第88話 アボット侯爵邸 リーン・ポートと交渉

「お嬢さんは、書庫の書物が読めるのですね。少し待っててください」

 アボット候は席を立って、部屋を出て行った。

「ごめんなさい。2人とも、こんな話聞かせて……」

 多分、2人には初耳だろう。こんな不穏な話を聞いて動揺しているのが分かる。

 だって、2人が忠誠を誓っている王子たちにもかかわる事だものね。


「あやまるな」

 セドリックが言う。

「そうですね。貴女が謝ることではありません」

 クリフォードも、いつもの余裕は無い……か。

 ほどなく、アボット侯爵は古い本を持ってやってきた。


「この本を王宮の書庫に返しておいてください」

「貴方が隠していたのですね」

 私は溜息を吐いた。どこを探しても無いはずだ。

「この本は、読める人間が皆無では無いですからね。混乱は避けたかったのです。リーン・ポートの事が隠さず露骨に書かれているのは、あの中ではこの本しか無かったはずですから」


「リーン・ポート?」

 なんだそれは? とばかりに、セドリックが訊く。

「ええ。国王が生涯1度だけ生み出せる魔法物の名前ですよ。クランベリー伯爵。お嬢さんの首のネックレスを引きちぎってみますか?」

 アボット侯爵にそう言われてセドリックは、え? という顔してる。だけど、少しためらってから

「痛かったら、ごめんな」

 そう言って、左手で私の首の後ろを支え、右手でプチって鎖を切った。

 ネックレスはセドリックの手から粉になって消え。また、私の首に戻ってきた。

「本人が死ぬまで離れないようになってるんですよ、それは。普通のネックレスではないと、理解して頂けましたか?」

「はい」

 返事をしながら、セドリックは、まだ自分の手を見てる。

 確かにねぇ、信じられ無いよね。自分でやったときも、ビックリだったよ。


「それで、お嬢さんはリーン・ポートの話だけをしに来たのでは無いでしょう」

「ええ。貴方の中途半端な噂を鵜呑みして、恨みをつのらせてるホールデン侯爵の事です」

「真実を知っても、恨まれていそうですけどね。仲間だと思っていてくれた分恨みも強いでしょう。私を彼の元に連れて行きますか?」

 アボット侯爵は、淡々と話をしている。

「貴方を連れて行ったら、話し合いにすらならないでしょう? 自分の命一つですむことなら、もうとっくに実行してるでしょうし」

「お嬢さんを無事に帰すことくらい出来ますよ」

 ふう~。冷静に、冷静に……ここへは交渉に来たんだ。

 アボット侯を殴りにきたんじゃ無い。


「私がお願いしたいのは、王太子派の抑えと貴方の王宮復帰。父の魔道士職の復帰の説得です。王宮内でかくまってください。父のリーン・ポートはまだ現王に書き換えられてないですよね」

「そうですね。陛下に書き換えられてたら側近になっているでしょうからね」

「どちらからも、書き換えられないようにしていて貰いたいです」

「お嬢さんは一人で交渉にのぞむ、おつもりですか? 王太子殿下を国王に……という交渉なのでしょう?」

「あら、さすがに分かりますか」

 アボット侯に対して、私は、にっこり笑って見せる。

 クリフォードが思わず椅子から立ち上がった。

 それを制して、セドリックは口を開く。


「アボット侯爵。なにも丸腰で行こうというわけではなんですよ」

「クランベリー伯爵」

「リナはクランベリー公爵家当主と交渉して、騎士団と派閥貴族を抑えて貰うことと、協力者の保護を要請済みです。リナ自身、騎士団の指揮権を持ってます」

 セドリック?

「そして、私の婚約者です。ホールデン侯爵家からしたら、同派閥。しかも、後ろには、クランベリー公爵家当主がいる。決して、無謀な交渉ではないのです」

 私の今の状況を説明しながら、アボット侯に脅しをかけたね、セドリック。

 断ったら、騎士団全体敵にまわすよ、って。

 こういうやり方は、あまり好きじゃ無いけど仕方ない。

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