C.A.T~新東京都騒乱記~

三八式物書機

第1話 C.A.T

 今より、そう遠くない未来。

 亜細亜で端を発した大恐慌は世界中をどん底に陥れた。

 秩序は崩壊し、世界中に暴力の嵐が吹き荒れる。

 戦争、内戦、虐殺が世界中に起こり、僅か5年の間に戦乱以外にも飢えや疫病まで蔓延した結果、世界の人口は最盛期から3分の1にまで減ったと言われる。

 すでに国際機関の多くも機能を停止してしまっている為に、実際にどのぐらいまで人が減ったかも解らない事態となっていた。

 世界を包む戦乱に日本も巻き込まれていた。専守防衛を貫いていたが、次々と襲い掛かる暴力の中で、多くの国民が散っていった。

 その結果、日本の人口は6千万人弱にまで減少して、国家機能を維持する事さえ困難な状況に陥った。

 幸いにも周辺国家も同様に大幅に人口を低下させて、ほぼ、無政府状態になった為に侵略などは鎮静化した。

 日本は高度な科学力と工業力を駆使して、エネルギー問題などの諸問題を解決して、何とか国家機能の維持に努めた。

 人工知能やアンドロイドなどの機械化などを推し進めていったが、それでも減少した労働人口を補う事はコスト面なども含めて難しく、特に国防、警察、行政機能などの面で顕著になっていた。その結果、日本政府は危機的状況を乗り切る為に新たな決断を行った。


 新東京都


 そこはかつて、さいたま市と呼ばれた街だ。

 本来の東京都は第三次世界大戦時に核兵器による飽和攻撃を受けた結果、中心地に巨大なクレーターを残して、消滅した。

 現在、東京二十三区は放射線量も高く、一般人の立ち入りは厳しく制限される場所になってしまった。数十年は都市としての再興は不可能だろうと判断されている。

 首都を失った政府は緊急的避難として、さいたま市に政治の中枢を移転させた。戦時緊急対策ではあったが、結果として、戦後もさいたま市が首都となり、名称も変更される事になった。

 街は数年で急激に変化する事になった。都市としては地方中枢都市程度の規模だったさいたま市に次々と政府機能が詰め込まれ、更に経済が発展を始めると同時に次々と高層ビルが経ち並ぶ。街は急速に発展するが、それは既存の街並を遺跡のように残したまま、デタラメに行なわれた。やがて、モザイク模様のように街は歪に発展を遂げた。それはまるで現代の迷宮のようだった。


 新東京都を守るために政府は埼玉県警を解体して、壊滅した東京の警視庁を移設する形で新たに警視庁が設置された。旧埼玉県警の建物を建て直し、機能を強化した新たな警視庁本庁舎。それに連なるように建てられているのが職員用官舎である。

 職員用官舎は簡素な造りで部屋数も多くは無い。職員が生活する部屋も個室は少なく、多くは4人以上の多人数部屋となっている。共用スペースは食堂やトレーニング室などがある。その中の一室、主に休息などを取る為にソファやテレビが置かれた場所では常に数人の職員が休憩を取っている。

 その中にソファに寝そべって、板状端末機でゲームをしている金髪少女が居る。見た目の年齢で言えば15歳前後と言ったところだろうか。ただし、その頭には黒と白の猫耳がピョコピョコと動いている。そして、小さなお尻に細長いシッポがユラユラとしていた。それは決して作り物では無い事は一目瞭然だった。

 「こら!タマ。また、ゲームをして遊んでいるのか?」

 突然の怒鳴り声に驚いた少女は耳とシッポをピーンと立てた。慌てて、ソファから降りて、直立不動の姿勢を取る。その前には妙齢の女性警察官が立っている。黒髪を腰まで垂らした美女だが、金髪少女と同様に黒い猫耳とシッポを持っている。彼女は少女の直属の上官である。

