第4話 特務隊の愉快な仲間たち

 まずは、魔物の話からしなくては、と騎士団対魔部の部長が言って話し始めた。

 この世界には、人間を捕食する「魔物」と呼んでいる生き物が存在するらしい。それがどこから来るのか、どういう生態なのかはわからない。気付けば発生している、という事だ。

 それを唯一傷つけ、滅する事ができるのは特殊な力を付与した武器で、次元の原理と力を使ったものらしい。難点は、それが誰にでも扱えるものではないという事。何とか使用できるというレベルでも発動できる人は、全体の3割程。滅する程度の力を引き出せる人で、そのうちの半分。その中の、非常に適性値の高い人というのはほんの一握りで、こうなると半強制的に、魔物と戦う部署の中のトップが集う「特務隊」に所属することになるそうだ。

 どうも真矢と菜子は、次元の壁を越えて来た事によって、適性がとんでもなく高くなったらしい。

 一般の対魔部隊は全国にいるが、特務隊の部屋は首都、騎士団本部の中にある。

「期待している」

 対魔部部長のラウム部長は、重々しく言って、紅茶のカップを傾けた。ゆったりと落ち着いた感じの紳士で、統括はしても実戦は別なのかも知れない。

「では、後は隊長にお任せします」

 部長秘書のリンは、アンドロイドみたいな雰囲気でそう言った。

「はい。では、失礼します」

 特務隊隊長のジーンはそう言って廊下に出、真矢と菜子は後に続いた。

「異世界人ねえ」

 ジーンは値踏みするように2人を見た。

 なので、2人もジーンを見た。

 年は20代後半か。長身で、細身ながら鍛えられていそうだ。顔立ちは悪くは無いが、目つきが悪い。目が悪いのかもしれない。

「ふうん。見た目では変わらないんだな」

「はあ。私らも同感です」

「もっと、耳の長い人とか、尻尾や耳の生えている人がいるかと思ってたんですけどね」

 エルフとかケモミミとかいうものを想定して菜子は言ったのだが、

「耳は皆生えてるが、尻尾?そんなやつはいないな。それに耳はともかく、顎の長い人とかならたまにいるぞ。

 まあ、部屋に案内しよう」

と、ジーンはそう言って、特務隊というプレートのかかった部屋に入る。

 顎の長い人なら地球にもいた。俳優の斎藤さんとか、モアイとか。

 入ると、部屋の奥に窓があり、それを背に机が2つ置いてある。そしてその前、通路を挟んだ所には机が6つ並んでいた。部屋に入って向かって右の壁際にはロッカーらしきものが並び、左の壁際には本などの収まった棚がある。ドアのすぐ横にはパーテーションで区切られた部分があり、ガス、水道があった。

