第12話 衝撃と鮮血
「……あ」
ガツンという衝撃。
真っ直ぐに立っていたはずなのに、瞬きの間に僕は頬を地面に叩きつけていた。
じわじわと背中痛みが広がっていく。
どうした? 何があった? 誰が、誰がやった?
混乱する頭は多くの疑問を自分の中に浮かび上がらせていく。しかしその疑問に答えを出すことが出来ない。
痛みが、背中に叩きつけられた痛みが思考を鈍らせているのだ。
「な……に?」
「何じゃないだろうが! 誰に近付こうとしてる!」
頭上、刺々しい声を浴びせかけられる。
目だけを動かして、声の主を探す。
いやらしい笑顔を浮かべ、声の主はそこにいた。
太い腕。巨大な体躯、何かスポーツをしていたのだろうか。一見するだけで、恵まれた体格を射している事が見て取れた。そして手に握られているのは正確には分からないが、長い何か。
眼光鋭く僕を睨みつける瞳は、最早頭が狂っているとしか思えないほどの狂気を秘めた色を湛えていた。
「もて、ぎ……し、げお」
あぁ。そうだった。僕は真白ちゃんを追いかるために故郷に帰ってきたわけではなかった。
僕の頭上には、資料に描かれていた男の姿。
そうだ。この人を、不幸にも『発現』してしまったこの人を止めに来たのだ。
「ま……しろ、ちゃ……」
足掻く。力の入らない手に力を籠めて彼女に近付こうと這いずっていこうとすると、
「だから近付くなって、いってんだろうがぁ!」
脇腹に鋭い痛みが走る。蹴りあげられた。
「――ガッ!」
痛みで全身が弛緩していく。
ダメだ。これではダメだと頭の中で警笛が鳴り続けている。今自分が置かれている状況を理解しないといけないのに、完全に頭が追い付かない。
動かない頭を必死に動かして仰向けになり、再び男を見る。
男は足を上げ今度は脇腹ではなく、腹部の中心を踏みつけようと足を振り上げていた。
視界に入っているのに、それを僕は避けることが出来ない。避ける力が出てこないのだ。
「――ッ!」
喉が熱い。こみ上げてきた胃液が喉を焼きつけていく。
その違和感と共に、同時にようやく思考が整理されていった。
圧倒的に男が優勢。
不意打ちを受けて突っ伏している僕が、体格的に勝っている男に力で勝つことなんて誰が見ても無理だ。
でも、僕にはあるではないか。それを覆すモノを、僕は持っているではないか。
「……おぃ、木偶の坊」
「あ? ガキがなんて言った?」
挑発。わざと挑発するように、枯れた声で僕は呟く。
「その、ガキ一人に不意打ちかよ……ダサ過ぎだよ」
ワナワナと男が震えているのが分かった。
一瞬、容赦なく僕を痛め付けていた男の動きに隙が生まれる。
昨日もそうだったが、こいつらはどんな言葉でも真正面から受け止めてしまう。だから動きも鈍るし、ムラが多い。
痛みに悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、男から離れ起き上がる。
息が苦しい。肺に空気を送り続ける度に、胃液で焼かれた喉に激痛が走った。しかしその痛みが自分を確かに回復させているのだと実感させた。
「だ、から……ガキも取り逃がすんですよ」
腹部に受けた痛みはかなりの物で、身体を丸めながらでないと立つこともままならなかった。
しかし目にだけは殺気を滾らせ男に、茂木重雄という男に向けてそう言い放つ。
見れば見るほどに、彼は恵まれた体躯をしている。
そんな人が、まさか自分を抑えつけることが出来ないだなんて……やはり見た目で人を判断することは出来ない。
「お前がぁ、あの子に近付こうとするのが悪いんだろぉが!」
しかし初対面の女の子をそんなに守ろうとするなんて、フェミニストを通り越して、ただの変態だろうと心の中で悪態をつく。
「いや、僕とあの子は知り合いなんですけど……というかアンタが誰なんですかって事なんですけど」
再度、茂木に挑発の言葉を投げかける。
僕から動く力はもうない。動いてしまったが最後、全てが半端になってしまうのだと頭が理解していたのだ。
