第5話 能力

 俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。

 男も何が起こったのか分からないといった表情をしている。

「何とかギリギリってところかしらね?」

 茂みから出てきつつ、久遠はそう呟いた。

「これで2対1だけど、まだ続ける?」

 久遠は男に対して、高圧的に聞いた。

「あれ? 彩は?」

「そこの茂みの中。気絶させられて投げられた」

 俺は簡潔に状況を説明する。

「そう……で、まだやる?」

 久遠は掌の上で先ほど見た赤い結晶をクルクルと回しながら、男に聞く。

「お前、もしかして……巷で話題の能力者って奴か?」

「ご名答」

 久遠が能力者? そんな情報俺は知らないぞ……。

「おぉ、面白くなってきたなぁ! 2対1? 上等だ! やってやるよ!」

 と言い、男はファイティングポーズを取る。これはひょっとして不味いのでは?

「西条、私が援護するから、アンタは好き勝手動きなさい。いい?」

「了解」

 援護と言われてもどれくらいの物が来るのかは分からない。恐らく、あの赤い結晶が飛んでくるのだろう。

 普通にやっても勝ち目は無いのだ。だったら、今は彼女を信じるしか道は無い。

 俺は、男に向かって大きく木刀を振り下ろす。やはりその攻撃は避けられ、反撃の一撃を貰いそうになるが、そこは先ほどと同じように、赤い結晶が飛んできて、俺の隙をカバーしてくれる。

 続いて、男の足元に赤い結晶が飛ぶ。

 男はそれを飛びのいて回避しようとするが、その一瞬を俺は見逃さない。

 大きく踏み込んで、木刀を上段から振り下ろす。

 避けられないと悟った男はナイフの腹でそれを受ける。

 その隙に赤い結晶が男の足元を切り裂いて行く。

「ほぉ……なかなかやるじゃねーか……」

 足が切り裂かれたというのに、この余裕は何なのだろうか。

「だが、反撃もこれまでのようだなぁ!」

 俺は男と得物を通じて、力比べを行っており、動けない状況だ。

 つまり、久遠の攻撃チャンスとなっているわけだが、どうにも追撃が来ない。

 ふと気になって後ろを見ると、久遠がうずくまるように倒れていた。

「久遠!」

「おっと! よそ見は禁物だぜ!」

 鳩尾に男の腹蹴りが決まる。

 絶望を絶するほどの痛みが俺を襲う。

 胃から液体が逆流し、辺りにまき散らす。

「能力者が能力を使いすぎると動けなくなるって噂は本当だったんだなぁ」

 勝ちを確信したように男は言う。

「でもまさかこんなに早く動けなくなるとは予想外だったぜ」

「あーあ、もっと楽しみたかったのに、これでおしまいかぁ。もっと強い能力者はいないかなぁ?」

 ゆっくりと、久遠に近づきながら、嫌味ったらしく男は言う。

 久遠は動けない。このままでは恐らく殺されてしまうだろう。

 だったら俺が。男の視界外にいる俺が何とかして足止めしなければ――。

「もっと強い能力者と出会いたいのか?」

 どこからか第三者の男の声が聞こえる。俺でも、村上でも、目の前にいる男でも、先生でもない。

「誰だ!?」

 その言葉に警戒する男だったが、何処からか眩い光が放たれた後、男は魂が抜けたようにその場に倒れこんだ。

「お疲れさん。よく頑張ったな」

 茂みから出てきたのは、見た事の無い制服を着た好青年だった。

「えーっと、楠彩さんがこっちに連れ去られたって村上って人から、聞いてきたんだけど、何処かな?」

 まごうことなき、この好青年は先ほど聞いた第三者の声だった。

「その……茂みの辺りに……」

 まともに呼吸ができない中、息も絶え絶えに説明する。

 が、説明した後に気がついた。この人の正体が分からない。もしかしたら、別の勢力で楠をさらおうとしているのではないだろうか。

「ちょっと……あなたは――」

「あー、いいよいいよ。安心して。楠博さんの依頼で来たって言えば分かるかな?」

 楠の父親の依頼か……だったら安心してもいいだろう。

「とりあえず、俺は楠彩さんを保護しなきゃいけないから、一旦先に帰るけど――」

 待て、今の話に安心出来る要素がどこにあった!?

 自分の体が辛いから、動かすのがキツイから、安心できるように逃げてるだけじゃないのか!?

 楠の父親の名前なんて、少し調べればわかる事。制服を着てるからって、こいつが悪人ではないという理由にはならない!

「おい……待てよ……」

 俺は木刀を杖代わりにして立ち上がる。

「いや、無理しなくていいから……、今から応援呼んでくるから休んでていいから……。ね?」

 青年は諭すように言ってくるが、それも作戦なのかもしれない。

「その言葉の……何処を信用すればいい……」

 その言葉を聞くと、青年は少し悩んだ素振りを見せた後、こういった。

「それもそうだな……」

「認めたっって事は――」

「じゃあ、貴方と楠さんを一緒に連れ帰れば問題ないだろ?」

 と言って、青年は楠が投げ込まれた茂みの中に入っていった。

「おい、ちょっと待っ――」

 言葉は発することはできるが、体が一歩も動かない。

 そうこうしているうち、青年は楠を抱きかかえて、戻ってきた。

「ここに寝かせとくから、しっかり見張っておいてよ。俺は梨里……っつても分かんないよな。身長が小さい女性にこの事を伝えて迎えに来てもらえるようにお願いしとくから、その人が来たら一緒に戻る事。いいな?」

 青年は楠を地面にゆっくり下ろしながらそう告げた。

「それと、そこに寝ているお嬢さんにはこれを吸わせた方がいい。恐らく彼女は魔欠状態だから、楽になると思うぞ」

 といいつつ、彼はバックパックの中から、『魔欠によく効く魔素缶』と書かれれているものを取り出した。

「ここら辺は魔素が薄いらしいからな。無暗に能力を使うとそうなるから、次からは気を付けろってお嬢さんに伝えておいてくれないか?」

 青年は俺に缶を渡しながらそう告げた。

「じゃ、俺は先に戻ってるから、ちゃんと見張っとけよ! 小さなナイトさん!」

 と言いながら、青年は魂の抜けたように伸びている男を担ぎ上げて小走りで森の中に消えていった。

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