第2話 インストゥルメンタル
幸運なチャンスに巡り合う機会は、人生において何度あるか分からない。
気づかずに見逃してしまう事もあるはずだ。
彼は迷わずに圭介の手を取っていた。
ある意味、彼に巡ってきたチャンスを掴んでいたのだ。
「えーっと、青山先輩?」
「あー、とりあえず連絡先交換しない? 放課後、一緒に行きたい所があるんだけど……」
「分かりました……」
二人は携帯電話の番号とアドレスを交換すると、声をかけた圭介は三年の教室へ戻っていった。
和也は彼の後ろ姿をただ眺めているのだった。
ーーずいぶん、気さくな人だったな……。
「和也、青山先輩と知り合いなのか?」
「いや……。初対面だけど?」
遠巻きに二人の様子を見ていた三井が、彼に話しかけていた。和也の周囲に人が集まっていく。その反応からも、圭介が奏者としても有名なのだと彼も気づいたようだ。
「二年の夏までは、コンクールで何度も優勝してるらからなー」
「
「俺、ヴァイオリン習ってるからさ」
「そうなんだ。三井は、何で知ってたんだ?」
「青山修人の息子だからかな。クラシック志す奴なら大抵知ってるんじゃないか?」
「そっか……」
そんなにヴァイオリンが弾けるって事は、アンサンブルとか組んでるのかな?
そっちは、あんまり興味がないんだけどなー……。
クラシック音楽を想像した和也は、すんなり手を握り返していた自分に、さっそく少し後悔しているのだった。
約束通り圭介から連絡が来ると、放課後に駅前で待ち合わせ、二人は喫茶店を訪れていた。
「ケイ、お疲れー」
「本当にいたのか?!」
「うん!」
和也が連れられて来た場所は、圭介の行きつけの店だったようで、彼の友人であろう二人が、六人掛けの席について待っていた。
木の温かみが感じられる店内奥には、アップライトピアノが置いてあった。カウンターからは、コーヒーの良い香りが漂っている。
「はじめまして……」
「はじめまして! 宮前くん、ギター弾くんだろ?!」
「えっ?!」
興奮気味に話しかけられた彼は、戸惑ったような表情を浮かべていた。
「ヒロ! 食いつきすぎ! まだ、何も説明してないんだって……」
「そうなのか?!」
「落ち着けよ。とりあえず、これ見て貰った方が早いだろ?」
「そうだな。宮前くん、コーヒー飲める?」
「あ、カフェオレなら」
「了解。僕、マスターに頼んでくるから、アキ頼むな」
「あぁー」
和也をこの場に連れてきた圭介は、注文しに行ってしまった為「アキ」と、呼ばれた人物に彼は手招きされていた。
「宮前くん、これ」
「は、はい……」
和也は、彼の手元にある携帯電話と繋がるイヤホンを付けるように促されていた。
「! これ……」
ーー俺の演奏……。
和也には、すぐに自分が弾いていると分かったようだ。何故なら、彼が作曲したオリジナルの曲だったからだ。
和也の反応に、隣に座っていた彼も、先程テンションの高いまま話しかけてきた彼も、楽しそうに微笑んでいた。隣に座っていた彼に至っては、携帯画面に映る和也のギタープレイをまじまじと見つめていたのだ。
「……何で…俺だって分かったんですか?」
「それは制服だな。だろ? ケイ」
「うん」
圭介が飲み物を受け取り、席へ戻って来ると、和也の前にカフェオレの入ったグラスを置いている。
「ありがとうございます。……でも…制服そんなに映ってないですよね?」
「それは、ケイは耳がいいからな」
「えっ?」
「宮前くん、弾き終わりに話してる事あるでしょ? 新入生代表で挨拶した時から、何となく似てる声だなって思ってたんだけど、今日の合唱発表会で確信したんだよね。楽しそうに演奏する奴だなって」
「確かに…楽しかったですけど……」
和也は圭介の耳のよさにも驚いていたが、彼が驚いていたのはそれだけではなかった。
ーー素人の…俺の動画を見てくれてる人が、こんな間近にいるなんて……。
それに……。
「そういえば、二人の自己紹介がまだだったね」
「あぁー。俺は圭介たちとタメの
和也の隣に座っていた「アキ」と呼ばれていた彼に続いて、「ヒロ」と呼ばれていた彼もニッと、歯を見せるように笑い、和也をまっすぐに見ていた。
「俺は
「武蔵野って、吹奏楽部の金賞常連校ですよね?」
「さすが詳しいな。俺はサクソフォンで部長だよ。だから、この集まりには遅刻や欠席する事もあるけど、よろしくな」
「あの、この集まりって?」
「詳しく話してなかったんだよな。もう一緒に活動してくれるって思ってたから」
「ケイは意外とうっかりだよなー」
彼らは波長が合うのだろう。和也より二つ年上の彼らは、その雰囲気からも仲の良さをうかがい知る事が出来た。
ーー楽しそうに話す人達だな……。
彼らの雰囲気に和也は先程までとは違い、圭介の手を握って良かったと思い始めていたが、彼は表情が大きく顔に表れる訳ではない為、分かりにくい。それでも彼の頬を緩ませていた。彼らの言葉に期待していたのだ。
「宮前くん、百聞は一見にしかずって言うくらいだから明日、俺の家で演奏しない?」
「は、はい!」
「ギター持ってこいよ?」
「はい!」
「楽しみだな。ってか、とりあえず弾きたいな」
「マスターには快諾済み」
「さすが、ケイ! ピアノ入れるか?」
和也の目の前で、彼らは楽器をケースから次々と出していく。
ーーケイさんはヴァイオリンだろ。
アキさんがチェロで、ヒロさんがサクソフォンか……。
「宮前くんも知ってる曲だから、ピアノで入ってきて?」
そう言った圭介は、二人へ視線を向けると、"星に願いを"を弾き始めた。
ーーこの人たち……。
上手い……。
高三の音じゃないよな?