「俺は守ってるんだよぉ! 俺が彼女を守ってやるんだよぉ!」
うわ言のように彼は吐き出し、一気に僕との距離を詰めようと大股に手に持った長モノを振り上げる。
待っていた。
茂木が動いてくれるのを待っていたのだ。
「お前は――――――!」
彼が振るう得物を最小限のステップで左に避ける。
的は大きい。
「……ッシ!」
ボクサーのように左腕で顔をガードし、一歩力強く踏み込み右拳を、彼の腹部へ向けて突き出す。
ボクシングのストレート。
長さんに教えてもらった拳闘の基本を、僕は繰り出す。
「ーーウッ!」
しかし僕の考えと裏腹に、踏み込んだ足に力は入っていなかった。必然的に打ち出した拳の軌道はずれ、茂木の太股へと逸れていく。
でも、それでもこの機会を逃してしまっては、男に対抗することはもう出来ない。
拳が当たる。まるで砂袋を殴ってしまうような感覚。
そこに穿つ。穴を穿つのだ。
僕にはそれが出来る力を持っている。出来るんだ。
「ぐおっ!」
茂木の呻き声とカランという音。そして生温い感触が手にこびり付いて来る。
夜の黒に染まり、色を確認することは出来ないが、この温い液体は明らかに彼の流した赤々とした血液なのだろう。
これできっと、彼は痛みに震えて膝をついてくれるはずだ。
今まで相対した人たちと同様に、茂木自身もそうなると確信していたのだ。
彼の怒号が響くまでは。
「何……するんだぁぁぁ!」
僕の耳に彼の声が届いた次の瞬間、巨大な体躯から繰り出された左フックが僕の頬に見舞われた。
頬を火傷でもしてしまったのだろうか。焼けつくような衝撃を受けた直後、僕は再び公園の地面の上に横たわり、土で身体を汚していた。
今までに感じたことのない衝撃。
揺れた。これが、脳が揺れたってことなのだろうか。
「……ぇ。こ、れ」
思考が纏まらない。
確かに、力は働いたはずなのに。
確かに、男は痛がったはずなのに。
「小細工しやがって! 鬱陶しいんだよ、ガキ!」
罵声と共に男は走り寄り、寝転がっている僕を踏みつけてくる。
プロレスのストンピングのように何度も、何度も体中を踏みつけられる。
一発目、あまりの痛みに声にならなかった。
しかし二発目、三発目と衝撃を感じるのに、痛みがドンドン薄れていく。
いや、単純に僕の痛みを感じる感覚がバカに成り始めているだけだ。
ダメだ。これでは壊れていってしまう。
痛みを感じなくなって、ついには何にも興味が潰えてしまう。
「……ッ……ぐぁ」
踏みつけられながら身体を動かす。致命傷にならないように、急所を守るために。
「もう止めとけって! もう動くなって!」
男の声に狂喜の色が滲み始めていた。
真白ちゃんを守るだなんて妄言はもう茂木の口からは聞かれず、ただ僕を痛め付けたいという欲求だけがその身体を動かし続けていた。
そんなことにも気づく事の出来ない男に……こんな奴に、真白ちゃんを任せて良いものか。いや、任せられるわけがない。
「ホント……お前には任せられないよ、木偶の坊」
不意に言葉が口から零れた。頭で考えていた、決して言わないでおこうと思っていた言葉が。
「何がバカだって!」
激昴して茂木がより力強く、僕を踏みつけようと足を上げる。
「何で……」
悲鳴にも似た声。
「やめて! やめて下さいっ!」
茂木の腰元に飛びつく小さな影が見えた。
真白ちゃん。真白ちゃんのか細い腕だ。
でも何でだ。
踊り出せば何も目に入らないはずの彼女が男の行為を止めようとしているのだが、僕には彼女が踊ることやめてまで、間に割って入った事が信じられなかった。
「待ってろ、すぐ終わるから! あと一発で!」
彼女の制止も聞かず、彼は行為をやめない。
何故だろう。消えかけていた痛みが蘇ってきた。
きっと、彼女の顔を見たから。泣いている彼女を見たからだ。
「待ってください! お願い、ですから!」
「こっちが待てと……言っているだろうが!」
彼女がまた声を上げる。
