モブらしく、ラスボスらしく、僕らしく。
制服に着替えた僕、菊池斗真はいつもの時間にバスに乗る。
「あ」
その際、小緑風花が僕を見て声を上げたが、僕は彼女と接触をしたことはほとんどなく、会話をするような仲ではないので聞こえなかったことにする。
しかし、一瞬横目で彼女を見た時、安心したように微笑んだような気がした。
特にトラブルもなく学校に到着。そして教室に向かい、自分の席に座る。
「おッス、一週間ぶりー」
「やぁ、一週間どう過ごした?」
「ドラマ見たりゲームしたりだなぁ~」
「でもその代わり長期連休まるまる一週間削れるんだよなぁ~」
級友たちとそんな談笑をしていると、教室のドアから高坂茜が入ってきた。
彼女は僕だけでなく周囲の記憶も操作している。
そんな彼女も、僕を一瞥しただけで特に会話も無く自分のグループと話している。
当然、それ以上のかかわりなど僕と彼女の間には皆無であった。
そして授業が始まり、高坂茜が欠伸を噛み殺しながらも授業を受けている風景をチラ見しながら授業を受ける。
――そうそう、これだよこれ。
授業を聞き流しながら僕は一人でうんうんと頷く。
日向萌香の一件に関してはちょっとこちらと関りが増えすぎたような気がするが、これこそが僕が当初から望んでいたモブとしての動き。
二週間前の激動も、この平穏な観察できる時間を確保するための試練だったと思えば浮かばれるものだ。
下僕としての僕が死亡したという事実を目撃させたことでもう僕を疑うこともなくなり、そもそもそれ以上に優先すべきことが増えたのだからもうスルー確定。
……過剰な身体能力を見せつけた一件に関してはまだぬぐい切れない不安があるが、まぁ、それでも調べられる優先順位は低いはず。
そこはネビュラシオンとして動くときに何かしら仕掛けて忘却してもらうようにしよう。
今後は一階の高校生モブとして彼女たちを観察しつつ、ラスボスとして彼女たちの前に立ちはだかり育成する。
少なくとも、まずは他の三人もあのパワーアップ状態……そうだな、見た目天使っぽくなってたし“エンジェルフォーム”とでも名付けておくか。
最終的に五人全員がエンジェルフォームとなれるようにしなければ。
日向萌香と柴野奈月も、まだあのフォームは完全な状態とは言い難い……あとは日本だけじゃなく海外にもいるであろう未知の魔法少女のことも調べて行くべきだろう。
今まではネビュラシオンは各国にランダムに出現させていたが、今後は日本中心に活動するから新メンバーの加入として海外の魔法少女もやってきたりするし……もしかしたら、もしかしたらだけど、柴野奈月のような異世界の魔法少女なんかもきちゃったりしちゃったりとか!
「ふ、ふふふふふっ……!」
授業中ということで小声ではあるが、勝手に口から含み笑いがこぼれてしまう。
でもしかたない。
まだ見ぬ魔法少女たちがこの世界の日本に集結してくるというのだから……やってもらいたいことや、見てみたい名シーン再現など、湯水のごとくアイデアが湧いてくる。
あえて魔法少女同士敵対させ、そして再び仲間にさせたり、なんて若干の闇落ちルートもありだろうし、あえておふざけな戦い方で彼女たちを翻弄させたりするのもいいだろうし……
「菊池、さっきから何を笑っている?」
「え」
声をかけられて顔を上げると、仏頂面の教師がそこにいた。
「授業中に思い出し笑いか……何かそんなに楽しいことがあったのか?」
おっと、どうやら含み笑いが漏れていたらしい。
「えっと……すいません」
「黒板の問題、解いてみろ」
「あ、はい」
一応この一週間、補習とかで観察時間が減らないようにしっかり勉強は重ねておいたので問題なく解ける。
ちょっとモブとして失敗してしまったが……その後、授業はつつがなく終了した。
……あとは柴野奈月がどうなってるのか気になるから、観察しておこう。
彼女は日向萌香と同じ教室にいることはわかっている。
普段なら部活動とかで見られる可能性はあるのだが、今日は今度の作戦を詰めなければならないので図書室にこもっている時間もない。
……しかし、だからといって普段通らない廊下を通行するのは危ない。
僕はそうでなくとも日向萌香に頼れるお兄さん的なポジションとして見られている。
ここで下手に接触すれば仲を必要以上に深めるか、さらに同じクラスである皆瀬蒼から目をつけられて要らぬイベントを誘発してしまう。
というわけで、当然遠目からの観察に行こう。
学校を出てちょっと校庭の方に回って下級生のクラスの方を僕の超人的な視力で確認したのだが…………
「……あれ?」
彼女の姿が教室に見えない。
教室では日向萌香と皆瀬蒼がいるからまだ部室に行ったとは思えない。
それなのに彼女の姿が見えないのはどういうことだろうか?