 「班長!タ、タマ巡査長は・・・い、今は休憩時間にゃ!」

 少女は慌てて、班長に告げる。それを聞いた班長は笑いながら答える。

 「わかっているよ。最近、情報管理部の方から、官舎からゲームサイトへのアクセスが多いと言われてね。規律がどうとか、言っていたから、説教しておくと答えたばかりだ」

 彼女は笑いながら答える。それを聞いて憤慨するタマ。

 「そんなの酷いにゃ!これまで奪われたら、何も楽しみがないにゃ!」

 「わかっている。だが、あまり遊んでばかり居るなよ。最近は不法入国者がまた、増えている。大阪の方じゃ、テロが相次いでいるそうだからな」

 班長の言葉に胸を撫で下ろすタマは「はいにゃ!」と元気良く返事をした。


 人間のように見えるが頭の上の猫耳とお尻から出たシッポ。彼女達は明らかに人間では無かった。彼女達はヒューマアニマルと呼ばれる存在である。

 猫や犬などの家畜的動物を主体にして、人間の遺伝子と掛け合わせた人工的な生物だ。彼女達は概ね人間と同様の肉体を持つが、猫耳など、動物的特長も持っている。人間か動物かと問われると、人間と言いたくなる程の姿だったが、政府はそれをあくまでも動物だと決めた。だが、知能指数も含めて、彼女達は人間と同様だ。とても一般的な動物では無い。それを動物だとしたのは、生命倫理を回避するためだ。

 現状において、日本政府は人間を人工的に造り出すことを禁じている。だが、家畜に関しては食料生産を向上させるために許可している。そこに合わせる為の処置だった。

 限りなく人間に近い生物な為に、ヒューマアニマルは機械のアンドロイドに比べても汎用性が高く、それでいて、コストは10分の1以下だ。はっきり言えば、これを使わないわけにはいかなかった。ただし、ヒューマアニマルの生産技術は国家機密として、製造と使用に関しても厳しく制限されて、公的機関のみでの運用と決められた。


 タマはまだ、3歳の若い個体である。

 ヒューマアニマルは概ね15歳前後が寿命となっている。実はこの寿命には理由がある。彼女達は遺伝子操作によって生まれる生物なので、寿命も人間並にまで伸ばす事が可能なはずだった。だが、ヒューマアニマルが盗まれて悪用された場合や人間が彼女達を管理が出来ない事態に陥った時のセーフティだと言われている。

 ソファで遊んでいたタマは知らない内に眠ってしまっていた。やがて、時間が過ぎて、ハッと目を覚ます。そして、周囲を見渡す。そこには誰一匹として同僚の姿が無かった。タマは慌てて、腕時計を見る。その時間に顔を青くした。すぐにソファから飛び上がり、駆け出した。


 警視庁テロ対策局。

 通称CAT。

 警視庁独自に運用している対テロに関する専門部署である。CATは警視総監直轄の機関であり、テロに限って、捜査権まで有する部署である。これはかつてのSATとSITを足したような組織を作ることで合理的かつ機能的にテロに対処する為に設けられた。

 CATの一部署である作戦課がタマの所属する部署である。作戦課は人間の課長が管理している。実際の指揮はヒューマアニマルの課長補佐が執る。彼女が率いる指揮本部があり、その下に三つの小隊、小隊の下には三つの班がぶら下がっている。それが対テロの実動部隊である。


 タマはミーティングルームの扉をこっそりと開く。そこには同僚達が整列をしている。タマはコソコソとその列に並ぼうとした。

 「タマ!お前はまた、遅刻かっ!」

 「は、はいにゃ!」

 突然の怒鳴り声にタマは背筋を伸ばして、驚く。

 「お前って奴は!その場でスクワット100回だ」

 「ひゃ、100回って、酷いにゃー!」

 タマは怒鳴り声の主である課長補佐のムサシに口答えをした。それを聞いた瞬間、ムサシの美しい顔に殺気が露わになる。それを見たタマは顔を真っ青にした。

 「五月蝿い。早くやれ!この馬鹿猫がっ」

 怒鳴られて、飛び上がったタマはすぐにスクワットを始めた。それを横目にムサシはミーティングを続けた。

 「今日は、先月、退官した二匹の補充を紹介する。ライナ巡査とスズ巡査だ」

 一匹は白に少し銀色の挿し色が入った猫耳の少女ともう一匹は茶色の猫耳に虎柄の尻尾を持つ少女だった。

 「ライナ巡査にゃ!職種は狙撃手になりますにゃ!」

 語尾の「にゃ」などの語尾は幼少期のヒューマアニマルには良くある事だ。猫語と呼ばれる物だが、これは成長するにつれて、出なくなる。ただし、全体の1割のヒューマアニマルには残ってしまうと言われている。実務に問題はほぼ、無いので、原因究明などはされていない。

