第450話 姉たちの手作りお弁当勝負!? 春也たちの遠足、惨劇の舞台は動物園!
夕食の席で校外学習の話を楽しげにする姉を羨ましいと思った数日後。春也もまた遠足で県中央にある動物園に行く予定になっていた。
昼過ぎの教室で4年生からまた担任に戻った柚に改めて説明され、昨夜の食卓での出来事を思い出す。
春也がもうすぐ遠足だと言ったら、目的地には姉や母も小学生時代に行ったことがあるらしく、すぐに思い出話に花を咲かせた。
その時は会話に加わりつつも、多少なりとも疎外感を覚えただけに、自分もたくさん遊ぶんだと気合を入れる。
「そのためには、姉ちゃんたちがしてないことをする必要がある!」
部活終わりにロッカーで着替えながら宣言すると、友人2人――特に晋悟が顔を顰めた。
「普通に遠足するだけじゃ駄目なの?」
「それじゃ驚いてもらえないだろ」
春也としては当たり前の意見だったが、晋悟だけでなくもう1人の友人もあまり乗り気ではないみたいだった。
「そんな必要があるのか?」
「感心してもらえたら話題の中心になれるだろ」
「なってどうする」
「俺の家だとねーちゃんが、智希の家だとのぞねーちゃんが褒めてくれる」
「ならば全力を尽くそう」
よく一緒に遊んでいるだけに、春也にはドンと自分の胸を叩いた友人の扱い方を十分に承知していた。
こうなれば距離を取ったところで、どうせ巻き込まれると理解している晋悟も諦めるしかなくなる。野球部に入った時のパターンもこれだった。
「でもお姉さんたちがしてないことって何かあるの?」
晋悟の質問にうーんと腕組みをしていると、智希がハッと鼻で息を吐いた。
「手っ取り早く動物を連れ帰ってくればいい」
「駄目だからね!? 確かにお姉さんたちはしてないけど、してはいけないことだったからだよ!?」
目を剥いた晋悟の言葉が届いているのかいないのか、本気で悩み始める智希。
「姉さんに良質な睡眠をとってもらうために、フカフカした手触りは外せないな。ついでに何かあった際の非常食になりそうなのを選ぶか」
「お願いだから僕の話を聞いてくれないかな!? 春也君も何か言ってよ!」
「ライオンとかはやめとけよ。のぞねーちゃんが食べられたら大変だ」
「そうじゃないよ!? もう僕じゃ手に負えないから先生に……」
慌てて晋悟は教壇を見るが、目が合うなり柚に視線を逸らされてしまう。
「先生っ!? 僕を見捨てないで!」
「だ、大丈夫よ。あ、春也君たちの班長は晋悟君でお願いね」
「まさか丸投げするつもりでは……」
「きちんと注意しておくわよ。でも春也君たちばかりを見ているわけにはいかないからね」
ところどころ会話を聞いていた春也は、何故か愕然とする友人の肩に手を置いた。
「おい、晋悟。あんまり柚先生に迷惑かけるなよ」
「まったく仕方のない奴だな」
腕組みをする智希にも窘められ、晋悟がその場に崩れ落ちる。
「なんで僕が悪い流れになってるのかな!? さすがにあんまりだよ!」
切ない嘆きが木霊する教室で、春也は他の野球部員も含めて5人組の班を作った。
*
「問題はどの動物を連れ帰るかだ」
「まだ言ってたの!? それだけは本当にやめてね! 僕がお姉さんに怒られる未来が見えるから!」
練習後に部室で着替えながら智希がつぶやくと、すかさず晋悟が懇願した。
「諦めろって、のぞねーちゃんが絡むと止まらなくなるんだから」
「最初に煽ったのは春也君だったと思うんだけど」
「細かいことは気にすんなって。
手段はどうあれ、やる気になってるのはいいことだろ」
「よくないよ!? 動物誘拐計画を実行されたら、冗談で済まないからね!?」
「でも確かにねーちゃんたちがやってないことだからな」
「何で乗り気になってるのかな!?」
目立つのが大好きなだけに智希を後押ししたかったが、大事になれば親に怒られるだけでなく陽向に嫌われるかもしれないと言われれば、さすがに強行する気も萎えてくる。
「もっと平和的なことにしようよ――っていうか、わざわざお姉さんたちと違うことをしなくてもいいんじゃないかな」
「それだと俺が話題の中心になれないだろ」
「ならせめて対抗意識を燃やすんじゃなくて、協力してもらうような形にするのはどうかな。そうすれば巻き込め――じゃなくて、余計にお姉さんたちの印象にも残るし、話題になったり褒められたりする確率も上がると思うんだ」
身振り手振りも交えて、全力で説得してくる晋悟。そのかいあってか、智希が興味ありげに「ほう」と零す。単純に姉に褒められるというところに、再び反応を示しただけかもしれないが。
まさかの好意的な反応に春也は驚き、晋悟は窮地に救世主でも見つけたかのように表情を輝かせる。
「つまり姉さんと一緒に遠足すればいいのか、持ち帰りたい動物も選んでもらえるし一石二鳥だな」
ガックリと晋悟の肩が落ちた。
