第4話 戦闘

 何分ほど走っただろうか。

 薄暗い森の中というのはこれほど走りにくく、体力を奪われるものなのだと痛感した。

「しつこいな……」

 前を走る男がぼやく。

「じゃあ諦めて楠を返せ!」

 息を切らしながら俺は吠える。当然、提案は飲まれることは想定していない。

「ん~~~~~!!!」

 楠は相変わらず声にならない声を上げている。


 しばらく追いかけっこをしていると、少し開けた所に出た。

 男は観念したのかそこで止まる。

「分かった分かった。相手をしてやるからちょっと待ってろ」

 と言った瞬間、楠の首をもの凄い勢いで締め上げ始めた。

「あ! おい!」

「おっと! 動くなよ! 動いたらこいつの首を折るからな!」

 その言葉を言われたら迂闊に動くことはできない。俺は苦しそうな表情をする楠をただただ、見ている事しかできなかった。

 しばらくすると、彼女は意識を失ったのか、力なく、うなだれるような格好になった。

 その状態を確認すると、男は楠を茂みの中に投げ捨てた。

「おい!」

「死んじゃいねーよ。気絶させただけだ。こっちもちょっと聞きたい事があるんでね……」

「何だよ……」

 今すぐ俺が楠を抱えて森の中を走れるか計算する。

 無理だ。そんなことをしたら、この男にすぐ捕まるのが目に見えている。

「俺達が彼女をさらう情報、何処で知った?」

「知ったとかじゃねーよ。彼女を夕食に誘おうとしたら、目の前でさらわれたから助けに来た。ただそれだけだ」

「ふーん……木刀を持って夕食に誘うかねぇ……。ま、一応そういう事にしといてやるか」

「そういうお前らは何で楠をさらうんだよ」

「そっちが正しい情報を教えないのに、こっちが答える義理があるか?」

「……」

 どうせ、正しい情報を話しても喋る気は無いくせにな。

「沈黙、か。まあいい、一応交渉といこうや。俺達の依頼は、彼女を生かして依頼者の所に届ける事だ。それ以外は特に指定されていない」

「……何がいいたい?」

「つまり、俺達に歯向かってこなければ、お前は見逃してやる」

「歯向かったら?」

「そりゃあ殺すしか無くなるわなぁ」

 と、おどけたように男は言った。

「俺としてはできれば面倒毎は避けたいんだ。だからさ、見逃してくれねぇか?」

「お生憎様。最初から見逃す予定なら、ここまで追いかけないっつーの」

「ごもっとも……。最終通告はしたからな、後悔するなよ?」

 男は腰のベルトから折り畳みのナイフを取り出し、スッと構えた。

 対するこちらは木刀だ。リーチの差では有利だが、殺傷力では相手の方が格上だ。本当に敵うのか? これで……。

「どうした? かかってこないのか?」

 男が挑発する。

「じゃあお言葉に甘えて……」

 くっそ、足が動かねぇ。一歩踏み出そうとしても、恐怖で足が固まって、全く動かない。

「え? もしかしてビビってんのか? あんな大口叩いておいて?」

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

 このままじゃ、動けないままやられると思った俺は大声を出して、自分を鼓舞する。

 何とか自らの鼓舞によって、足が動くようになった俺は、そのままの勢いで男に突っ込んでいく。

「駄目、全然駄目」

 がっかりしたように、男は俺の剣筋から避け、俺の脇腹にナイフで浅く切り傷を入れる。

「いってぇ!!」

 傷口が熱い。涙が出てくる。戦意を喪失しそうだ。

「もうやめなよ。俺に敵いっこないって今の一撃で判明したろ? 今なら見逃してやるから、な?」

「それでも! ここで引いたら俺の存在意義がなくなるんだよ!」

「存在意義とかよく分からないけど……。もう、面倒臭いから次は本気で殺すからな」

 その言葉を聞くや否や、俺は勢いに任せて、男に向かって木刀を大きく振り下ろした。

 案の定、俺の木刀は空を切り、地面に思いっきり強打した。

 その瞬間、俺は死を覚悟した。

 当然、男はナイフを俺の首筋に向かって突き刺して来る。

 全てを諦め、俺が目を閉じようとした瞬間、男は飛びのき、目の前には赤い結晶が通り過ぎていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る