第4話 プレパラツィオーネ

「暑いなー」

「だなー。終わったらマスターの所に行きたい」

「あぁー」

「ーーみんな……緊張してないの?」

「うん」

和也の問いに、彼らは微かに笑みを浮かべていた。緊張感よりも、夢を、心を、弾ませていたのだ。四人は初めて野外ステージに立っていたが、和也以外の三人はコンクールの緊張感に比べれば、大した事ないとでも言わんばかりの余裕さえ垣間見れる。

そんな彼らの様子に、和也も笑って応えていた。

ーー緊張感はある。

でも、気負ったりはしてない。

心が躍るって、こういう事を言うんだろうな……。

和也も楽しみで仕方がないようだが、無名のバンドにどんな反応を示してくれるか? どれほどの人が聴いてくれるのか? と、不安要素は多分にある状態だ。それでも、これから始まるライブに期待を寄せる彼らがいた。

「こんにちはー! water(s)です!」

ケイの声に反応する観客が数名いた。これは彼らがSNSで世界に発信してきた結果だろう。

アキのドラムに合わせ、心地よいリズムを刻んでいく。

ーー外だと…音が分散されるな……。

初めての舞台に、そんな事を考えていられるほど、和也は冷静さを保ったままギターを弾いていた。

届け…届け……。

届け!!

彼は聴いてくれている人に届くように声を出していた。


ーー動画を見ると、自分の声じゃないみたいだけど…これが今の俺の歌……。

今できる精一杯の曲。

いつか…世界中何処にいても、water(s)の音が聴こえてくるような……そんな歌声を探してみせる。

歌いながら決意を新たにする和也がいたが、足を止めて聴いている人もいるようだ。

「演奏、上手くない?」

「本当だね。聴いてく?」

「そうだな。少し見て行くか」

野外ステージに併設された椅子に、腰掛ける人が増えていく。彼らの音が公園内に響いていた。その音色は優しく辺りを包んでいたのだ。


「お疲れー」

「お疲れ!」

「お疲れさま」

いつもと変わらずに三人が言い合う中、和也は人前で歌った事で、かなり消耗していたのだろう。言葉にならず、頷いて応えていた。

ーー楽しかった……。

ネット配信よりも、ダイレクトに反応が返ってきて……。

「ミヤ、どうだった?」

「……楽しかった。みんな、ありがとう」

「water(s)始動だな!」

「あぁー!」

ハイタッチをしたり、肩を組んだりと、楽しげにする彼らがいた。

和也にとって初めてのライブは、椅子が埋まる程の集客力があり、成功したと言えるだろう。それは、彼らにとっては通過点の一部に過ぎなかったようだ。

「これからだな!」

「あぁー! seasonsでのライブ楽しみだな!」

「そうだな! 早く、また演りたい!」

「ーーうん……」

次々と出てくる彼らの言葉は、どれも前向きで、どれも次を見ていた。常に先を見据えていたのだ。

今回の野外ステージもseasonsでのライブを前に、どれだけ集客力があるかを確認する為の場でもあった。

「とりあえず、マスターの所で演奏させて貰いたい」

和也の主張に、全員同じ見解だったようだ。四人は手早く片付けを済ませると、いつもと変わらない様子で喫茶店へ歩いていく。その姿は、高校生らしさのある彼らが残っているのだった。




ーーここ、やっぱりもう少しキーがな……。

和也は、野外ステージでのライブ映像を見ながら、seasonsでのライブに向けて調整をしていた。納得のいく部分よりも、納得できない部分の方が多いようだが、四人での演奏に関しては、納得のいく結果だったのだ。

テンポも周囲の反応もいいから、曲順は間違ってないな……。

一曲変わるだけでも、ステージの構成が全く違うものに変わる為、ライブでは選曲も大切な事の一つなのだ。

「和也ー、夕飯だぞ?」

「んー……」

「和也ー?」

「……」

彼は集中すると、周りの声が聞こえていないようだ。だからといって健人は慣れている為、特に気にする様子もなく、彼のヘッドホンを取り、声をかけた。

「和也、夕飯だぞ? 休憩したら?」

「ーー健人…おかえり……」

「うん、ただいま。ほら、母さんが久々に四人揃ってるから待ってるぞ?」

「分かった…今いく……」

そう応えた和也は、まだ音楽の世界にいるのだろう。考えているような表情を見せながらも、リビングへ兄と共に下りていくのだった。




「……できた!」

夏休みに入ってから、和也は課題を終わらせると、一日の殆どをバンドの練習か創作活動に充てていた。

今も曲が出来たばかりなのだ。

彼はiPadと向き合いながら、曲にのせ歌っていく。時折、残念そうな表情を浮かべているが、この際、無視の方向だ。ボーカルに納得はしていないのは変わらないが、他にいないのなら仕方がないと、ある意味決意したのだ。

圭介達にも歌わせた結果、自分がまだマシと判断したからだ。これは四人全員一致している。ミックスボイスが出せるのが、彼だけだったという事が、大きく反映しているのだ。

ボーカルか……。

ちょっと前に流行ってた紅一点バンドにはしたくないんだよなー……。

彼の中でのイメージは、高音が綺麗に出せるクリアボイスの男性なのだろう。想像しただけで、今の曲のアレンジも違うものに変わっていくのだ。その為、彼の歌う曲は、和也に合った編曲となっていたが、その音に妥協はない。喉に負担のかからない程度には、音域を広げる努力を彼はしていたのだ。

発声練習が終わると、ギター片手に歌う和也がいた。その音色は、耳心地がよく、残るような音を漂わせている。彼にとって音楽は、まさに一期一会なのだ。同じ音を出しているようでも、その日の気分や周囲の反応で、多少なりとも感情表現が変わってくるのである。

「んー……」

曲が終わるとギターを下ろし、両手を上げ、思わず声が出るほど伸びをしていた。

今日はこれから、ライブ時に販売するCDのレコーディングを行うのだ。胸が高鳴るのだろう。彼は楽しそうな表情を浮かべたまま、ギターを片手にスタジオへ向かうのだった。


スタジオへ着くなり、四人は無言のまま楽器設置を行なっていく。スタジオの貸出し代は、安いものではない為、時間は一分一秒も無駄には出来ないのだ。

準備と片付けの時間も合わせて六時間。彼らはドラムから順に録音を始めていく。

初めてのレコーディングも、最初こそ機材に戸惑っていたものの、彼らの知識と練習の結果から、終わる頃には色々と試したくなっている四人がいた。

「……お疲れ……」

最初に声を出したのは和也だった。ギターまでの収録はスムーズだったが、声は緊張すると萎縮気味になってしまう為、彼にはリラックスする必要があった。それを与えてくれたのが圭介達だったのだ。その為、彼の声には感謝の気持ちが多分に含まれていた。

「お疲れー!」

「集中したなー」

「あぁー、面白かったなー」

「……うん!」

初めてのレコーディングに、そんな感想を言うのは彼らくらいだろう。面白いと感じてしまうくらい楽しんでいたのだ。

water(s)の録った音は、高い機材が並んでるような場所ではないが、まとまった音に仕上がっていた。それは、彼らの音選びのセンスが良かったからだろう。

「いよいよだな」

「あぁー」

「そうだな」

「うん」

圭介に応える彼らの声は、ライブに期待を寄せているような弾んだ声色を漂わせていた。


彼らは夏休みに控えるライブを前に、着々と準備を整えていくのだった。







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