第440話 夏の全国大会は地元開催! 声援の後押しを受けて頑張ります

「はわわ、なんだか人が多いの」


 穂月の隣で、悠里が口元に手を当てて仰天する。夏の太陽がギラつく市内のグラウンドに、昨年までよりも多くの観客が訪れていた。


「春の大会でもベスト8までいきましたから、私たちは注目されているんです」


 眼鏡をクイと上げる沙耶に、悠里が尊敬の視線を向ける。


「さっちゃんはまったく緊張してないみたいなの、すごいの」


「先ほどまでは緊張していたのですが……あれを見たおかげでどこかへ吹き飛んでいったんです」


 チラリと沙耶が見た先には、お嬢様ポーズで笑い声を響かせる凛がいた。


「うおっほほほ、注目は望むところですわ、うおっほほほ」


「……なんだかゴリラみたいになってるの」


「目立ちたがり屋なのに緊張しいというのは不思議です」


「でもでも、去年も今年も全国大会では普通だったの」


「なんでも知らない人間には幾ら見られても平気みたいです。人見知りでもないらしいですし」


「嘘っぱち貴族はとっても不思議なの」


「聞こえてますわよ、ゆーちゃんさん、うおっほほほ」


 まだまだ笑顔のぎこちない凛に悠里が捕まる。


 穂月も助けを求められたが、その前に沙耶が歩みよってきた。じゃれ合いみたいなものなので、放置を決めたのだろう。


「ほっちゃんは緊張したりしてませんか」


「うんっ、やることは変わらないし」


 それはよかったですと沙耶が目を細める。


「ほんの少しだけ、ほっちゃんのあいだほ、が懐かしいです」


「えへへ、気付いたら言わなくなってたしね」


 両親からも指摘され、大人になったということだとも言われた。その後に希の母親がうちの娘も大人にしてくれと言い出したのが印象的で、今もはっきり当時の光景を覚えている。


「のぞちゃんも頑張ろうね」


「大丈夫……ベンチは硬いけど余裕……」


「おー」


 穂月が見ている前で、キャッチャーミットを枕に眠ろうとする希を阻止したのは皆の保護者役でもある沙耶だった。


   *


 今年の夏の全国大会は地元県で開催され、なんと4チームも出場できる。


 県予選を制した穂月たちだけでなく、見知った顔を全国大会の舞台でも多く見られるのは心強くもあった。


「初戦は大切ですわ! 全国制覇のためにもきっちり勝ちますわよ!」


「DPのりんりんは守備につかなくてもいいから元気なの」


「ゆーちゃんさんもベンチでお留守番ではないですか!」


 主戦投手は穂月が務め、控え投手が悠里。希は正捕手で沙耶は一塁手兼捕手の控えだ。


 悠里は右翼のレギュラーも考慮されたが体力に乏しいため、全試合出るよりは登板試合に全力を尽くす方がチームのためになると現在の形になった。それもこれも昨年に続いて新入部員が多く入ってくれたおかげだった。