その声を聞いて苛立ちを隠せなかったのか。茂木の視線が僕から真白ちゃんへと移り、彼の分厚い手が彼女の頬を打った。
キャッと短く悲鳴を上げながら倒れこむ。彼女は初めて感じるような痛みに耐えられないからだろうか。頬を押さえたまま、彼女はその場にへたり込んでしまった。
プツン。
頭の中で、何かが弾け飛ぶ音がした。
僕はいくらでも殴られても良い。
僕自身も、男に危害を加えることを辞さないつもりだったから。だから血を吐こうが骨を折られてしまおうが気に留めない。
でも彼女にだけは、真白ちゃんにだけはダメだ。
それは冒してはならない、禁忌のようなものだ。この踊る少女を傷つけてしまうということは、誰にも許すことは出来ない。それを目の前で行われては、僕がずっと抑止していた感情が、一気に溢れだしてしまう。
「なにを……なにを、してんだ! アンタは!」
目を見開き、落ちてくる足を受け止める。
ずしりと重い男の足首は片手で掴むことの出来ないほどに太い。手を離し防ぐことを諦めてしまいたい。痛みに耐えればいつかは終わるかも知れない。
でも、それは却下だ。
掴んでいる。この手で僕は、男に触れている。
「何で、傷付けてんだよ!」
手に力を籠め、指先全てで男の足首を穿つ。
「な、なんだ? 熱い……痛いッ!」
ビシャリ。
音をたてながら生温い液体が僕の顔を穢していく。
彼の足首に五か所の穴を穿ったのだ。出血の量も夥しいものになっているはずだ。僕の思惑通り、茂木が呻き声を上げながら数歩僕から離れて蹲っている。
やはりこの不快感がたまらなく嫌いだ。
痛みを感じ蹲る姿を見てしまうのも嫌いだ。
「女の子を、真白ちゃんを傷付けやがって……」
仰向けになっていた身体を無理に起こし、痛みに耐えながら立ち上がる。
身体動かす度、激痛が脳天から足のつま先へと駆け抜けていく。
痛い。
痛い……。
痛い……ッ!
でも、生きている。
その実感が僕を立ち上がらせてくれた。
だからもう少し大丈夫だ。きっとあと一回だけなら。
「アンタに……アンタみたいな人に、真白ちゃんを守る資格……ない!」
もう一度、左手を顔の前に、左拳を顎の横に持っていく。
長さんが教えてくれた、拳闘の構え。僕が知っている戦う術はこれしかない。
だから愚直にこれだけを繰り返す。
「偉そうにすんなよ、ガキ!」
その言葉をきっかけに、最後の力で地面を蹴る。
向かい合い、数歩で拳の距離。最初と同様に上手く懐に入ることが出来れば僕の勝ちのはずだった。
しかし、僕の拳は届かず、ガクンと動きが止められる。
「あ……」
見落としていた。視野が狭まり、僕はそれを見落としていた。
「バーカ。最初から、持ってただろ!」
僕の胸を、棒のような何かが突きあげた。
息が、出来ない。
胸を突かれ、肺が一瞬機能を止めたような錯覚を覚えた。
最初に僕を不意打ちした時に使っていた棒。茂木は立ち上がる際に落としていたそれを掴みあげ、前に突きだしたのだ。
全く予想もしていなかった攻撃に、再び膝をついてしまう。
しかし、それを許してくれるほど茂木は優しくなかった。
「ガァッ!」
乱暴に、彼の手は僕の胸倉を掴みあげる。
腕を上げると、僕の身体が完全に宙を浮いてしまった。何て人間離れした力なのか。
「おい。もうこの辺りで終わりにしようや。母ちゃんの所に帰れよ」
同意を求めるように声をかけられる。
首が閉まり、息も吸えない状況なのに、一体どうやって同意を表せというのか。威圧的で、拒否を認めないその声に、僕は首を横に振ることで答えた。
「まだ抵抗出来たのか? いや~最近の若い子は強いねぇ」
もう僕に何もすることが出来ないと決めつけているのだろう。
茂木は苦しむ僕の顔を見つめていやらしく笑顔を作る。
本当に、本当に気に要らない奴だ。
「うる……さい」
「減らず口を!」
ようやく発した言葉に苛立ちを隠さず、より自身の手に力を加えていく。
彼の力が強くなるのに比例して、徐々に意識が薄れていく。
「やめて、ください。離してあげてください!」
甲高い叫び声が響く。
