第89話 アボット侯爵邸からの帰りの馬車の中

「いつまでブスくれてんだよ」

 アボット侯爵邸からの帰りの馬車の中、セドリックが言ってきた。

「別に?」

 私達は、進行方向に横同士で座ってるんだけどね。

 私は窓の方を向いて頬杖ついてた。

「ったく、俺に口出しされたくなかったら、あんなわかりやすい挑発に乗るなよ。リナちゃん、ぶち切れてるの丸わかりだもんな」


「だって、誰も彼も自分の命差し出したらいいみたいな言い方」

「アランじゃあるまいし、本気なわけ無いだろう。感情論で動いてたら、命がいくつあっても足りないぜ」

「え?」

「わざわざ、リナちゃんが怒るような話題選んでるの。あっちは最初、交渉に乗る気無かったんだから。あのじーさん、俺まで挑発してたけどな」

「そーなの?」

「まぁ嫁さんくらい、自分で守るわな」

 セドリックは、惰性でしゃべってるみたい。

 ずっと気のないしゃべり方してる。

 さっきから私の髪の先っぽの方を、クルクル指で巻いて遊んでるけど。


「仕事してくれるかな」

「するだろ。あっちも動けるきっかけ待ってたみたいだし。俺たちが持ってる情報くらい、把握済みだろう? そもそも、ホールデン侯爵家の問題だけだったら、交渉の席にすら着いてくれなかっただろうからな」

 セドリックは、ふぅ~ってため息を吐いて私に言う。

「今回の件、どう考えたって、俺たちじゃ経験値が足りない。国滅ぼしたくなきゃ、俺たちが言わなくてもやってくれるよ。それでなくても、俺たちも仕事山積みだしな」

「っていうか、さっきから人の髪で何してるんです」

 振り向いたら。手で持った髪に口付けてるところだった。


「やっとこっち向いた。せっかく、久々に二人きりなのに」

 そ……う言えば、そうでした。

「近衛に行ってた時は、あんまり会えませんでしたもんね。もうすぐ、学園も始まるのに」

 私はセドリックの方にもたれかかる。

「まぁ、学園の方はな。こっちから申請出すから、婚姻の準備って事で。リナちゃんもあんまり行かなくて良くなるけど……」

 セドリックが身じろぎした。


「あ……重かった……ですか?」

 ケーキで太った? やばい。ドレスが……。

「いや……本当に、警戒心無いよなって」

「警戒……する必要あるんですか?」

 セドリックに?

「まだな。しててくれ」

 と言いながら私の肩を抱いてくるし……こっちも、よくわかんないや。

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