくら御子柴さんがついてくれてるといはいえ、智希君が心配だから戻ろうか」
視線を置き去りにした友人の方へ向けると、複数の女子が挙手をしながら智希へ詰め寄っては、身を挺したマネージャーに跳ね返されていた。
「先輩のファンクラブがあるって聞いたんですけど、入会条件はなんですか!?」
「そんなの決まっているだろう」
当たり前のように告げた智希に、春也は軽く驚く。
「アイツ、自分のファンクラブのことをあれこれと知ってんのか?」
「そんなことないと思うよ? 智希君だからね」
何気に酷い指摘ではあるが、春也もその通りだと思うので異論は唱えない。
そして春也と晋悟が見守る前で、親友は姉狂いたる所以を発揮する。
「信仰心の強さだ」
「え? 信仰心……って宗教とかですか?」
予期せぬ発言に、早速僅かながらも女子が引き始める。もちろん智希はそんな周囲を気にも止めず、腕組みをして頷く。
「確かに宗教と言えるかもしれんな。いや、違うか。姉さんはすでに神をも超越しているからな」
「神を超えたって、のぞねーちゃんは何者だよ。いや、真面目にツッコむだけ無駄なんだけどな」
ひっそりとツッコみをいれた春也や晋悟に加え、今も1年女子との壁として立ちはだかっている要も姉に狂った言動に慣れている。
だがそれ以外の面々は違う。
「ええと……お姉さん……ですか?」
「うむ。美しく可憐でいながら妖艶でもあり、素敵という表現では微塵も足りないほど素晴らしく、一目見ただけで万物が平伏す究極至高の存在だ」
「……1歩離れて聞いてると、アイツ病気としか思えねえな」
「アハハ……でも、おかげで新入生の狂乱ぶりは収まりつつあるけどね」
苦笑いを浮かべた晋悟の指摘通り、波が引くように智希から女性陣が離れていく。ここでようやくマネージャーも人心地ついたように肩の力を抜いた。
それでもなお智希は1人だけ楽しそうに、休み時間が終わるまで延々と姉自慢を続けた。
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