第14話 夢の中で 受け取ったもの
「僕たちの持つ力、その本質について考えたことはあるかい?」
声が聞こえてきた。
聞き覚えのない声だ。
でもその声の主を知っているような気がする。
落ち着かない気持ちで周囲を見渡してみると、そこは畳が敷き詰められた四畳半の和室だったことに気が付いた。
僕が小さな頃住んでいた家、初めて与えられた部屋だ。
「本質というにはまだ分かっていないことの方が多過ぎるんだけどね。『発現」についてのメカニズムや、罹ってしまう人の関連性について、これも実はあるようでないというのが正解なんだよ。ただ無理に型に当てはめてしまうと柔軟な思考は出来なくなってしまうからね。ここは言葉選びを慎重に……あぁすまない、いきなりこんな話は難しいよな。ではまずは力を使う際の前提条件について考えて行こうか。必ず僕たちは力を使う際に、対象物に『触れて』おかなくてはいけないよね。これはどんな力を有するものでも覆すことは出来ない事だね。まぁ例外は彼女の『コーリング』だけなんだけど、話がややこしくなってしまうからここでは除外しておこう。さて、話を戻そう。つまり僕らの力とは『触れる』こと。対象物と『繋がり』が発生しないと発動しない。つまり他人との関わりなしには生きていく事の出来ない人間と同じで、僕たちの与えられた力というモノは、力を使う者とその対象、複数以上が揃って初めて成り立つと僕は推測しているんだ」
男は僕の正面に座しながら言葉を続けていく。
髪は短くまとめられ、紺の卸したてのような新品同然のスーツ。
そして白のシャツに朱色のネクタイが爽やかな印象を与えていた。
ただ一つ、彼の顔が分からない。
いや、見えないのだ。
正面に座しているはずなのに、男の顔だけが何かに覆われているように靄がかっている。
まぁきっとこれは夢なのだから、それくらいは水に流しておこう。
しかしこの男の言葉、聞いていて頭が痛くなってきた。
うん。そもそも説明はすごく下手なのだろう。回りくどいというか、無駄な説明が多過ぎる。
でも男の声は本当にどこか聞いたことがあるのだ。
何時も聞いているような、そんなおかしな感覚。言語化することは出来ないんだけど、言い表す言葉があるのなら、それは一つだった。
「懐かしい。今の君の表情を見ていると、そんな気持ちになるよ」
不意に男の口から、今まさに僕が考えていた言葉が紡がれる。
一体なんなんなのだろう。この男は言った僕に何を告げようとしているのか。
「力って……『発現』したから得られるものじゃないんですか」
「あぁ。確かにね。それが最初の入り口というものさ」
「貴方が言っているのって、その先の話ですよね?」
彼の言葉を自分なりに噛み砕きつつ、一つ一つ確認していく。
僕が問う度にコロコロと表情を変えていく男はその表情とは裏腹に、決して適当に答えたりはしなかった。
少しずつではあるが、好感が持ててきた。
「そう。君の力に置き換えて考えてみるといい。自分の望みが体現しているんだ、すごく分かりやすいはずだよ」
彼の言う通り、自分の事に置き換えてみればすごく簡単に理解することが出来た。
でも、そうであるならば大きな疑問が一つ残ってしまう。
これは、本当に聞いていいものなのだろうか。
座した畳をゆっくり撫でながら、答えを見付けられないでいた。
それは僕自身の事ではなく、大事な……とても大事な相棒の事だったから。
「力の意味を理解するということはね……」
不意に男は立ち上がった。
その口上は講義をするどこかの偉い教授のようだったが、全く似合わない。それに声を出して笑いながら、男を見遣る。
彼の瞳に慈しみ深い色が滲んだ。
何でだろう。本来なら怒っても然るべき状況なのに……初めて会ったはずなのに、そんな瞳をするなんて。
本当に、初対面なのにずっと以前から一緒にいたような錯覚すら覚えてしまう。
咳払い一つ、男は言葉を続ける。
「他人の力を理解することは、その人の願望を理解するということ……つまり、その人の思いの根幹を知ることになるのではないだろうか」
願望……それを聞くと益々分からなくなっていく。
彼女の力にあるのは、ただ『繋がる』だけ。
繋がって、呼びよせて、ただそれだけなのだ。
「よく……分からないや」
「本当に? 実はもう鍵となるモノは君の中にあるのではないかと、僕は思うんだがね」
僕の中にあるものを、ズバリと男は言い当てる。
心の内を見透かされているのではないかと思えるほどに、彼は僕が言わずに置いている事を言い放っていくのだ。
「さっきも言ったけど、僕らがそれぞれ持つ力はね……その力を理解する事で、その人が持つ望みを知る事が出来る標識のようなモノなんだよ」
彼の言う通りならば、彼女の……真白ちゃんの力は僕たちとは違う。
全く特異のモノになってしまうのではないか?