視界はぼやけていて顔はハッキリ分からないけど、これは真白ちゃんの声だ。
彼の足元に縋り付きながら、必死にこれ以上僕を傷付けないようにと懇願している。
僕、なんてみっともないんだ。
守りたいと思っていた女の子を、こんなにも泣かせてしまっている。
今はただ、視界が良好でないことだけが彼女の泣き顔を見れないことが、僕にとっての救いだった。そうでないと、きっと気が狂ってしまうはずだから。
「あらら~女の子泣かせちゃったよ。悪い子だねぇ」
しかし真白ちゃんの行動は彼を喜ばせるだけのモノだった。
彼女の顔よりも、彼の顔の方が近いからだろうか。最悪なことにぼやけていた視界でも、茂木の表情がハッキリ分かるのだ。
いやらしく歪んでいた顔がより歪みを見せ、僕の事をあざ笑っていた。
一瞬、彼の手の力が和らぐ。油断、している。
おそらくこれを逃せばもうチャンスはない。
「そっくり、そのまま返すよ、木偶の坊が!」
だらんと投げ出していた手を握り、拳を作る。
胸元を掴む彼の手に拳を見舞い同時に力を使えば、きっとこの状態からは抜け出せるはずだ。
そして真白ちゃんの手を取って逃げだす。
ここまでのシナリオを用意し、最後の力を籠め、拳を打ちだす。
パンと乾いた音をたてながら拳は彼の手の甲に辺り、痛みに耐える表情を作っていた。
「……え?」
赤い飛沫が飛ぶことはおろか、何も起こることはなかった。
「嘘だ……使えない」
溢れ出るはずの赤は現れない。
ただただ乾いた音だけをくっきりと音を成し、そして消えていった。
「まだそんなこと出来たんだ、な!」
「……ッ!」
突如身体が浮遊感を覚えた。いや、違う。茂木に投げ飛ばされたのだ。
どれくらい放られたのか、背中にはジンジンと鈍い痛みを感じていた。
しかしこれは僥倖だ。今まで掴みあげられていたせいで十分に呼吸が出来なかったのだ。
「……グッ! はぁ! はぁ!」
痛みに耐えながら荒い呼吸で酸素を貪ると、視界と思考は少しだけ正常に戻すことが出来た。
もう一度茂木の方を見る。
多少なりとも効果があったのだろうか。痛そうに手の甲をさすりながらこちらに歩いて来る。
「そうだぁ……あ、思い出したよぉ」
少し遠い位置からの一言。
ニタリ。
身の毛も弥立つような笑みで茂木はこちらを見据える。
「面白い事があったんだよ」
足音をたてる茂木は、クルクルと手首をまわしている。
「アイツの腕……」
彼の言葉の意味、行動の意味を、僕はすぐに理解する事が出来た。
「アイツの腕、折畳んだみたいにペシャンってさ……」
そう。資料にもあった。
この男に襲われた人の腕の骨は『重機に踏みつぶされた』ような粉々になっていた。もしそれが大袈裟な話ではなく、事実であるとするならば、この茂木という人物は目覚めている事になるのだ。
「ペシャンコになったんだよぉ! こんな風になぁ!」
怒号を上げながらに左の二の腕を強引に押さえ付けられる。まるで全体重がそこに集まったかのような重みが感じられた瞬間、その衝撃はやってきた。
「ーーああああぁぁぁぁ!」
そう。単純に『重い』のだ。
彼の『手に触れられた部分だけ』がどうしようもなく重い。
それは力を使用する最低条件の全てを満たしていたのだ。
ゴキリ
「ーーーーッ! あああああ!」
そんなチープな音を起てて、激痛が左腕に走る。
今まで実感した事のある痛みの中で、最も鮮烈な痛み。
バチバチと火花が飛ぶように、痛みと後悔の洪水に自分の頭の中が埋め尽くされていく。
「ありゃ? まだちゃんと骨の形あるじゃん。さっきはもっと上手にペシャンコに出来たのに」
ポツリとそんな子供のような感想を漏らす。
その自分勝手な物言いに、 少しずつではあるが、冷静な考えを取り戻せていた。
「……力、使えてる、のか?」
否。使えていはいない。ただ偶然に茂木の無意識が力を発動させたに過ぎない。しかし彼がその事実に気付いてしまえば、どうなるかは火を見るより明らかだ。
「なら、なんで、受け入れられてないんだよ」
