鉄。恋。解。

阿刀田夜長

鉄。恋。解。

翠玉エメラルド色の髪をした美しい女がいた。


彼女は孤児院の子どもたちの面倒を見る仕事をしている。

表情に乏しく無愛想だが彼女が優しいことを子どもたちは知っている。

だから子どもたちは彼女のことが好きだった。


しかし孤児院は経営の危機に陥っていた。資金不足だ。

この問題を解決するため彼女は日々奔走するも芳しい成果は得られていない。


そんな折に国を挙げての大規模なレースが行われることを知る。

優勝賞金があれば孤児院の現状を打開できる。彼女は出場を決める。


まずは地元の代表として予選を勝ち抜く。公式レース出場記録なし。無名の女。

お祭りの空気に便乗したその他多くの一般人のうち1人としか思われていなかった彼女はしかし外見からは想像できない健脚で予選優勝してしまった。


その日の帰り道、彼女は妙な演説を行う集団を目にする。


「我々は自動人形に職を奪われている。人間の生活に自動人形がもたらしたものは恩恵ではない。全ての自動人形は廃棄されるべきである。」


それを聞いた彼女の表情はやはり読めない。彼女はそれを横目に孤児院に戻る。


数日後。レース本戦が始まる。彼女も走る。

しかし、しばらく走った先で何者かの襲撃を受ける。明確に彼女を狙った襲撃。

彼女はやはり変わらない表情のまま胸元から銃を取り出し冷静沈着に敵を始末していく。


彼女の正体を明かそう。


もともとは反社会組織に造られた制圧兵器だった。銃やナイフの扱いに長けており外見からは想像できぬ身体能力、装甲性能を有している。

しかし何かしらの要因により組織は壊滅。騒ぎの中で彼女は回収されることなく棄て置かれてしまう。


どれほどの時が過ぎたのか。そのうち偶然によって彼女を拾った男がいた。

彼は孤児院の院長だった。おだやかで笑顔の絶えない男。

しかし彼は高齢だった。やがて亡くなった彼の後を継ぎ彼女は孤児院を経営し続けていたのだ。


話を戻そう。


敵勢力を一掃した彼女はその正体を探る。

襲ってきたのは自律できない下級の自動人形たちだった。つまり黒幕は別にいる。

黒幕に繋がる道筋は分かりやすく残されていた。端末に記録映像と地図データがあった。

下級の自動人形ごときでは太刀打ちできないことを知っていて送り込んだ。誘い込んでいる。


それでも彼女は行かねばならない。

記録映像に映っていたのは、孤児院の子どもたちが人質に取られている様子だったからだ。


レースを放棄し敵アジトに乗り込んだ彼女を待っていたのは上級の自動人形たち。

下級の自動人形に比べるとはるかに人間らしい外見だがところどころ微妙に人間とは異なる。彼女ほど人間と区別できない自動人形は他にいない。


人質の解放を要求する彼女に対し言い渡された交換条件は、彼女自身がこの組織に加入すること。


この組織は、自動人形廃棄の機運が高まっている人間社会に反旗を翻すレジスタンスだ。

レース予選での健脚ぶりを目撃した彼らは彼女が人間ではないと考えその過去を漁った。

そして制圧兵器という正体を知る。加えて人間たちにはまだ気づかれていない。

これはレジスタンスにとって喉から手が出るほど欲しい人材だ。


「お前だって正体が露見すれば人間社会での居場所は失せるだろう。手を組むべきだ。」


予選の日の帰りに耳にした演説。あれは珍しいものではない。レジスタンスの懸念が的外れではない証左だ。

此度のレース開催も、自動人形を含む多様な鉄と蒸気の力にまみれたこの国で人間自身の力を見つめ直そうといった趣旨から始まっている。


表情の変わらない彼女の返答は……銃弾だった。


かつて、恋をした。

老い先短い人間の男に。

彼の守りたかったものを守る。

それが彼女の演算装置がとうの昔に弾き出した答え。


妨害によりレースの優勝は逃したが、子どもたちを救った彼女は名誉市民として迎え入れられた。

表彰台でのスピーチ――彼女は表情には乏しいが演算装置により対象と定めた人間の喜ぶ言葉を選び抜けるため弁舌に優れる。――に感動したパトロンによって孤児院の資金難は半永久的に解決したのであった。


めでたしめでたし。

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鉄。恋。解。 阿刀田夜長 @muscleism

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