 「スズ巡査にゃん。職種は銃手になりますにゃん。よろしくにゃん」

 スズは丁寧に頭を下げる。ムサシは二匹に挨拶をさせてから、話をする。

 「ライナは第2小隊の狙撃班のエリザベス巡査部長。スズは第1小隊第1班のタマ巡査長に指導係を一任する。しっかり指導するように」

 それを聞いたタマが突然、声を上げる。

 「い、いやにゃ!何で、自分が指導係にゃ!もっと、経験のある猫は幾らでも居るにゃ!そんな面倒なのは嫌にゃ!」

 「クロ、馬鹿猫を黙らせろ」

 ムサシの言葉にタマの上官で班長のクロがタマの後から首を締め上げる。一瞬にして、タマは気絶して静かになった。それから、少しムサシから話しがあった後、ミーティングは解散となった。

 クロによって気絶から回復したタマは改めて、クロからスズの指導係を命じられる。

 「タマ先輩、よろしくにゃん!」

 スズはタマに深々とお辞儀をする。目の前でお辞儀されて、タマも諦めた。

 「わかったにゃ。よろしくにゃ」


 CATの最高責任者である部長の東田頼政警視正は大阪で起きた大規模な暴動に神経を尖らせていた。

 暴動はCATの管轄では無い。暴動を鎮圧するのは主に警備部の機動隊の管轄であり、その中で傷害事件や盗難などの事件捜査は刑事部の管轄になる。だが、不法難民が主体となる暴動などには必ず、テロリストの影がある。その為に全国の対テロ組織も捜査に協力する体制が取られている。

 東田にとって、大阪の暴動は遥か遠くの街での出来事だと笑ってはいられない。大阪程では無いが、この新東京都にも多くのスラム街が存在して、そこに多くの不法入国者が入り込んでいることが確認されている。彼等がいつ、暴動を起してもおかしく無い。

 東田の前に調査課の課長である倉田警部が立つ。

 「それで、現状はどうですか?」

 東田の質問に倉田は資料を眺めながら答える。

 「現在、テロ容疑で指名手配されている者で、新東京に入った可能性のある人物のリストを作成しました。ただし、あくまでもタレ込みが主で、確実性の無いモノです」

 倉田は東田に資料を渡す。

 「そうか・・・結構、居るな・・・それよりも監視システムの整備を早くして欲しいもんだ。穴が多過ぎて、不法難民も犯罪者も出入りが自由だ」

 東田は愚痴る。急激に発展した新東京は監視態勢の整備が不十分で、都内に出入りする一般人の把握が困難だった。

 「それで・・・こいつらの所在把握はこちらでやるのか?」

 東田が尋ねると倉田は困惑した表情を見せる。

 「刑事部も凶悪犯の対応だけでも苦労しているようで、協力はするが、出来ればこちらでお願いしたいと・・・」

 「それは、困ったな。こっちも数が少ないと言うのに・・・わかった。調査を続けてくれ」

 東田はリストを見ながら、自分の任期中はテロが起きないでくれと心で願った。


 二週間前 大阪難波

 難波は大阪の中心だった場所だ。しかし、ここも東京と同様に核攻撃を受けて、大きなクレーターが開いた。建物のほとんどは崩落して、焼け野原と化した。行政どころか、大阪府警も壊滅して、何も無い場所になった。だが、避難をしていた人々はいち早く、この場所に戻ってきた。放射能汚染なども気にする事無く、彼等は大阪へと住み着き、街を復興させようとした。それはあまりにも粗雑で、デタラメだった。元の大阪の形は何処にも無く、歪な街がそこに生まれた。

 大阪が復興をしていく中で、当然ながら、政府はすぐに行政の復活を行う為に大阪を政府直轄として、知事を総務省の官僚から出向させる形で配置した。彼はすぐに行政機能と警察機能の回復を行った。

