33. 天使の寝顔、迫る妹
「……今何時だ?」
薬を飲んでから睡魔に負けてしまった俺が再び目を覚ますと、部屋に差し込む日差しが赤みを帯び始めていた。この時期の日没時間から考えればおおよその検討はつくが、技術の進歩によって今はすぐに時間を確認できる。枕元に置いてあるスマホへと手を伸ばしたところで、己の身体が軽いことに気が付いた。薬のおかげで体調はかなり回復しているらしく、思えば寝覚めもすっきりしていて気分がいい。
はっきりした思考で己の体調を分析していた俺は、ここで初めて室内にある他の人間の気配を察知した。
可愛らしい寝息によって。
「スースー」
「っ!?」
音のした方向へと振り向き、即座に逆方向へと顔をそむけてしまった。
(……ど、どうしてふみちゃんが? 午後からシフト入ってたはずなのに)
バクバクとうるさい鼓動を抑えつつ、クリアになっている思考を巡らせる。
(……落ち着け、俺。目の前に天使の寝顔があったくらいで動揺するんじゃない!)
フローリングに座り、ベッドの端で伏せる格好になっているふみちゃんの横には看病を続けていてくれたと思われる痕跡が残っている。これはつまり、家の手伝いよりも俺のことを優先してくれたということではなかろうか?
まあそれは自意識過剰であったとしても、理由はともかく午後からも看ていてくれたことに変わりはない。改めて時刻を確認すると 16 時前。ずいぶん長い間寝ていたことになる。
「あれ、メッセージ?」
スマホの通知欄に、見かける回数の少ない珍しいアイコンがあった。
「えっと、桜井先生か」
朝休むことを伝えたので、その返信だろうと思い内容を確認すると、流石医者の娘と言うべきか、かなり心配してくれていることが分かった。返信時刻はだいたい四時間前。つまり昼頃だが、朝一の連絡に対する返事としてはやはり遅い。
『すみません、今起きました
もう大丈夫そうなので、明日には研究室いけると思います』←
「これでよし。さて、この状況をどうするか……」
気持ちよさそうに眠っているところを起こすのも気が引けるが、かといってずっとこのままというのも精神衛生的によろしくない。俺だって年頃の男なのだから、ふみちゃんのような魅力的な女性と二人きりで、しかも無防備に寝ているという現状はマズいのである。
「……」
身体の方向を変え、改めて優しい天使の寝顔を見つめてしまう。美しく白い肌や寝息を立てる薄紅の唇に触れてみたいという邪念を抑えつつも、なお視線が離せない。新しく買った服なのだろうか、バイト中には見たことのない服を着ている。夏服らしく生地が薄いし、肌の露出もそれなりにあるため普段のふみちゃんとのギャップを感じた。
「まあここで何もできないところが如何にも童貞らしいよな」
ビビりで結構。相手の気持ちを確認せずに気安く肌へと触れることはしたくないし、犯罪者にもなりたくない。
「……とはいっても、昨日着ぐるみごし、かつ事故だけど触れてるんだよなぁ」
あのときの感触を思い出すと色々とマズいので、ここはひとまず深呼吸だ。
いつもはしない甘くて良い匂いがするな……。よし、落ち着いた。
ともかく、最適解は分からないものの起きてもらった方がいいことは確実だ。
「ふみちゃん?」
「……スー」
そっと呼びかけたが、反応はない。どうしたものか。
「娘が男のところからずっと帰ってこないとか、家族も心配するよな……」
ふみちゃんはきっと家族に事情を伝えてここにいるはずだ。まだ夕方とはいえ、今の状況が続いて夜になれば誤解は避けられない。勝手に触れるのは申し訳ないと思いながら、俺は慎重に触れる場所を選んでその華奢な身体を揺らした。
「おーい、ふみちゃん?」
肩に手を置き、加減をしながら起こす努力をしていると眠り姫が目覚めの兆しを発する。
「……う、うーん」
頭を上げ、目をこすりながら俺の方を向くふみちゃんは可愛らしい寝惚け眼だ。起きてくれたことにホッとして声を掛けようと口を開きかけ、どこかいつもと雰囲気の異なる天使の様子に気が付いた。
「あれ? ゆいとくんがいる……? あ、ゆめかぁ……」
「えっと、夢じゃないよ?」
かなりふんわりとした表情で夢うつつなふみちゃんも可愛いのだが、完全に寝惚けていらっしゃる。こういう状況は経験がないため、どうするべきか分からない。
視線を釘づけにされながら悩んでいると、ふわふわな天使はとんでもないことを言い出した。
「そんなわけないよー。それよりわたしねむたいから、となりでねていい?」
「……へっ!?」
「……ゆめだしだいじょーぶ、だいじょうーぶ」
そう言いながらゆっくりと身体を起こし、俺の座るベッドに入ってこようとしてくる。
「ちょ、大丈夫じゃないって!ふみちゃんっ!?」
理性では止めなければならないと分かっているのだが、ここで無理やり突き離せるほどの度胸も持っていない。動揺しているうちに、寝惚け姫は俺の隣に寝ころんでいた。それほど広いベッドではないこともあり、密着する形になってしまう。
いろいろとヤバい。柔らかい感触とか、良い匂いとか、すべてが本能と理性の戦いにおいて、片側に加勢しまくっている。
「……あ、ダメだこれ」
俺の選択肢は逃避。戦いそのものを無に帰すため、思考と意識をシャットダウンする。無意識のうちに選んだこの選択肢がどのような未来を作り出すのかを、俺はまだ知らない。
―――――――――――――――――――――
時をさかのぼり、結人が目覚めて体調不良を自覚した頃。
(なんかお兄ちゃんが体調崩してる気がする!)
朝練を終えて着替えていた芽衣は謎の第六感のようなもので兄の異常を察知していた。
「でもこれで学校サボったら怒られるだろうし、もし間違ってたら変な妹って思われるかも……」
ただ、本人もまだ冷静であった。あくまで直感的に思ったことであるため学校を休むことなどできず、本人も呟いたように誤りであった場合を考えると連絡することもはばかられる。
「部活休んでお兄ちゃんの部屋に突入するしかないよね!」
とはいえ、このまま確かめないという選択肢を彼女が選ぶはずもなく、結論はすぐに出たようだ。
「今日はバイトも入ってなかったし、研究室も入ったばかりだからまだ早く終わるらしいから……」
部屋にいないのであればいい、という考えを芽衣は持っていない。会って話すことを最低条件とし、なおかつアポなしというドッキリ要素も加えてスケジュールを練る。
「あと、学校が終わる時間とお兄ちゃんのところまでのアクセスを考えると……六時くらいかな?」
思わぬハプニングで結人が意識を手放したのは午後四時頃。
タイムリミットはそこまで迫り、カウントダウンに入ろうとしている。
寝惚けた天使はそんな状況を露ほども知らず今が夢であると思い込み、気絶した思い人に抱き着いてスヤスヤと眠るのだった。
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