第434話 春の大会で発掘された意外な才能、人間誰にだって必ず長所はあるものです

「おらっ、気合入れろっ!」


 怒鳴るようなソフトボール部主将の声が響く。


 雄叫びじみた返事がグラウンドに木霊し、部員の動きが活発になる。


「はわわ、まーたん、すごい張り切ってるの」


「去年の全国大会ベスト8のおかげで、新4年生が結構入部してくれたのが影響しているみたいですね」


 口に手を当てた悠里の感想を、眼鏡を直しながら沙耶が冷静に分析する。


 泣いて部に留まるのを懇願された穂月も、盛り上がって悪い気はしない。元からお祭りなども大好きなのだ。希だけは隙あらばベンチで横になろうとして、顧問の柚に肩を揺さぶられているが。


「違いますわ! ここで華麗にグラブ捌きを披露するのですわ!」


「おー、りんりんも張り切ってるね」


「はわわ、でも守備が下手だから、すごく綺麗にトンネルしたの」


「新入部員がボケかどうか判別できなくて、混乱しているようです」


「ちょっと! 聞こえてますわよ!」


 恥ずかしさを誤魔化すためか、凛の矛先が新入部員の守備練習を見守っている穂月たちに向く。恐らく真っ赤になった顔を新入部員に見られたくないのだろう。


「ほっちゃんさんも5年生になったのですから、自覚をもって日々を過ごさねばならないのですよ」


「おー、なんだか藍子先生みたいなこと言い出した」


「その藍子先生は隣のクラスの担任になってしまいましたね、私としては少しだけ残念です」


 4年時に穂月と衝突したものの、以降は少しずつ藍子も柔らかくなり、何度か放課後のお芝居にも参加してくれ、昨年の秋の大会にはわざわざ出場する穂月を応援にも来てくれた。


 せっかく心が通じ合ったのにと沙耶同様少しだけ残念に思っていたのだが、新担任が発表されるとすぐに嬉しさに変わった。


「でもでも、また柚先生と一緒なのは嬉しいのっ」


 はしゃぐ悠里の隣で、穂月も「ねーっ」と笑顔を作る。


 優秀だが性格に難ありと教師にも生徒にも評価されている穂月と希は、幼稚園時代からセットにしておけば相乗効果を発揮すると言われており、それは小学生になっても続いていた。


 その穂月と希を勉学的にフォローするために沙耶、精神的なフォローのために悠里が必要と、5年時のクラス替えで早々に穂月と希の担任に決まったらしい柚は強引に自分のクラスの2人を引き入れたという。


「のぞちゃん、ゆーちゃん、さやちゃんともまた、たくさん遊べるねっ」


「うんっ」


「嬉しいです」


「……わざとですわよね? わたくしをからかおうと意地悪してるのですわよね? 本当に忘れているわけではありませんわよね!?」


「はわわ、りんりんがだんだん泣きそうになってきたの」


「おー」


「おー、ではありませんわ! わたくしだってほっちゃんさんたちと同じクラスなのですから、仲間に入れてくださいませ!」


「そこ、喋ってる暇があるなら球拾いでもしてろ! あとほっちゃんは投球練習……の前に、頼むからそろそろのぞちゃんを起こしてくれ!」


   *


「おらっ、気合入れろ」


 怒鳴るようなソフトボール部主将の声が響く。


 雄叫びじみた返事は……放課後の空き教室に木霊したりしなかった。


「はわわ、新入部員が戸惑ってるの」


「グラウンドではなくて教室で、しかもお芝居の練習ですからね。混乱するのも当然です」


「大丈夫! すぐ慣れるから!」


 悠里と沙耶に挟まれていた穂月は前に飛び出すと、身振り手振りで新入部員たちに劇の説明をする。


「お芝居に慣れるためにも、最初は皆が知ってるお話を中心にやるよ。赤ずきんとか白雪姫とかシンデレラとか!」


「あのー……」


 大張り切り中の穂月からそっと視線を外し、新入部員の一人が主将の陽向に問いかける。


「これもソフトボール部の練習の一環なんですか?」


「その通りだ!」


「堂々と偽りの答えを言い切りましたわね。まあ、柚先生もなんだかノリノリですし、ほっちゃんさんのためとあらばわたくしも反対しませんが」


 わざとらしくため息をついてはいるが、穂月は知っている。普段からお嬢様という役どころを演じているに等しい凛は、部内でもトップクラスのノリのいい性格をしており、劇が始まれば全力で楽しそうにお芝居してくれることを。