 デタラメに復興を遂げる大阪に秩序を回復させる為に警察官などの公務員が投入される。だが、僅かな間とは言え、一般市民だけで復興をしてきた人々にとっては秩序の強制と税金の徴収を求める行政に対して強い不満を抱いていた。

 彼等は行政に対する不満を当初は口にするだけだったが、やがて、それはデモという形になり、すぐに暴動などの過激な活動へとなっていった。一般市民が過激化する中で、多くの犯罪者や不法入国者がこの街に潜むようになった。治安の悪化に伴い、大阪は雑多な街から不穏な街へと変化していく。あらゆる犯罪がここでは当たり前のように横行していた。そんな大阪の事を大阪魔窟と呼ばれることとなった。


 ヤンもその魔窟に住む一人だった。

 細身の男だが、その身体は鍛え抜かれた鋼のようだった。頭も短く刈り込まれた感じで、鋭い眼光で周囲を見ている。誰もが彼を只者じゃないと言う。

 彼は第三次世界大戦をとある大国で特殊部隊の指揮官として過ごした。彼の指揮する部隊は多くの敵を血祭りに上げて、多くの戦果を挙げた。その結果として、彼自身も多くの勲章を手に入れた。英雄として、崇められた存在だった彼が不法難民になった理由は一つだった。

 大戦末期。

 日本が自衛の為に大陸に部隊を派遣した。自衛隊は最新鋭の兵器によって、古びた装備で戦い続ける大陸の軍隊を軽々と蹴散らした。圧倒的な戦力差で、大陸の軍隊は次第に勢力を弱らせていった。

 ヤンはそんな地獄のような戦場を生き抜いた。休む間も無く戦い続け、部下のほとんどが死んでいった。部隊が全滅しても彼は戦い続けた。兵士を集め、幾度も敵に挑んだ。だが、それでも彼の国は滅んだ。滅んだ理由は様々だが、彼には関係の無い事だった。軍を失った彼はとにかく家族の居る街へと戻る為に必死だった。だが、そこに彼の帰りを待つ、家族の姿は無かった。ヤンはすぐに家族の消息を調べた。すると、彼の家族は半年前に自衛隊の無人攻撃機による無差別絨毯爆撃があったそうだ。その時に家族の住む家も破壊されて、皆、死んだそうだ。

 ヤンはそれを聞いた瞬間、怒り狂った。そして復讐を誓った。再び銃を手に、立ち上がったヤンではあったが、その頃には自衛隊は大陸から撤退を始めていた。日本が大陸の支配を求める事は無かった。彼等の目的は大陸の敵性国家を壊滅させ、核弾頭、化学兵器、またはICBMなど、日本の脅威となる物を破壊し尽くして、取り除く事だった。その目標を達した時、日本が大陸に部隊を派遣する理由は無くなったわけだった。ヤンは復讐する相手を失い、呆然とした。しかし、それでも彼の復讐の想いは消えず、彼は日本へと密入国を果たしたのだった。


 「ヤンさん、マッポ(警察官)が不法入国者の一斉摘発を始めた!」

 ヤンの部下が叫びながら飛び込んできた。

 「ちっ・・・この間の爆弾が効いたのか?奴等、本気だな」

 ヤンはそう笑って答える。

 「さぁ、知らないけど、多分、そうじゃない?それよりどうする?次々とパクられているよ。このままじゃ、この辺も危ない」

 ヤンの部下は相当に焦っている。

 「さすがにここは棄てた方が良いみたいだな」

 ヤンは立ち上がる。部屋の片隅にある棚から拳銃を取り出した。それを上着のポケットに突っ込む。

 「さて・・・それでは、名残り惜しいがね」

 ヤンがそう言うと、部下の一人が立ち上がる。

 「大阪を脱出までは俺が案内するよ」

 「助かる」

 ヤンは彼に従って、根城にしていた雑居ビルから飛び出た。無秩序に復興された大阪の街は路地が歪に入り組んでいる。ヤン達はその迷路のような路地を駆け抜けていく。サイレンの音が彼方此方から鳴り響いている。怒声と悲鳴が入り交じる。

