2019年8月8日 小話「解放者、その名は留音(るね)」-虚無の日-

2019年 8月8日


 吹き荒ぶ風の中に影一つ。その人物は顔まで覆ったマントをたなびかせ、この疲れた街を歩いていた。


 その人物の名前は留音るね。別名"8月8日の解放者"。彼女は他人に理解され難い使命を背負っている。


 その使命を背負うことになったのはそう、2019年8月7日の事だった。その晩、留音るねはいつものように日めくり更新記事のためのネタを探していたことから始まる。


「8月8日のネタは何にすっかなぁ~」


 そうして検索する翌日の記念日を見た留音るねの思考は、この真夏のうだるような暑さを感じないほどに凍りつく事になった。


「これは……なんてことだ……」


 そこには真実があった。8月8日の残酷な真実が。


 パチンコの日、そろばんの日、プチプチの日。……これらは全て8という文字の持つ発音時の音から制定された記念日である。


 そして笑いの日、スマイルの日、歯並びの日。これらはまた、ハハ(88)と笑う事に関係した記念日だ。


 それだけではない。蝶々の日、タコの日、葉っぱの日、ひげの日、ひょうたんの日、フジテレビの日、まるはちの日、屋根の日……それは数字の8からであったり、漢字の八からであったり、その形をテーマに制定された記念日だ。


 それについて、横で一緒に記念日を探していた真凛まりんがこう言った。


「わぁ~!いっぱい記念日があっておめでたい日ですね♪日めくりネタがはかどりますよぉ~☆」


「馬鹿野郎!!!!よくそんな残酷なことが言えるな!?」


 留音るねは絶望した。一体どうして8月8日にこれだけ負担をかけられる?8月8日が何をしたというのだ?


「え、えぇっ、なんで怒るんですかぁ留音るねさぁん……」


「見てみろ!この白玉の日って記念日を!!由来は丸い白玉を2つ重ねると数字の8に見えるから、だぞ!!こんなのっ……丸いのは全部そうじゃねぇか!なんてこじつけで……それにこれはどうだ!?デブの日!!なんで8がデブになるんだってな、"8はふくよかなイメージがあるから"……くびれてんじゃねぇか!!くびれてんだよ!むしろボンッキュッボンの良いボディだろうが!デブの日なら10月10日の方がマックス感あるだろ!?服のサイズにXがつくんだから、なおのこと10月10日の方がデブの日にピッタリのはずだ!……なんで8月8日さんを……こんなに酷使するんだ……!!」


留音るねさん……全然言ってることがわかりませんッ……」


 理解はされない。だが留音るねはこの惨状を前に、強い決意を固めるのだ。


「あたしは……8月8日を解放する……!」


「で、でも、言われてみればわかる記念日もいっぱいあります!見てください!親孝行の日!8と8がパパにもハハにもなることから両親を大事にする日って、すごく素敵じゃないですか!!」


「甘いぞ真凛まりん!!8月8日は同時にばあば(8ぁ8)の日でもあるんだ!子供にまで両親とおばあちゃんの両方に孝行を強いて……許せん!!」


「わかりますわ、留音るねさん。わたくしもその考えに賛同いたします。見てください、この記念日を」


 留音るねのヒートアップした声を聞いて駆けつけた西香さいかが涼やかな声で提示したモノを留音るねが受け取る。そしてまた形相を変えた。


西香さいかか……なんだ?……ッ!?8月8日は発酵食品の日……だと?!由来は"はっ(8)こうの語呂合わせから"……8が1個しか使われてないのに8月8日に制定されている!?だったらはっ(8)こ(5)うで8月5日でも良いじゃねぇか……!!それにこっちは、洋食の日!?由来は"ハヤシライスのハヤが88となるから"……?!何故だ、一体どうしてだ!!別にハヤ(8)シ(4)で8月4日でも良いし、なんならハヤシライスってどっちかと言えば日本人の名前してんのになんで洋食代表みたいな顔してんだ!!!洋食ならむしろ洋(4)食(4)で4月4日のほうが妥当だろうにッ!!!」


 留音るねはその怒りから壁に拳を打ち付けた。自分がこれまで8月8日の記念日の多さに気づかなかったことへの無力感に苛まれてのことである。


「みんな、すまない。あたしは少し家を空ける。こんな無法を放ってはおけない。もう8月8日さんに負担はかけられない。一般社団法人日本記念日協会に行ってなんとか8月8日の解放を試みる……!」


 強い決意を胸にした留音るねの言葉に、真凛まりんはぼんやりと困惑を浮かべてその場にいた全員に問いかける。


「あのぅ、これは応援したほうがいいんですかぁ?意味がわからないんですけどぅ」


 その意見はもっともだった。だが西香さいかは至って真面目な表情で留音るねを肯定する。


「わたくし、わたくし以外が孝行される日なんて許せませんので、とりあえず親孝行の日とおばあちゃんの日が消えることをお祈りしていますわ」


 そうして留音るねは2019年8月8日、解放者となったのだ。

 

「でもどうやって解放するんですかぁ?」


 出発を前にした留音るねに、真凛まりんは興味12%くらいの感じで尋ねる。


「あたしにも考えはあるさ……ほら、8という数字を見てみろ、ゼロが2つくっついているように見えるだろ?つまりゼロ4つ……8月8日はゼロしか無い、虚無の日となるのさ……虚無の日には何もかも存在しない。これで実質、8月8日の記念日は意味をなさなくなる。これがあたしの……8月8日解放への道だ!!!」


 こうして一般社団法人日本記念日協会に向かった留音るねにより、新たな記念日"虚無の日"が登録されるのだった。だが留音るねは気づいていない。その虚無の日ですら、8という数字に因んだものであるということを。


 運命とはかくも残酷であれるのか。彼女の行った解放の意味とは。8月8日はまだ解放されていない。


 8という数字の便利さに、人は抗うことは出来ないのか。

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