「ほっちゃんを引き留めるために、あーちゃんと同じ取引を持ち掛けたのはまーたんです」


 穂月が全力でソフトボールに励む代わりに、部員も穂月の演劇に協力する。


 昨年からそうなので、現在の6年生や穂月たち5年生は慣れっこだが、ソフトボール目的で入部した4年生はいまだに首を傾げていた。


「習うより慣れろだよ! お芝居の楽しさを全身に染み込ませるんだよ!」


   *


 ソフトボールの練習の合間に、穂月主催の演劇の練習もこなしつつ、季節はあっという間に5月になる。


 春の暖かさも本格的になり、暑いと感じる日も少しずつ増えてくる。


 そして春の学生が楽しみにするのがゴールデンウィークだが、穂月たちは県が主催するソフトボールの春の大会に出場中だった。


「3月の全国大会を逃した借りを、ここできっちり返してやる」


 ぐるると唸り声でも上げそうな迫力で、陽向は相手ベンチを睨みつける。


 昨年の好成績もあって穂月たちは一躍県内の強豪チームと認識されるようになったが、他の追随を許さない強さを誇るわけではない。


 今も陽向が悔しがっている通り、これから対戦するチームに後塵を喫したせいで春の全国大会には出場できなかった。


「来月には全国大会の予選がある。ここで負けて苦手意識なんて持たないためにも、全力で勝ちにいくぞ!」


 熱血な陽向の咆哮に、各部員が一斉に「おーっ!」と応えた。


 今回の大会は県内5チームでのリーグ戦になる。どの学校も来月の本番に備えた前哨戦と見なしており、各学校の戦力分析に余念がない。


「戦力を温存して来月に備えるという戦法もあるけど、生憎と実行できるだけの部員がいないのよね」


「仕方ないです、柚先生。野球部員ですら少なくなってるらしいですから。むしろうちは恵まれてる方です」


「葉月ちゃんや菜月ちゃんのおかげか、意外と地域でもソフトボールは活発なのよね。それでも全体的に見れば部員不足なんだけど」


 ソフトボールと地域の未来に憂いつつも試合が始まると、そんなことは関係なくなる。主戦投手を任されている穂月は、相棒の希のミット目掛けて全力でボールを投げ込み、一回また一回と着実に抑えていく。


「おーっほっほ!

 この程度でわたくしをどうにかできるとは思わないことですわ!」


 あまりにも言動が派手なので他のチームでも謎のお嬢様と有名になりつつある凛が、相手エースのボールを豪快にホームランした。


「朱華ちゃんが抜けてどうなるかと思ったけど、打線はなんとかなってるのよね」


 1番は選球眼がやたらといい沙耶。2番は小技の上手い6年生が務め、3番はやる気さえ見せれば最強打者の希。4番は打力だけなら超一流。本塁打率で他の部員を圧倒する凛だ。監督の柚は5番の陽向と逆にしたかったみたいだが、そうすると6番打者の打力が落ちるため、凛がことごとく勝負を避けられてしまうのだ。