 ヒューマアニマルの警察官は警棒を片手に片っ端から住民を捕まえていく。この街は不法難民と犯罪者ばかりだ。目につく奴を捕まえれば、大抵、何かしらの罪を犯している。それだけにこの街では皆、一致団結して、警察の好き勝手をやらせないようにしていた。だが、それが警察との対立を生んでいた。

 警察官による一方的な逮捕が続く中、逃げ回る住民達から怒号が上がり、警察官に抵抗をする者が次々と現れる。逃亡や抵抗する者が現れるようになると、警察も力ずくで逮捕をしていこうとする。やがて、住民達は石や物を警察に投げるなどの暴力行為へと発展し、暴動へと発展をしていく。そして、銃声が街中に鳴り響いた。警察官が倒れる。それに対して、警察官も催涙ガス弾を撃ち込む。街は阿鼻叫喚へと変わり、暴動は過激化していく。火炎瓶が投げ込まれ、炎が上がる。


 「ヤンさん、こっちだ」

 仲間の先導でヤンはとにかく走った。銃声は激しさを増すばかりだ。ヤンは久しぶりに戦場の空気を感じた。まるで地獄の縁に立ったような気分に彼はニヤリと口角を上げて笑う。その悪魔のような表情を見る者は居ない。

 「止まれ!」

 突如、声が掛けられる。路地から飛び出したヤン達を警察官達が発見した。彼女達はニューナンブM60-Ⅱ型回転拳銃を構える。だが、それよりも早く、ヤンが手にした56式自動拳銃を撃った。

 ニッケルメッキの安っぽい銀色に輝くスライドが鋭く後退し、排出された空薬莢が宙を舞う。至近距離で撃ち込まれた5.56ミリトカレフ弾が警察官の防弾チョッキを貫いて、その体を傷付けた。ヤンは手慣れた様子で拳銃を連射させ、出会した3人の警察官を撃った。彼女達は発砲する事なく、ヤンの前に倒れた。

 「さぁ、行くぞ」

 ヤンは拳銃を手にしたまま、その場から走り去った。

 この日、警察は31匹のヒューマアニマルが犠牲になるも千人近い不法入国者などを逮捕した。その中にヤンの姿は無かった。大阪府警は引き続き、テロ容疑者の確保を最優先に捜査を進める事を発表した。


 警視庁にも大阪府警からテロ容疑者の逃亡についての警告が送られていた。その為、警視庁もパトロールと捜査にかなりの人員が割かれている。特にCATにはその役割上、期待がされていた。

 タマはパトロールに出る為に装備を整える。日本の警察官は防刃ベストを着用する事になっているが、CATは防弾ベストを着用する。無論、防刃効果もあるために、防刃ベストのみに比べると少し重くなる。

 厚みのある防弾ベストを着用する為にホルスターなどは腰に装着すると、拳銃が抜き辛くなる為に突入時に用いるレッグホルスターを太股に装着する。左足の太股には突入時だと予備マガジンが装着されるが、パトロール時には伸縮式特殊警棒と催涙ガスが着用される。そして、帽子を被る。危険地区に入る場合は防弾ヘルメットを被る場合もあるが、それらの装備はパトカーのトランクに搭載されている。