 打力はチーム随一ながら、最後まで守備が上達しなかった凛は押しも押されもせぬDPである。


 投手の負担を軽くするため、この試合では穂月の代わりに凛が打席に立つ。そのため穂月はFPという扱いになる。


 悠里が投手の時は遊撃手を務める。昨年までレギュラーだった陽向の穴が大きい三塁は守備の上手い下級生がつき、外野も守備が上手い選手を柚は積極的に起用していた。


 穂月と悠里を中心とした守備力を前面に押し出し、得点力が多少落ちても安定して戦えるチームに仕上がったと胸を張っていた。


 同時に来年以降が不安だと今から胃をキリキリさせてもいるみたいだったが。


   *


 初戦を順当に勝った穂月たちは、二戦目も悠里の頑張りで勝ち抜いた。


 穂月のみならず、希や凛など全国レベルと地元で話題の部員が在籍しているのもあり、まぐれだと言われることはなかった。


 そしてベスト4を目指す一戦で、昨年と同じチームと対することになる。


 先発は穂月。地元開催というのもあり、応援に来た陽向が仇を取ってくれと大騒ぎする中、試合は静かな投手戦で幕を開けた。


「去年と似たような展開になってきちゃったねー」


 穂月が言うと、チームメンバーがギクリとしたように肩を震わせた。


「はわわ、思ってても誰も言わなかったことを、ほっちゃんが自らやらかしてしまったの」


「おー?」


「その様子では昨年の結果にもあまりショックを受けてなかったっぽいですね」


「まーたん先輩には教えられませんわね」


 悲鳴じみた悠里の言葉に顔を傾けていると、沙耶と凛が腰に手を当てて苦笑していた。


「気合が入りすぎるよりはいいわ。大切なのは普段通りの自分を心掛けること、大事な試合ならなおさらね。でも……」


 監督らしい発言をしたばかりの柚が、スッと目を細めた。


「だからといって所構わず寝ないで、希ちゃん!」


「そうです! 次は3番ののぞちゃんなんですから!」


 沙耶に抱き起こされた希が、眠そうに目を擦りながら打席へ向かう。


 見るからにやる気はなさそうだが、幼稚園時代みたいな自分本位さはだいぶ解消されている。


 希の母親はああ言っていたが、彼女もまた大人になっているということなのだろう。穂月にはそれがいいことか悪いことなのか、まだ判別できないが。


 甲高い音がグラウンドに木霊し、白球が大空高くに舞い上がる。


「ここぞという場面ではさすがです」


「勝負がかかった打席では4番のりんりんより結果を残してるの」


 沙耶と悠里が興奮する中、悠々とグラウンドを一周した希がベンチに戻ってきた。


「……これで去年と同じじゃなくなったよ」


「うんっ、やっぱりのぞちゃんは頼りになるよー」


 ギュッと穂月が抱き着いている間に、自分もと鼻息を荒くした凛は豪快な三振に倒れていた。


   *


 気温と疲労で頬に伝う汗を振り払い、穂月はホームベース後ろでしゃがむ親友のミットを覗き込む。


 打席に立つのは焦り顔の打者。


 一塁から聞こえてくるのは、耳に馴染む友人の応援。


 ベンチからも、観客席からも大きな声が飛んでくる。


 知らないものから懐かしいものまで様々だ。


 フッと短く息を吐いて腕を振るう。白球がミットを叩く音が響き、球審が右手を上げてストライクをコールする。


「あと一球だ!」


「ほっちゃん、恰好良く決めて!」


 観客席にはOGの陽向と朱華もいた。周囲には家族の姿も見える。


 大きく深呼吸をしながら、確認したスコアボードは3-1。7回裏ツーアウトでランナーはなし。リードしているのはもちろん穂月たちだ。


「頼みますわよ、ほっちゃんさん! 祝勝会でわたくしたちの全国制覇をあーちゃん先輩やまーたん先輩に自慢するのですわ!」


「はわわ、なんとしてもほっちゃんに抑えてもらうの。ピンチになってゆーちゃんがマウンドに上がらされたら卒倒する自信があるの」


 勝負を決めようとした1球が、ファールで粘られる。相手も可能性が残っている限り、決して諦めようとはしない。


 それでも地元開催による声援の多さが穂月の背中を押してくれる。


 舞台でスポットライトを浴びるのを今も夢見てはいるが、こういうのも悪くはない。自然とニヤけながら、穂月はふわりと投球動作に入る。


 自分でも驚くほど滑らかなモーションから繰り出された一球は、何度も目で追ってきた中で最高の軌跡を描いた。


   *


「散々ベスト8の壁に苦しんだってのに、突破したと思ったらあっさり全国制覇かよ。しかも俺たちが抜けてから」


 嬉しいのか悔しいのか、穂月の首に回っている陽向の腕には結構な力が込められていた。


「その点、私たちはほっちゃんたちが進学してくれる来年が本番ね」


 祝勝会だというのにため息交じりの朱華。陽向が加入して打力は上がったものの、朱華一人で全試合を投げ切るには厳しく、今年も地区大会で敗退していた。


「中学では練習も厳しくなるから覚悟しとけよ」


「違うわ、まーたん。まずはほっちゃんを入部させるところからよ」


「……そういや最初に最大の関門があるんだったな」


 小学生とはいえ身内でも初の全国制覇。お祭り好きな希の母親だけでなく、叔母の菜月まで友人を呼んではしゃぎまくっていた。


 おかげで菜月好きな希と凛も浮かれまくりの甘えまくりである。


 沙耶は好美に何か感じるところがあるらしく、あれこれと話を聞いているみたいだった。


「なるほど……好美さんも苦労していたんですね」


「ええ……でも沙耶ちゃんほどじゃないわ。まさか同年代にあそこまでの逸材が揃うとは……」


 ソフトボール部とは関係ないような気もするが、穂月はひとまず会話に加わらないでおく。


「ゆーちゃん、このパンも食べる?」


「はわわ、茉優おねーちゃんのパンは甘くて美味しいの」


 悠里は似た感じでふわふわしている茉優に、お世話ならぬ餌付けをされているみたいだった。


 楽しそうな周囲を見て穂月もニコニコしていると、母親の葉月がやってきた。


「全国制覇なんて穂月は凄いね。ママも応援に力が入っちゃったよ」


「ありがとっ、でも本番はこれからなんだよっ」


「え? 全国大会のあとって何かあったっけ? まさか世界大会? 小学生でもあったんだっけ? でもあるとしたら穂月たちは全国制覇したんだから何人か選ばれても不思議じゃないよね」


 一人で問答する母親に、穂月は首を傾げる。


「あれ、ソフトボール部のこと……だよね?」


「違うよ、本番なのは演劇だよっ。夏休みが終われば文化祭があるんだよ!」


 穂月が大きな声で叫んだのもあり、周囲の視線が一斉に集まる。


「そうだったの、ゆーちゃん、なんだか嫌な予感がしてきたの」


「確実に夏休みの残りは、練習と称してほっちゃんさんのお芝居に付き合わされますわね」


 おろおろする悠里の隣で、凛が仕方ないとばかりに苦笑する。


「ほっちゃんの1番は演劇ですから」


「……アタシ、眠り姫がいい」


「眠り姫のお姫様はずっと眠っているわけではないですよ?」


「……じゃあ違うので」


 沙耶と希の会話も聞きつつ、穂月は元気に頷く。心はもう夏を通り過ぎて秋の文化祭へと向かっていた。

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