 穂月もバッティングは得意なのでショートで出場する時は上位に入って打線も厚みを増すが、避けて通れない大きな問題がある。


「よっしゃ、勝った勝った! これで夏も余裕だな!」


「相手が先ほどのチームだけならですね」


「勝った余韻に浸ってる時に嫌なこと言うなよ、さっちゃん」


 陽向はげんなりしているが、この問題は沙耶だけでなく部全体が認識しているものだった。


 エースの穂月は昨年の結果が示す通り、全国大会でも通用する実力がある。しかしそれ以降の投手がいない。朱華不在がもっとも響いているのが、投手というポジションだった。


 柚も朱華が引退してからずっと頭を痛めており、春の全国大会を逃した大きな原因にいまだ解決策を見いだせていなかった。


「陽向ちゃんに任せて、よーいどんでまた三者連続死球なんてやられたら大変だし、4年生には当時の穂月ちゃんほど投げられる子はいなかったし……」


 それは6年生も同様で、一応二番手投手はいるが穂月よりずっと劣るので県でも他校には通用していない。


「練習試合とかで皆に投げさせてみたけど……うう、どうすればいいのかしら」


 頭痛を堪えるように眉間に人差し指を当てた柚の前で、穂月は「おー?」と首を捻る。


「まだ投げてない子がいるよー」


「え? 誰?」


「ゆーちゃん」


 全員の視線が一斉に集まり、部のマスコットキャラとして定着中の悠里が「はわわ」と慌てて首を左右に振る。


「ゆーちゃんには無理なの。できるわけないの!」


   *


「……どうしてこうなってしまったの」


 マウンド上でポツリと呟く悠里の肩を、穂月が優しく叩く。


「これでゆーちゃんも一緒に試合できるよ」


「それは嬉しいけど……うう、もうどうにでもなれ、なの」


 葉月はショート。希はキャッチャー。陽向はセンター。凛はDPで投手の悠里がFP。捕球が上手く、ワンバウンドでも滅多に逸らさない沙耶はファーストで控え捕手だ。


 これまで公式戦では悠里だけベンチで応援係だった。初めて友人たちと揃って出場できる喜びに穂月はにまにまが止まらない。


 他の守備位置では怪我をさせては親御さんに申し訳ないと、柚は運動神経が他者よりも劣る悠里の起用に慎重になっていた。


 けれど考えてみれば投手なら、他のポジションほど守備機会は多くない。もちろんピッチャー返しなど危険な打球はあるが、なんとか避ける程度ならさすがに悠里でもできる。


 本当は投手の守備も大事なのだが、そこは他のポジション――特にファーストとサード――の選手がフォローする。


 とにもかくにも今日の試合は悠里の適性を見るのが最優先なのだ。


 そうとは知らない観客席では、悠里の両親が娘の出場に心配そうながらも興奮しているが。


「はわあっ!」


 なんとも気の抜ける声とともに投じられた一球は、やはり穂月に比べるとずっと遅い。


 絶好球かと思いきや、相手打者は打ち損じたようにゴロを転がす。


 次の打者も、その次の打者も同じだった。


「はわわ、なんとか抑えられたの、信じられないの」


「ゆーちゃん、ナイスピッチング!」


「ほっちゃん、ありがとうなのっ」


   *


 スピードはないがナチュラルに変化する。それが悠里のボールだった。


「しかもコントロールが抜群なのですわよね。ベンチで見てましたけれど、のぞちゃんさんのミットが構えたところからまったく動かないのですわ」


 DPの凛がFPの悠里の代わりに打席に入るため、打力が落ちる心配もない。


「……意外な才能が眠ってたもんだな」


 陽向や柚でさえ、悠里のピッチャーとしてのセンスに驚きを隠せないでいた。


「でも、これで全国大会に行けるかも」


 穂月が言うと、部員の目の色が変わる。


 悠里の好投で先ほどの試合も着実に勝利できた。


「夏は穂月ちゃんと悠里ちゃんで勝負できるわね。おまけに2人は5年生だから来年も安泰。ウフフ、2年どころか3年連続の全国大会も見えてきたわ!」


「おー、柚先生がやる気になってる」


「俺たちも負けずに気合を入れるぞ! 目指せ全国大会だ!」


 勝利に沸くベンチで陽向が拳を突き上げると、穂月たちも笑顔でそれに続いた。

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