他と音が違う……。
和也は自然と鍵盤へ手を滑らせていた。その腕前に、明宏と大翔は驚きながらも嬉しそうな笑みを浮かべているのだった。
「一人増えるだけで、いつもと違うよなー」
「そうだな」
「あぁー。っていうか、宮前くん! ピアノ上手いな!」
「……ありがとうございます…アキさん」
「タメ口でいいし。アキでいいよ?」
「俺も!」
「僕もケイで。宮前くんはなんて呼ばれてる? kamiyaとは、呼ばれてないんでしょ?」
「はい……。う、うん。それは配信サイトだけなんで、普段は名前とかミヤって、呼ばれる事が多い…かな……」
「じゃあ、ミヤな」
「ミヤ、改めてよろしくな」
「……うん。ケイ達は、アンサンブルをやってるの?」
「うん。アンサンブルもするけど、今はインストバンド組んでるんだよ」
「……っ!!」
「あぁー。だから、kamiyaと…ミヤと一緒に演りたいって思ったんだ」
「明日、楽しみだな!」
「うん!!」
表情を緩ませて応える和也に、彼らも微笑んで応えているのだった。
インスト…インストゥルメンタル……。
歌のない楽曲、演奏を指し示す音楽用語の事。
言葉の壁がないから、世界中で評価される楽器のみで構成されたバンド。
インストバンドか……。
俺のやりたいものとは少しちがうけど……。
聴いてみたいと思った。
あれだけの演奏を出来るケイ達が、どんなバンドの音色になるのか。
見てみたいと思った。
和也の中で、好奇心の方が優っていたようだ。圭介が家を案内すると、防音設備の整った部屋に驚いていた。
すごい……。
ってか、広い!!
さすが青山修人の家……。
確か青山修人のお父さん…ケイのお祖父さんも有名な作曲家だったよな……。
和也は初めて訪れた空間に目を輝かせていたが、それよりも驚いていたのは、目の前にある光景だった。
グランドピアノの前にはドラムセットが置いてあり、スティックを取り出した明宏がさっそく腰掛けていた。
ーー昨日、聞いてたけど……。
本当に…この人達、インストバンドなんだ……。
昨日は、チェロにサクソフォン、ヴァイオリンを弾いていた彼らは、大翔がベースを、圭介はギターを用意している。
「ミヤのギター、聴きたいな」
「う、うん。何の曲にする?」
「この間、動画にアップしてた早弾きの見たい!」
「即興の奴か……」
そう応えた彼は、迷う事なく弦に触れていた。
作曲活動を中学生の頃からしている和也のレパートリーは多いのだ。
「うま……」
「器用な奴だなー」
小声でそう漏らす大翔と明宏がいた。
十五歳の少年の演奏に、改めて実感していたのだ。本物がいる……と。
「……こんな感じだけど……」
「ミヤは作曲のセンスがいいよな」
「ありがとう……。みんなは曲作りするの?」
「俺らもするよ」
「基本、合作が多いけどなー」
「そうだな。一曲、演ってみるか?」
「聴きたい!!」
和也はまっすぐに応えていた。目の前の彼らから放たれる音色に、自然とギターを合わせていく。
俺のやりたい夢とは少し違う。
でも……ケイの手を握ったのは間違いなんかじゃなかった……。
彼は、自分の理想の音を体現する仲間に出逢っていたのだ。
この日、四人はさっそく動画を撮影し、インターネット上にアップする事となった。
「ミヤはkamiyaにするのか?」
「それは、もう使わないかな。……miyaで」
iPadの画面にはkei×hiro×aki×miyaと、和也は入力していた。
「これで、いいかな?」
「ミヤは器用だなー」
「完全に興味ある事に限定だけどね」
「こんだけ編集したり出来るならいいじゃん!」
「……これで四人でのインストバンドの活動開始だな」
圭介の言葉に皆、頷いている。
kamiyaのアカウントで配信していた和也は、今日からmiyaとして活動する事となるのだった。
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