 タマはスズの仕度が終ると、二匹で駐車場へと向かう。警視庁の所有するパトカーは本部に併設された立体駐車場にて保管されている。

 国産セダン車をベースに改造されたパトカーを前にする。タマはカード型の電子キーを手にして、スズに声を掛ける。

 「運転は後輩のする仕事にゃ」

 「はいにゃん」

 「じゃあ、運転を頼むにゃ」

 タマはスズに鍵を渡す。スズは運転席に乗り込んだ。タマは助手席に乗り込む。

 自動運転が普及した日本ではパトカーも自動運転対応だった。スズはすぐにカードキーを挿し込む。すると、センターコンソロールにあるカーナビが起動する。

 「車輌ナンバーC117号車。運転者スズ。同乗者タマと確認。パトロールルートの読み込みを行ないます」

 パトロールの経路は地域課の方で管理され、そのデータは全てのパトカーに事前にセットされ、それに従って、全てのパトカーは行動する事が義務付けられている。

 「あとは自動運転に任せれば良いにゃ。ただし、何かあれば、すぐにマニュアルに切り替えて、行動するから、常にハンドルに手を置いておくにゃ」

 タマに言われて、スズはハンドルに手を置いた。

 「スズにゃ。パトロールは学校で教育を受けたはずにゃ。でも、実際はあんな風では無いにゃ。これから現場を見せながら指導するから、しっかりと指示に従うにゃ」

 「はいにゃん」

 スズはそう返事してから、スタートボタンを押した。

 「自動運転を開始します」

 カーナビがそう返事をすると、モーターがブブブとコンバーターの音を立て、ゆっくりとパトカーが走り出した。パトカーはインプットされたルートに従って、街中を走る。タマはその間もスズに車からどのように外を見るかを指導する。

 「スズは学校から出て、まだ、街を見たことが無いと思うにゃ。資料の画像よりも実際は違うにゃ。大抵は普通の街並だけど、その中から犯罪に繋がりそうな怪しい所を探し出すにゃ。他とは違う動きとかしている奴を見つけ出すにゃ」

 タマの指導をスズは素直に聞いて、車窓からの景色を眺めた。

 ヒューマアニマルは成長が早く、生後3ヶ月には言葉や計算など、一通りの事が出来る。そこからさらに人間で言えば高校生レベルまでの学習を6ヶ月で詰め込む。残りの9ヶ月で個体の特性や現場からの要望に備えて、専門職種に分けられ、技術が叩き込まれる。その為、現場に配備されるまでは彼女達は外へ出た事は無い。空は高い塀に囲まれたグラウンドの空だけだった。スズは初めての人間界の景色に興奮していた。

 新東京の街並は次々と建てられた新しい高層ビルが林立する中央部から少し、離れただけで、その雰囲気は大きく変わる。開発が進んだ場所と、いつまでも変わらない場所。そして、廃れた場所。そこは俗にスラム街と呼ばれる場所だった。古びた建物にはいかがわしい看板が掛けられ、違法な増改築が行なわれたと見られる建物が道幅を狭め、汚らしさを露呈させていた。だが、そんな場所にも人々は生活をしており、放置されたゴミ袋がいつまでも悪臭を放っていた。

 「スズにゃ。アレがスラム街にゃ。糞溜めにゃ。あそこに居るのはロクデナシばかりにゃ。どいつを捕まえても、犯罪者か不法入国者だから、問題が無いにゃ。捕まえても、捕まえても、キリが無いにゃ」

 そう言いながら、タマはホルスターのカバーを外す。拳銃の脱落防止の為のカバーだが、咄嗟に抜くには邪魔になるために臨戦態勢の時はカバーのロックを外すことになっている。

 「タマにゃ、臨戦態勢にゃ。いつでも車を停められるようにしておくにゃ」

 パトロールカーは自動的に速度を落としていく。スラム街のパトロールは治安の為に重要なことだった。タマは汚臭が漂うようなスラム街を眺めながら、スズに言う。すぐ目の前にスラム街がある。

 「これがスラム街にゃ」

 タマの言葉に、スズが興味津々でスラム街を眺める。ここが都市で問題になるスラム街だ。貧民、不法入国者、犯罪者。社会の底辺を生きる者達が集まる場所だった。

 「ここは最下層なのにゃ。ここに居るろくでなし共はいつも争いごとをしているにゃ。どうしようも無い連中にゃ」

 その言葉にスズは疑問を感じた。

 「スラム街は一掃出来ないのかにゃん?」

 スズの質問にタマは呆れたように答える。

 「無駄にゃ。ここを一掃しても奴等は別の場所に巣食う。それはどんどん地下へと潜り込み、闇が深くなるだけにゃ。ここで奴等が溜まっているだけでも我々には有利にゃ。だから、一掃する事はせずにその中から凶悪犯やテロリストを探し出すにゃ」

