第497話 穂月たちの修学旅行にあの人が駆けつけて大騒ぎ! 色々と一生の思い出になりました
レールをひた走る新幹線。座席で膝立ちの穂月は「ふおおっ」と歓声を上げながら、窓を流れる景色を必死に追いかけていた。
住み慣れた県を日にちを跨いで離れるのは部活の全国大会で何度も経験しているが、クラスで旅行となると話は別である。
3年生になると受験が忙しくなるからという理由で、進学校の南高校では2年生に修学旅行が設定されている。穂月の叔母の菜月の時代もそうだったらしい。ちなみに行き先もまったく変わっていないそうだ。
隣の席には希がいるも、風景よりも睡眠だと、無防備な穂月の背中にのりのようにくっついて離れない。心地良さそうな寝息が聞こえてくるあたり、本気で夢の世界に旅立っているようだ。
「普通の電車より揺れは少ないですが、それでもこの状況下で当たり前に寝られるのは羨ましいです」
希の正面に座る沙耶が肩を落とす。スラリとした体躯に流れるような黒髪、キラリと光る眼鏡に彩られた彼女はインテリウーマンっぽい雰囲気が以前よりも強くなっていた。
そんな沙耶が希を羨ましがる理由は1つ。彼女は乗り物酔いしやすいタイプだった。とはいえあくまで仲間内に限った話であり、文庫本などを読まずに普通に座っていれば船以外では平気なレベルだ。
「のぞちゃんは色んな意味で規格外だから、参考にするだけ空しくなるの」
ポンポンと肩を叩いて沙耶を励ますのは、穂月の正面に座る悠里だった。小柄な彼女は伸ばした黒髪をツインテールにしているので、生来の童顔さも相まってとても高校生には見えない。
一時は同学年の女生徒に男に媚を売ってると陰口を叩かれたが、当人は胸を張って「ゆーちゃんが媚びてるのはほっちゃんだけなの! 男子なんぞに砂粒ほども興味ないの!」と宣言し、喧嘩を売ろうとした女子グループを唖然とさせた。
それはそれで穂月の周辺がザワついたのだが、そこに希が「アタシも」と乗っかった。男子から絶大な人気を誇る2人だけに、狙っている相手をいつ奪われるかと戦々恐々だった他の女子は諸手を挙げて喜んだ。
敵対的な雰囲気は綺麗さっぱり消え去り、逆に男子が近寄ろうとすると興味がないのだからと追い払ってくれるので、ありがたい存在になったと悠里はいつだったか笑っていた。
ちなみに穂月も悠里や希は好きだが、愛だの恋だのといった感情はお芝居の中だけのもの的に思えていて、自分がどうこうというのはまったく想像できていないのが現状だったりする。
「そんなことより、皆でお話でもするの」
「……そうやってまた仲良し4人組とか強調してわたくしを虐めるつもりなのですわよね。わかっておりますわ、ええ、わかっておりますとも」
ポンと手を打った悠里を、通路を挟んだ隣の席から凛がジト目で睨む。
かと思えばいきなり立ち上がり、悠里の前まで歩み寄る。
「ぼ、暴力反対なの。ゆーちゃんに手を出したら、のぞちゃんが黙ってないの」
「……小物感溢れる物言いですわね。ですが心配ご無用ですわ。わたくしがお友達に狼藉を働くなどありえません。ただ仲間に入れてもらいにきただけですわ」
中学校の修学旅行でも似たような席位置になった凛は、その時からまた同じ状況になった時のために対策を練っていたという。
「それがこれですわ!」
「ふおおっ!?」
車窓から目を離した穂月の前で、スッと持ち上げられた悠里がちょこんと肘掛けの上に乗せられた。そして空いた席に悠々と座るのが凛だ。
「これで万事解決ですわ」
「おー」
「おー、じゃないの! ゆーちゃんを置物みたいに扱うなんて言語道断なの。奪い取られた物は奪い返すのが人生なの!」
訳の分からない人生哲学を口走りながら凛に挑みかかるも、悠里の腕力は仲間内で最弱。押し退けるどころか、軽くいなされてしまう。
「ううう、ほっちゃん……ゆーちゃんを助けてほしいの」
涙目で懇願されると、なんとかしてあげたくなる穂月だ。少しばかり悩んだ結果、電球が光るように解決策を閃く。
「こうすればいいんだよ!」
脇の下に手を入れて悠里を抱えた穂月は、何故か幸せそうな表情をするその友人を、肘掛けではなく凛の膝に座らせた。希以上の体格を誇る彼女と悠里では大人と子供ほどの差がある。虐めているようにはまるで見えず、むしろ微笑ましい光景に映った。
「疲れたらりんりんが膝を開いて、その間にゆーちゃんを座らせてもいいですしね。5人で座るにはこれが1番かもしれません」
友人の中で知恵袋的な存在の沙耶に褒められ、穂月は「えへへ」と自らの後頭部を撫でる。逆に凛と悠里は呆然としていたが、そのうちにこれでいいかとなったらしく、座り心地が悪いだのとギャイギャイ言いつつも力ずくでどちらかを退かすような真似はしなかった。
