歌集 白詰草

月雨新

背高草

分け入れば あの日と同じ ちび小僧 今はどこかの 背高せいたかの空地



朝黄金あさこがね 昼を知らずに 夕更地ゆうさらち 収穫時期の ドナドナの夜



十六夜いざよいの 月はぎらぎら 照り尽くす この世のすべて 君の街まで



海沿いの 路面電車と 踏切と 切り通る風 涼やかに吹き



思い出の キャンプファイアの その中に 君はいるかな 一人の山野



赴かん 一人寂しく 山村に 聞かねばならぬ 首の重みを



雪予報 はまぐりたちの 箱庭に もはや有り得ぬ 夢のあとさき



4時半の パンザマストが 鳴いている 昨日の荒天 今日の晴れ間に



朝の日で 嘲るように 笑うのは 誰彼もなく ただただ晴天



オレンジを バックに全てが 影になる 半分黒い そのうらおもて



いにしえは 海の境も ないものか 夢と汚濁と ヴェネツィアの朝



撒きたての 土をけずった 雲は晴れ しぶとく強く 立てる若芝



黒いわし 白いわしの下 漕ぐペダル 少しむくれた 君を追いかけ



雨上がり 信号を待つ 君のまえ 不意に半袖 後悔する風



海と陸 魚と僕とは ひとつになれない 会いにゆくなら 土のなかへと



銀世界 カヌー上から みる空に ただディーゼルの 残した煙



彼女らの 過ごした島へ 目を閉じて 馳せる晴天と 赤土の舞う



ふとうつら ざわりとしたのは 風のみに あらずわたしの 長袖の下



雨は過ぎ 畑の支えも 傾ぐなか 太り胡瓜きゅうりの 申しわけなさ



かの月を 誰がおぼろと 呼んだのか 月の天女の 割烹着かな



知るべきか 知らざるべきか ことわりは 駆け抜ける風と 同じ空色

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