 タマはわかったような顔で言う。スズも解ったような顔で返事をする。

 パトカーがスラム街の路地をゆっくりと走っていると、一発の銃声が鳴り響いた。即座にスズがパトカーを停車させる。タマは9ミリ自動拳銃を抜いて、外に飛び出た。

 「銃声は何処にゃ!」

 「あっちの方角だと思いますにゃん」

 車から降りたスズが指差す。

 「わかったにゃ。すぐに本部に連絡を入れるにゃ」

 タマに言われて、スズはすぐに無線機で連絡をする。

 「こちらCAT117号車にゃん。D地区11番で銃声を確認にゃん」

 「こちら本部。了解。普145号車が同地区8番で乱闘事件を確認、以後、不通。確認されたし。以上」

 「了解にゃん」

 無線連絡を終えたスズも拳銃を抜いて、タマの後ろに着く。

 「ここは危険にゃ。周囲をしっかり見て、動くにゃ」

 「はいにゃん」

 二匹は互いにカバーしつつ、路地を進んだ。その先には一台のパトカーがあった。

 「パトカーを発見にゃ。中を確認するにゃ」

 タマはパトカーに近付く。パトカーのフロントガラスには弾痕があった。中を確認するが、そこに警察官の姿は無かった。

 「誰も居ないにゃ。付近に警察官の姿は?」

 「タマ先輩にゃん。あそこに一匹、倒れているにゃん」

 パトカーから50メートル程度、離れた場所に警察官が倒れていた。

 「動かないにゃ。こちらCAT117号車。警察官を一匹、発見。動きなしにゃ」

 「本部、了解。応援を送る」

 タマはゆっくりと倒れた警察官に近付く。倒れた警察官は見る限り、腕と胸、額に一発を受けている。呼び掛けるが、反応は無い。確認はしてないが、すでに死亡しているだろう。その為、タマは救護活動をしないと判断した。

 「こいつの相棒が居るはずだがにゃ・・・」

 タマは更に周囲を見渡す。通常、警察官は二人一組で行動する。もう一人が何処かに居るはずだった。

 「奥に行ったんじゃないかにゃん?」

 スズは路地の奥を見る。

 「これ以上は危険にゃ。応援が到着するまで待機にゃ」

 奥に進もうとするスズをタマは止める。

 「なんでにゃん?犯人を逃がすにゃん」

 「馬鹿にゃ?相手の数は不明。ここはさっきも言った通り、危険な連中の溜まり場にゃ。下手に入り込めば、包囲されるにゃ。焦って、死地に飛び込むのはボンクラのやることにゃ。ここは待機。用意が出来るまで進んじゃダメにゃ」

 タマに説得され、逸るスズは何とか落ち着く。

 数分後

 サイレンの音がいくつも聞こえてきた。パトカーが路地へと次々と入ってきて、警察官が次々と回転式拳銃や防弾盾を手に、駆け寄ってきた。

 「現場確保、ご苦労様です」

 駆けつけた警察官がタマにそう告げる。

 「こちらこそ、ご苦労様ですにゃ。後はお願いしますにゃ」

 「引継ぎます」

 警察官達はすぐに奥へと捜索の為に入っていく。

もう一人の警察官は路地の奥で射殺されていたのが発見される。それはタマ達がパトカーまで戻るまでの事だった。タマ達はパトカーに乗り込み。パトロールの続きを行なう。

 パトカーの中で、スズは悔しそうにしていた。

 「何で、悔しそうにしているにゃ?」

 心配になったタマが彼女に尋ねる。

 「タマ先輩は同じ警察官が殺されて、悔しくないにゃん?」

 スズはタマに食って掛かる。

 「悔しくない・・・と言われたら、嘘になるにゃ。でも、こんな事は毎日、起きているにゃ。死なないまでも、負傷をする事など、日常茶飯事にゃ。どうせ、ヒューマアニマルは消耗品にゃ。上も犯罪者共もそう思っているから、被害は減らないにゃ。だから、あんまり思い詰めると体に毒にゃ」

 タマは冷静な口調でスズを諭す。スズは納得したわけじゃないが、黙った。そのまま、二匹はパトロールの続きを終えて、本部へと戻る。拳銃は安全の為、この時点で武器管理室に預ける事になっている。署内では銃を持てる者は極少数に限られている。