「じゃぁ、本当に『繋がる』だけの力ってこと?」
「あぁ。そうなるね。でも彼女のその思いはあまりに強い。それこそ、僕たちが力を行使する前提条件を無視してしまうほどに」
淡々と言葉にしながら、また彼は物悲しそうな表情を見せた。
「君は彼女の孤独を知ってあげなさい。繋がることしか出来ない。思いを伝播することしか出来ない彼女の孤独を。傍で守ると覚悟しているのなら、それは避けては通れないもののはずだよ」
黙りこくる僕を居た堪れなくなったのか、男は部屋を仕切る障子に手をかける。
庭と室内を隔てる戸が開け放たれると、流れ込んでくるのは緩やかな風。
懐かしい。
じいちゃんと庭を見ていた時に良く感じていた風だ。
それを感じるとすごく目頭が熱くなった。
きっとこれが本当はもう感じることが出来ないものだと知っているから。
「そう。君の願望こそが鍵なんだ。君の真摯な思いが力として現れているように、彼女に対しても自らの思いをまず伝えなさい。それでこそ『貫き通す者』と呼べるんじゃないのかな」
次の瞬間、何かが畳を叩いたような、何かが落ちたような音が部屋に響いた。
「……おかしいね。あまりに懐かしかったからだろうか。いい大人が、すごく不甲斐ないよね」
男の足元に水滴が零れ落ちる。
そう。男は涙を流していた。僕と同じように、この風景を懐かしみながら。
それを目にしてハッキリ分かった。男が一体何者なのかを。しかしそれならば、何故彼は今僕の前に現れたのか。
今僕の夢に現れて、一体何を伝えようと言うのか。
「ねぇ。聞いていいですか」
「あ、あぁ……どうぞ。何でも聞いてくれ」
「じゃぁ、最後に一つだけ……」
「うん。僕の答えられるものなら、何でも答えるよ」
「貴方は……」
これを聞いて、もし意図しない言葉が返ってきたらどうするのか。
落胆してしまうのではないのか。聞かない方がいいのではないのか。
ただそれでも、僕は信じている。
彼から返ってくる言葉が、同じであると信じているから。
「……貴方は、歩き続けて、幸せになりましたか?」
その問いかけの答えが、ずっと繋がっていると信じているから。
「あぁ。僕が持っているモノは……全ては君のためにある」
ようやく、その顔がハッキリと見えてきた。
目尻に涙を溜めて、あまりに情けない表情をしている。
しかし浮かべた笑顔は、きっと……今彼が出来る最高の笑顔だった。
「だから、安心して……僕になれ」
「ありがとう……本当に……」
だから僕も返す、浮かべることの出来る最高の笑顔で。
「またな。僕」
それは約束の言葉。
僕が夢の中で語った。そして今、譲り受けた。
僕を繋ぐ大事な、大事な言葉だ。
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