「……休んでるのか?」
風邪とかではないだろう。
ネビュラシオンで色々と処置を施されているから、彼女は現代日本人よりもかなり頑丈な肉体を持っているのだから。
ということはサボり?
いや、だったら日向萌香や他の魔法少女たちが放っておくはずもない。
……精神的な理由で休んでいる、と見るべきか。
元上司として接したときから知っていたことだが、彼女はメンタルは常人以下だ。
もしかしたら下僕としての僕が死んだことのショックがまだ抜けきってないのかもしれない。
ここ一週間は忙しくて悲しんでる暇はなかっただろうが、落ち着いてその反動が出た……と見るべきか。
……そういえばあのマスコットの気配もしないな。
普段は日向萌香にべったりだったがランニングの時も学校内でも気配がしなかった。
……日向萌香もそうだったが、この間のエンジェルフォームを柴野奈月まで発現させたことから彼女のことも重要視して今一緒にいるのか?
だったら他の魔法少女が柴野奈月を一人にしていてもあそこまで落ち着いている理由にもなるが……
「……考えてもわからないなら今日は諦めるか」
ずっと学校を休んでるわけじゃないだろうし、今後の作戦についても話さなければならない。
そう考えながら僕は人気の無い所へ移動しようと考え……
『――お願いだから、一人にして』
『――駄目ポム。今の奈月は絶対に一人にしないって、みんなと約束したポム』
予定変更。
少し離れたところから柴野奈月の声が聞こえたので、そちらに移動する。
フォラスには少し遅れるとメールしておく。
そして移動した先で柴野奈月の姿を見つけたのだが……そこは僕にとっても見覚えのある場所だった。
そこは僕が初めて魔法少女を見た場所であり……そして、僕と柴野奈月が初めて出会った場所でもあったのだ。
僕は勘付かれないように距離はとりつつ、そこにいる柴野奈月の様子を観察する。
「朝からずっとポム。
いつまでここにいるつもりポムか?」
「……うるさい」
見れば、未知の傍らで柴野奈月は座り込んでしまっている。
というか……え、朝からずっとここにいたの?
「……君がここにいても、彼は帰ってこないポム」
「わかってる……だから、うるさいから、黙ってて……」
座り込んだまま顔を伏せる柴野奈月
……ちょっとあれ、まずくない?
怒りで吹っ切れたっぽいけど、しばらく平穏が続いてちょっとダレてきてる?
あの状態からまたエンジェルフォームとかなれるのか凄く不安なんだけど……
……そういえば前にネビュラシオンにいた時もしょっちゅうあんな感じになってたなあの人
寂しさがマックスになると人気のない廊下でああして座り込む。
誰もいないところに行きたいなら部屋に引きこもればいいのに、ああして廊下で、誰か自分が知ってる誰かが通りかかるのを待っているのだ。
僕が来る前はああして怪人や異形が通りかかって突っかかってきたところを喧嘩してストレスを発散していたらしいが、僕が来てからは僕が相手をするという感じになっていた。
魔法少女になってからは周りは味方ばっかりでああいう風になることは無いと思ってたんだけど……
しかし……あのマスコット本当に役に立たないな。
一人にしないって言うのは悪くないが、ああいう状態になったらもっと強引にやらないと長引くぞ。
このまま放っておくと後々の魔法少女たちの連携に支障が出る可能性がある。
別に、ああなった元上司のことが放っておけないとかそういう老婆心は一切無い。って、僕は誰に言い訳してるんだか……
内心自分にそう呆れながら、僕は素知らぬ顔で彼女たちの前を通る。
僕の気配を感じてか、パロンはだんまりを決め込んだらしい。
「……あれ?」
わざとらしく、今気が付きましたって感じで声を出す。
そしてそんな僕の声に反応し、柴野奈月は顔を上げて僕の顔を確認して一瞬目を大きくした。
「……菊池斗真」
「そうだけど……名乗ったことあった?
……あ、日向さんから聞いたのかな。
ほら、あのショッピングモールの地下駐車場にいたよね、君」
僕がそういうと、柴野奈月の表情が曇った。
失敗したかな? いやでも、菊池斗真としての僕が柴野奈月と接触したのはあの時だけ。それ以外の話題はないし……
「その制服……君、うちの学校だよね?
こんなところでどうしたの? 今日から授業再開したのに……」
「うるさい、放っておいて」
「いやでも、こんな往来でずっと座り込むのは危ないよ」
「あんたには関係ないでしょ」
「そりゃないけどさ……この辺り不審者が出たって言われてるからさ、本当に危ないよ?」
「……不審者?」
「そうそう、全身黒づくめのヘルメット男とか」
はい、少し前の僕です。
「…………どんな被害が出たって言うのよ?