 本部に戻り、装備を外した二匹はすぐに訓練の為に突入用の装備を着用する。突入用装備となると、防弾ヘルメットに予備弾倉用のポーチなどを装備する。そして、訓練施設へと向かう。すでに班毎に分かれての訓練は行なわれていた。

 タマが所属するのは第1小隊第1班。班長はクロ。シロ、ナナ、タマ、スズという構成となる。クロは真っ黒な耳とシッポを持つ7歳の妙齢な美女であり、シロは真っ白な耳とシッポを持つ、6歳の少々、子どもっぽさが残る。ナナは茶色と灰色が混じったような虎柄の耳とシッポを持つ5歳。彼女達に率いられてタマとスズが居る。

 「パトロールが終ってすぐに訓練なんて厳しいにゃ」

 タマはグズグズと愚痴を言う。

 「黙って、銃の整備ぐらいしろ」

 クロはタマに怒鳴る。


 タマ達の目の前には銃がズラリと並んでいる。それらはこれから班で使う銃器である。

 まずはこの銃を分解して、掃除、組立をやる事が訓練となる。実際は武器管理室にて、これらは済ませられているが、隊員として、これらのスキルは持っていないといけないからだ。

 タマはグズグズ言いながらも、9ミリ機関拳銃と9ミリ自動拳銃を分解、掃除、組立までをスムーズに行なう。一方、スズはまだ、慣れないのか、時間が掛かる。

 彼女達が使う銃は元々、自衛隊が使用する為に国産された物だ。これは第三次世界大戦を経て、世界的に物流が難しい時代となり、外国からの輸入調達が難しくなっている為だ。

 銃の整備を終えて、タマとスズは班の訓練に加わった。クロは彼女達を前にして、訓練内容を説明する。

 「今日は屋内への突入を徹底的に訓練する。特にスズは学校の授業しか知らないからな。この班での動きを徹底的に叩き込むから覚悟しろ」

 「はいにゃん」

 説明を終えた5匹はCQBの訓練施設に向かう。


 体育館の中に巨大迷路のようなブースがある。それは中にある壁を自由に設置が出来る構造になっていた。天井は無く、上から隊員達の動きを観察する事も出来るになっている。

 「スズは私の後。タマは殿。この順番でいく。まずは突入経路の確認をする」

 スズ以外はいつも通りと言った感じに手際良く、ブースの中へと突入してゆく。クロはスズに突入時の動きを指示しながら、一つ、一つをゆっくりと進めていった。

 彼女達の突入時の隊列は先頭にナナ。彼女は元来、気性が荒い。乱暴者と言っても過言じゃない。腕力もあるだけじゃなく、俊敏性など、運動神経全般が高い。

 彼女の突入は荒々しく。鋭かった。だが、それは無闇に突っ込むのではない。ちゃんと先の状況を把握しながら、動く。それは頭で考えると言うより、感性で動いていると言う感じだ。CATが突入する時は圧倒的に不利な状態である。その為、先頭を進む隊員の能力は作戦の成否に大きく左右する。ナナはその点においては最も適した隊員だと言えるだろう。

 そして、ナナをバックアップするのが二番手のシロの役割だ。彼女は班長のクロのバックアップでもあり、班の中では二番目のキャリアを持つ。常に冷静沈着で、前に進み過ぎるナナを抑える役目も持っている。その後ろに班長のクロが続く。彼女は隊列の真ん中で指揮を執る。その後ろに続くのがスズ、タマと続く。タマは殿を務める。殿は最後尾を歩くため、常に後方を警戒しないといけないので、かなり重要な場所である。

 全員が銃を構えながら慎重に進む。コンパネで囲まれた通路を進む。今回の訓練では敵を意味する的などは設置されていない。だが、常に敵が何処に居るかわからないという前提で、全員が動く。その為、動きはとても慎重だった。

 タマ達はこのような訓練以外にも、射撃、近接格闘技などの訓練を行う。あとは個人的に筋力トレーニングなどを行なうように定められており、彼女達は基本的に休日も無しに訓練を行なう。彼女達が休めるのは病気の時ぐらいだった。

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