「学年どころか学校が違うから無理だよ」
「マジか。俺もまーねえちゃんを誘おうと思ったのに」
本気で落ち込んでいると、晋悟は若干の戸惑いを見せる。動物の誘拐はやめてほしくても、楽しい思い出は作ってほしいと思っているのだろう。
春也のストッパー役に思われがちな春也だが、実際は困らないようにあれこれ気を回しているだけであり、周囲に迷惑をかけなさそうであれば基本的に好きに行動させてくれる有難い友人だった。
「持っていけるならデジカメを借りて、お姉さんたちが喜びそうな写真を撮って帰るとか。それで誰が1番か決めるとか」
確かに平和であり、勝負にもなっている。晋悟の条件であれば、智希もさほど嫌がらずに付き合ってくれるはずだ。
「でも、なんか弱いんだよな」
「いい案だと思ったんだけど……」
「そうだ! こういうのはどうだ!」
キッカケをくれた友人に感謝しつつ、春也は考えついたばかりの勝負を2人に持ちかけた。
*
県中央にある動物園は有名だが、さすがに平日の日中だと他の利用客の姿はまばらだった。
だからといって大騒ぎすればすぐに引率の教師に怒られる。もっとも元気一杯の小学生軍団がその程度で自嘲するはずもないのだが。
バスの中で昼食をとってから園内を見て回った年もあるみたいだが、今年は敷地内の休憩スペースで班ごとにまとまって取ることになった。
芝生の上に敷かれたブルーシートで春也は胡坐をかき、横に置いていたリュックからハンカチに包まれた弁当箱を取り出した。
「勝負の内容は覚えてるよな」
ニヤリとして問いかけると、晋悟が頷いた。
「それぞれのお姉さんにお弁当を作ってもらって、出来栄えで勝負するんだよね?」
他2名の班員は姉がいないため、観客扱いだ。
「昨日も言ったけど、僕のお姉さんは1人だけ年上だから、不利な勝負になるんじゃないの?」
「甘いな、晋悟。
あーねえちゃんが素直にすごいお弁当を作ってくれると思うか?」
「そう言われると……少し自信がなくなるかも……」
面白がったりはするだろうが、春也の姉を大人げなく全力で負かそうとするとは思えない。
それどころか弟たちから申し出があった今回の1件を共有し、自分らもテーマを決めて勝負するかもしれない。その際は勝敗よりも楽しさを優先する。身内であるだけに、そうした方針は容易に推測できた。
「のぞねーちゃんは論外だしな」
「戯けたこと言うな。姉さんの作ったものなら、俺は石でも美味しく頂くぞ」
「さすがに無理だろ。いや、石作れたらその時点ですげえけど」
「御託はたくさんだ。さっさと勝負と行くぞ」
春也と同じように智希が弁当箱を取り出すと、カラカラとなんとも軽そうな音が鳴った。
「……もしかして」
目元をヒクつかせる晋悟の隣で、春也は手を伸ばしてハンカチを解こうとする友人の制止を試みる。
「やめるんだ、智希。きっとその方が幸せでいられる」
「何を言ってるんだ、貴様らは。それよりも心して見ろ! 姉さんが俺のために作ってくれた料理をな!」
パカッとコメディチックな音を立てて開いた弁当箱には、予想通り何も入っていなかった。
「可能性はあると思ってたけど、まさか本当に空箱を持たされるなんて……」
「今回はさすがに俺が悪い。のぞねーちゃんのことだから米だけ詰め込むと思ったんだけどな」
米さえあれば春也のおかずを分ければどうとでもなる。そのために穂月にお願いして多めにしてもらっていた。
「フッ、貴様らの目は節穴か」
「いや、どっちかって言うと、それは智希の方だろ」
「愚か極まりないな。よく見るがいい!」
そう言って智希が高々と掲げた蓋の裏に、セロハンテープで500円玉が貼りつけられていた。
「現地調達させるつもりだったのか。これはかしこい……のか?」
「コンビニへ行く許可が貰えるかわからないし、手作りではないし……難しいけど、でも希お姉さんらしくはあるかな」
春也と晋悟が揃って首を傾げていると、またしても智希が得意げに笑う。
「現地調達? 手作りではない? 貴様らには姉さんの愛がわからないのか!」
「……単なる500円玉だろ? マジでわからねえぞ」
「なら教えてやる。これこそが姉さんの愛妻弁当だ!」
500円玉を握り締めた智希が胸を張って吠えた。そして――。
「ちょ!? 智希君!? 大変だよ、春也君!」
「まったくだな。実の姉の手作りが愛妻弁当になるわけねえだろ」
「そんなボケはいらないから手伝ってよ! うわあ! 落ち着いてよ、智希君、お金は食べられないからね!?」
最終的に柚と学年主任の男性教師が乱入して事なきを得たが、結局お弁当勝負はノーコンテストに終わり、智希の昼食はクラスメートから少しずつ分けてもらうことになった。
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