痴漢でもしてたの?」
さらっと失礼だな。
「いや、ただ夜中に街中を走り回ってるのを目撃されてただけなんだけどさ…………まぁでも、今にして思うとパトロールとかしてたのかなぁ?」
「パトロールって……どういうことよ?」
「いや、ネビュラシオンだかなんだか色々今騒がれてるし……もしかして、そのヘルメット男って、裏でこっそり街の平和を守っていたのかなぁって」
「……あいつが?」
僕の言葉に、常人なら聞こえないくらいの小声でつぶやく柴野奈月
そう、僕の作戦はこうだ。
――実はアイツは裏でみんなを守っていたヒーロー!
もう下僕としての僕は死んだことなので、後付け設定モリモリにしても問題はない。
それで今の柴野奈月の状態が回復するなら安いもんだ。
それにこの手法なら僕よりも死んだ下僕の方への印象が強まるしね。
「まぁ、直接会ってみないと何とも言えないけど……実際、あの五人の女の子たちが街の平和を守ってたっぽいし……やっぱりただの不審者だったのかな?」
「……ちがう」
柴野奈月は顔を上げないが、先ほどとは違ってぎゅっと手を握っていた。
「……守ってた……あいつは、ずっと……ずっと守ってきたのよ……私を……」
声は小さいが、少し雰囲気が変わった。声音に熱を感じる。
「私だけじゃなくて……ずっと……守ってたんだ、あいつは……」
袖で顔を拭う。
俯いたままで見えなかったがどうやら泣いていたらしい。
そしてそのまま立ち上がり、彼女は歩き去る。
……ひとまずはこれで立ち直ったと判断していいのかな?
「――菊池斗真」
柴野奈月は振り返らずに僕の名を呼ぶ。
「……そのヘルメット男、また不審者とか言ったらぶっ飛ばすわよ」
「あ、はい」
「それと……一応、気を遣わせて悪かったわね。それじゃあ」
そのまま彼女はそっけなく去っていく。
よし、問題なさそうだ。
万事思惑通りに事が進んでいる。
転生して奇妙な力を得て、魔法少女が実在する世界にやってきて、数カ月。
ここからようやく、僕の、僕による、僕のための最終回へ向けた戦いが始まるのだ。
そんな期待に胸を躍らせながら、僕は柴野奈月とは反対方向の、周囲に誰もいない場所へ向けて歩き出すのであった。
■
柴野奈月の持っているバックの中で、息をひそめていたパロン
(今、ここで姿を現したタイミング……不自然すぎるわけではないが……彼のバイト先とこの場所は方向も違うのになぜここに?)
パロンにとって、菊池斗真という存在は違和感が付きまとうものだった。
ひとまずはネビュラシオンとは無関係であると暫定的に判断された。
そもそも彼のことに注力し続けられるほど現状は暇ではなくなったのだ。
しかし、それでも気になる点は多々ある。
(あの身体能力の高さ……死んだと思われる下僕に……新たな総帥のゲイザー……いやだが、この事実だけをつなげるには根拠が薄すぎる)
単純に身体能力が高いだけなら他にもいくらでもいるし、そもそもネビュラシオンの怪人は総じて地球人類から見れば超人的な能力の集団だ。
(……やっぱり気になる……今後も注意はしておこう)
そう判断してから、ふと、パロンは思ったことをなんとなく口に出す。
「全部同一人物で……マッチポンプだったなら」
そこまで言いかけて、パロンは小さく嘆息して首を横に振る。
「いや……そんなことをする理由がないポムね」
もっとも真実に近い回答に辿り付いていたのだが、根本的なその理由がないと、パロンは判断した。
故に、これは違うなと真実にもっとも近い仮説を否定する。
■
『さぁ、次の作戦を始めようか』
黒を基調とし、各所に黄金の装飾が施された衣装を身にまとうゲイザーこと、菊池斗真
その正面には多くの怪人たちが並び、戦闘にはそれぞれ四天王に任命された幹部たちがいる。
この場にいる多くの知性ある存在は、ゲイザーという存在に様々な感情を抱いている。
怒り、憎しみ、妬みなどが大半で、しかし中にはこれまでのネビュラシオンとは違う希望、喜び、期待などバラバラだ。
それでも共通して抱く感情が一つある。
畏怖
圧倒的な実力故に、誰もが抱く畏怖。
その畏怖こそが、今のネビュラシオンで彼の総帥としての地位を築き上げたカリスマの役割を担っていた。
『ネビュラシオンの同胞諸君!』
それ故に、誰もが彼の真意には到達できないし、させない。
『さぁ、世界征服を始めよう!!』
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