そう。そして自らの力に少しでも気付く事が出来ているのならば、理性は充分に働いているはずなのだ。そうであるにも関わらず、彼の所作はあまりに倫理からかけ離れたものばかりだった。残念なことに、そこまで状況を冷静に分析出来るようになっても、これ以上対抗する術が思い浮かばない。
それにあまりの疲れで声を発することも出来ないのだ。
おそらくあの時、手の甲に拳を見舞ったタイミングこそが、僕が自分の手だけで逆転できる最後のチャンスだったのだろうと思う。
何故力が使えなかったのか。今そんなことを考えるのは意味がない。
でもそのことを、自分の力を、いや自分自身を呪わずにはいられなかった。
大事な時に使えないなんて……ただのガラクタじゃないか。
しかし今の言葉は最後通告。次で最後にするつもりなのだろう
男は僕の真横に立ち、幾度目になるか足を上げ踏みつける体勢を作った。ただ今までと違ったのは、狙いが胴の部分ではなく頭部だということ。
痛め付けることが目的ではなく、それ以上を目的に変えてしまったことを意味していた。
きっと、次の一撃で僕の殺すことも辞さないはずなのだ。
「一生、おやすみなさい、だ!」
想像も出来ない痛みを覚悟して、顔を顰める。
しかし何の衝撃も僕に襲いかかることはなかった。
状況を理解できず、閉じていた目を恐る恐る開けていく。
「……なんで、なんで止めるかなぁ」
そこには先と同様、彼の腰元に抱きつく真白ちゃんの姿。
全くこっちに注意が向いているうちに逃げてくれればよかったのに。
でも傷付く人を放っておけない。大事な誰かを見捨てることが出来ない。
そんな風に思ってしまうのが僕の大事に思っている、僕の大事な女の子だ。
「お願い! もうやめてください!」
涙を浮かべて彼女が再度懇願する。
そう願う声は少し擦れて聞こえた。
縋りつく指が土で汚れていた。ところどころ擦り傷があるところを見ると、転びながらも彼を止めてくれたのだろう。
それが少し嬉しくて、やっぱり情けなかった。
「何でさーコイツと離れたかったから俺を呼んだんでしょ。そう聞こえてたよ、俺には」
「違う! 私は、私はただ踊っていたいだけなの!」
男が僕に背を向ける。男は呆れた風に溜息をつきながら彼女にそう答えていた。
「踊るのが好きなだけなの! それだけなの……それ以外何にもないのに」
「そっか。じゃぁ今度から俺のためだけに踊ってよ」
「……」
「へぇ、答えないんだ……じゃぁコイツ、殺しちゃおうか」
男の言葉に僕はドキリとした。
肩口を踏みつけられながら何も出来ない自分に不甲斐なさを感じ、男を睨みつける。しかしその視線など眼中になく、男はただ真白ちゃんの泣き顔だけをなめ回すように見つめていた。
「やめて! お願いします。だから……」
深く、もう一度深く真白ちゃんは頭を地面につけて懇願した。
もう止めてくれ。逃げてほしい。
簡単なその言葉が声にならないことがあまりに歯がゆい。
「カナタくんを、もう傷付けないで!」
声が公園に響き、そして消えていった。
男は返答もせず、ジッと真白ちゃんを見つめている。
何かブツブツとつぶやきながら、ブルブルと身体を震わせていた。
そう。男にしてみれば、守っていたはずの女の子からの拒絶されたことに加え、しかも悪者だと思っていた僕を傷付けるなと言われる始末。
怒りが爆発してしまうのも、無理はないのかもしれない。
「……ッ!」
次の瞬間、彼の手は真白ちゃんの首へと伸び、白い首をしっかりと掴みあげていた。
「あぁ。ホントに……折角守ってやろうと思ったのに」
茂木が手を振り上げる。
拳を握り、今にも彼女目掛けて振り下ろさんとしている。
「や……めろ」
ようやく声を出せるくらいに回復した。
とにかく今は彼を止めなくてはいけない。必死に手を伸ばす。
だが最早遅かった。
「――お前、もういらないよ!」
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