 また左の壁にはドアが一つ付いていて、その向こうは応接室になっているらしい。

 なぜわかったかと言うと、そこから、欠伸をしながら出て来た人物がいたから、見えたのだ。

「ああ、言ってた新人?」

 かなり大きな女だ。筋肉も凄い。女子プロの選手でも、ここまで鍛えているのはいない。

「応接室は仮眠室じゃないって、何度言えばわかるんだ。はああ。

 彼女はロレイン。大剣を使う」

「よろしく。わからない事があったら遠慮しないで何でも訊いてね」

「よろしくお願いします」

 挨拶は大切だと、2人は揃って頭を下げた。

「あっちはルウム兄弟。兄が槍、弟がナイフを使う」

 兄はダンベルを上げ下げしながらニカッと笑い、

「筋肉が少ないな。今度、酒のプロテイン割でもどうだ」

と言った。

 弟は小柄で、ナイフの素振りをしていたが、

「新人?の割に、若くねえな」

と言う。

 2人は少々ムッとしながらも、顔には笑顔を浮かべている。この程度、会社勤めをしていればなくは無い。

「失礼な事を言うんじゃないよ。

 やあ、ごめんね。口が悪いけど、悪気はないんだよ」

 そう言うのは、ニコニコと愛想のいい男だった。

「副隊長のミスラです。剣を使います。よろしく」

「よろしくお願いします」

 そしてミスラは、じっと黙ったきりのフード付きの上着を着たもう一人を指す。

「あっちの彼は、レスリ。ちょっと人見知りでシャイなんだよ。仲良くしてね」

 それで、フードを被ったままの若い男は、チョコンと頭を下げたーーというか、動かした。

「よろしくお願いします。

 レスリさんは、何を使いはるんですか?」

「鎌だよ」

 レスリでなく、ミスラが答えた。

「鎌?」

 農作業に使う鎌を真矢は思い浮かべ、忍者の鎖鎌を菜子は思い浮かべた。まあ、鎖が付いているかどうかの差だけだ。

 レスリはロッカーを開けて、中から長い柄の付いた大鎌を取り出した。

「鎌や!」

「死神の持ってるやつや!」

「鎌って、その鎌か!」

 真矢と菜子は納得した。同時に、レスリの無口で暗くて目深にフードをかぶりながら鎌を構える姿に、死神そのまんまやん、と思ったが、言わない方が良さそうだと思って心の中に留めておいた。

「それでこの2人だが」

 ジーンがそう言って2人へ目を向けるので、順に挨拶する。

「山田真矢です。よろしくお願いします」

「小仲菜子です。よろしくお願いします。

 装備はですね」

 言って、セットする。鼻眼鏡と猫耳だ。

「・・・」

「・・・」

 全員、シーンと黙りこくって2人を凝視していた。

「この空気、あかん。いたたまれへん。どないする、真矢」

「すべった感が半端ないな」

 2人は小声で、こそこそと言い合う。

「ここは突っ込むとこやろ。東京の人か」

「まあ、関西人以外やったら皆同じとも言えるけどなあ。ボケとツッコミを標準装備してんのは、大阪人の常識やけど」

 無表情のまま内心で焦りを感じていると、ジーンが咳払いをして目を逸らして言う。

「ええっと、ああ、他にも何か?それは、隠れた魔物を見付けられるんだったな」

「はい。まあ、赤外線ゴーグルとかでええと思いますけどね」

「それに、遠くを見られるんだったよな」

「もうそれ、望遠鏡ですよね」

 真矢が即答し、それに、菜子が言う。

「それやったら何でそれ選んでん」

 次に、ジーンは菜子を見た。

「それは、小さな音でも良く聞こえるとか」

「収音機やな」

「後、人間には聞こえない音も拾うとか」

「音声分析器やな」

「あんた、科捜研にでも行くんか」

 真矢が反対に突っ込む。

 今のやり取りで、ようやく、凍り付いていたような空気がほぐれた。

「しかし、それだけではないんですわ。次元の壁を越えてきたせいで変化を起こしたものがあるんです。

 デイバッグに入れていたおにぎり、サンドウィッチ、みかん、お菓子、お茶、コーヒー。なんぼ出してもなくなりません」

 デイバッグから各々それを出しながら、菜子が言う。

「食料係ですね」

「それから、土産物として買って持ってたもん。私は十手」

 持ち手に「ひらパー」と書いてある、紫の房の付いた十手だ。

「私は模擬刀」

 これも持ち手に「ひらパー」と書いてある。

 どちらも、土産物屋で見た時はいかにもな安っぽさがあったのに、今では底知れぬ風格のような物を感じさせる一品となっており、激しい衝撃にも耐えうる強度を有している。

「・・・何で十手なん」

「かっこええかと思って。

 模擬刀もたいがいやで。修学旅行で、クラスで一人くらい買う奴がおるかな、いうヤツやん」

「背中かくんにいいかと思って。孫の手って、先が緩すぎるか痛いかやん」

「ああ。かいてんのに全然痒みがとまらんやつ、あるよなあ」

「あるやろ。イライラせえへん?」

「するする」

「かと思ったら、痛くて血ィ出るやつも当たった事あんねん」

「うわ。そこまで痒いのどうにかしようとは、別に思てへんわ」

「そうやねん。田舎でたまたま試したら、良かったんや。鞘に入れた状態が」

 しげしげと、皆で模擬刀を見た。

「この先っちょのカーブと厚みが絶妙やろ。

 その上、タンスの隙間に落ちたもん拾ったりするとき、中味の幅と長さがちょうどええねん」

「確かにな。やるなあ、模擬刀」

「え、でもこれって刀なんでしょ。刀だよね」

 思わず言ったロレインに、真矢と菜子は親指を立てた。

「ナイス突っ込み」

「それを待っとったんや」

 ジーンが遠い目をして、溜め息をついた。

「転勤したい」


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