第6話 連続する放火事件
翌日には、イシダさんの家の小火は町内中に広まっていた。それも、カズのタバコの話もセットである。
早朝には上がった雨だったが、町内の住民の心は、晴れやかとは程遠い。
「聞いた?吉本さんの和人君。タバコを投げて小火を起こしたんですって」
という噂に変化するというおまけもついていた。
わたしは溜め息をついて、今日の巡回を始めた。わたしの縄張りで、狼藉は許さない。
他の暇そうにしている猫達にも巡回を頼み、歩いて行く。
途中で食堂のアキさんに会った。
「にゃあん」
「あら、エビちゃん。待ってね。アラがあるのよ」
「にゃん」
ここは、よく残飯を食べさせてくれる。最初に来た時、何か細長い生き物がいたので触ったら、ピョンと跳ねて頭に乗られるという失態を犯したのだ。その時のあの生き物が、どうやらエビという生き物だったらしい。
以来、ここではわたしはエビちゃんと呼ばれている。
「はい、どうぞ」
冷ましてくれていた魚のアラ炊きは、一瞬、巡回任務も忘れるほどの美味さだった。
「美味そうに食うなあ」
にこにこと主人が言う。
「美味しい?」
「にゃん!」
すっかり完食し、皿をきれいに舐めて満足したわたしは、巡回を思い出した。
「にゃああ」
「またいらっしゃい」
「明日はサワラだぞ、エビ吉」
「にゃあおお」
これは、明日も来なければ!
巡回に戻った時、ふてくされて歩くカズを見付けた。
そう。放火犯と噂されている、吉本和人だ。
わたしは後をついて行った。それに気付かない様子で、カズは普段人のいない墓地の屋根付きのベンチに座った。
そして、わたしに気付いた。
「あ、チビか」
「にゃん」
「もう、しょうがねえなあ。ほら」
面倒臭そうにしながら、顔は嬉しそうにして、ポケットから小袋を出す。
「にゃん!」
わたしはベンチに飛び乗った。
カズはニンゲンからは不良と呼ばれているようだが、会えばいつもかつお節をくれるいい奴だ。いつ会ってもいいように、ポケットには必ずかつお節を忍ばせているのだ。
「ほうら、食え、チビ」
掌に出したかつお節を、わたしは丁寧にいただく。
食べたばかりだって?これはデザートだ。タカミもいつも言っているではないか。「別腹」というやつだ。
「聞いてくれよ、チビ。俺学校で先生に呼ばれてさあ。何かと思ったら、タバコを吸っているだろうとか言われてさあ」
カズは嘆息した。
「誰かがチクったらしいんだよな。それも、放火したんじゃないかって。
冗談じゃないよ。タバコを吸ってるとこを見られたからって放火なんてするかよ。なあ」
「にゃあ」
「お前はわかってくれると思ってたぞお、チビィ」
カズは威厳も何もかもかなぐり捨てて、わたしを撫でまわした。
見た目が少々悪くとも、こいつはいい奴だ。
そして1人と1匹で家の方へ戻って行った時、またもあの臭いが漂って来た。
「にゃっ」
「どうした、チビ――って、何だ?何か焼けてる?」
カズが鼻をヒクヒクさせるが、わたしはその臭いの元を見付けた。
「にゃにゃっ!」
「そっちか」
カズが後を追って来る。
根元を黒いビニールで覆ったイチゴの苗が、ビニールごと燃えていた。
「わ!」
カズはあたふたとその辺のじょうろに水を入れてじゃぶじゃぶとかけ、どうにか火を消し止めた。
「何でこんなものが?」
カズが首を傾げた時、背後で悲鳴が迸った。
振り向くカズを、その主婦が指差す。
「放火の現行犯!?」
「ええっ!?俺は今――!!」
「誰かーっ!」
「くそう!」
辺りは、ハチの巣をつついたような騒ぎになった。
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