*
新幹線での長時間の移動を終え、初日は大阪で1泊することになる。到着時はすでに夜なので市内を見学することができず、クラスメートから「えーっ」と抗議の声が上がる。
すると1番前の席で女性バスガイドの話を聞いていた担任の美由紀が、顔だけ後ろを向きながら注意する。
「騒がしくしない。南校生らしい誇りを持って、きちんとした振る舞いを心掛けなさい」
「さすが美由紀先生です。締めるところは締めてくれます」
うんうんと頷く沙耶。穂月たちは5人でバスの最後尾を陣取っているので、友人の挙動がはっきりと確認できた。
「その代わり、カップルが見えたら窓から消しゴムとか投げていいから」
「……南校生らしい誇りとは何だったのでしょうか」
「おー、そういえば菜月ちゃんの時も似たようなやりとりがあったらしいよ」
穂月が思い出しながら教えると、沙耶が盛大にため息をついた。
「そこから10年以上教職員を続けながら、いまだ変わってないというのは凄いというべきなのでしょうか……」
「普通に進歩がないだけなの。というより行き遅れが極まって完全にバグッてるから、もはや仕様と言ってもいいくらいなの」
ケラケラと嗤う悠里に鋭い視線が突き刺さる。
「聞こえたわよ、悠里……帰ったら特別メニューを組んであげるから覚悟しておきなさい」
「勘違いしてもらっては困るの。今のはりんりんに言えと脅されただけなの。ゆーちゃんは無実なの」
「さらっと真顔で人を巻き込まないでくださいませ!」
*
朝早く大阪から京都へバスで移動し、昼から定められた自由時間。いざ5人で事前の計画通りに観光して回ろうとした穂月たちの前に予想外の人物が現れた。
「やっほー」
私服姿の朱華である。軽く右手を挙げた彼女は満面の笑みを浮かべており、穂月たちを見かけるなり駆け寄ってきた。
「あーちゃんだー、何でここにいるの?」
伸ばされた手を穂月が取り、キャッキャッしていると朱華が軽くウインクした。
「卒業生だからね。修学旅行のルートくらい知ってて当然よ」
「ほっちゃんが聞きたかったのはそういうことではないと思いますが……」
想定外の再会をひとしきり喜んだあと、沙耶が眼鏡を直しつつ、朱華に詳しい状況の説明を求める。
「単純な理由よ。学年が違ってほっちゃんたちと修学旅行を楽しんだことがなかったから、一緒に行きたかったの」
自費で修学旅行に混ざるという宣言に穂月は「おー」と声を上げ、希はどうでもよさそうに目を擦る。
「ちなみに美由紀先生には事前に許可を取ってあるわよ」
「そういう用意周到さはさすがあーちゃん先輩ですわ。ですが大学の方はよろしいのですか」
凛の質問に、朱華は「大学生は身軽なのだよ」と得意げに人差し指を立てた。
「ならあーちゃんも一緒に修学旅行だね」
仲間が増えて喜ぶことはあっても、嫌がったりはしない穂月である。
皆でキャイキャイはしゃぎながらお寺巡りをしようとして、穂月はふと背中から友人の温もりが消えているのに気付く。
「のぞちゃん?」
「……何か忘れてるような気がする」
「んー……何だろ……」
「多分、気のせい……」
希の懸念の正体が判明するのは、穂月たちが4泊5日の修学旅行を全力で楽しんだあとだった。
*
それは皆で撮影した写真を、たまたまソフトボール部に遊びに来た陽向に見せた時に起こった。
「……何で写真にあーちゃんが映ってるんだ?」
「あーちゃん、穂月たちと一緒に修学旅行がしたいって、大学を休んで駆け付けてくれたんだよー」
「ふ、ふうん? そうか、よかったな」
「うんっ、すっごく楽しかったよ。同じ旅館に泊まってね、夜も一緒にお喋りしたんだ。思い出話とか盛り上がったんだよ」
「思い出話……」
どんどんと俯き加減になっていく年上の友人女性に、穂月は「おー?」と首を傾げる。
いち早く状況を察したというか、陽向の顔を見るなりギクリとした様子だった沙耶が慌ててフォローしようとするも、時すでに遅かった。
「どうして俺も誘ってくれなかったんだよおおお」
陽向が盛大に切れた。それも泣きながらである。
「そういえばまーちゃん先輩の話題も出てましたのに、誰もその場にいないのを疑問に思ったりはしておりませんでしたわね」
「りんりんっ! とどめを刺すのはやめてください!」
沙耶の声は悲鳴じみていた。ハッと凛が口を両手で押さえるも、彼女以上に爆弾を投下したがる友人が肩を竦める。
「何よりも哀れなのは忘れられた女なの」
「ちくしょおおお! グレてやるううう!」
血の涙を流しそうな陽向を、今度は一緒に行こうと約束して宥めるのに穂月たちは1時間以上を費やした。
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