真夜中の来訪者

 何かに呼ばれるようにして目を開けた。

 室内にいくつかある窓から外に目を向ければ、青く着色された景色がそこにあり、眠る前にあった太陽はもう沈んでいた。

 上体を起こせば、右腕がいつもよりも動かしにくい。目を向ければ、掛け布団から裸体をのぞかせている少女がそこにはいた。自分とは違う位置、違う形の猫耳へ、陽太は頭を撫でるのと同時に掻くように指を這わせる。

 くすぐったいのか、体をまるめ、小さく声を出したケーミーに、胸の内を撫でられるような愛おしさがこみ上げてくる。思わず抱きしめ、その体の柔らかさを堪能したくなるが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 抗い難い温もりを、どうにか振り払い、部屋の床に両足で立つ。

 周囲を見渡し、ベッドの足元に転がっていた自分の服を着込み、目に付いたケーミーの衣服は畳んで室内にある椅子の上へとおいておく。

 最後にケーミーの頬をさする事で想いを振り切る。


 部屋の外に出ると、窓からは望めなかった月が、天中と西の空にそれぞれ輝いている。

 室内にいた時には気がつかなかったが、西の空は太陽の残照で薄く桃色に染まっていた。

「自分から出てくるとは、良い心がけだ」

 空の色に感傷に浸る間もなく、陽太に声がかけられる。気のせいであれば嬉しいな、と周囲を見渡すが生憎と見える範囲には陽太しかいない。諦めて現実に目を向ける。あの日から、できるだけため息をつく回数を減らそうとは思っているが、今回ばかりはため息が出た。

「出てくるだけでいいんなら喜んで出てきてやるよ。これ以上オレに関わるな。もう帰ってくれ」

「おいおい。この世界に召喚してやったのはどなただと思っている?立場をわきまえて、主人の言うことは聞いた方がいいぞ」

 木陰から、フードを被った人影が現れる。元の世界と同じで、黒幕のてしたというのはどいつもこいつもフードで正体を隠そうとするあたりは変わらないな、と変に感動してしまった。

「それを言うんだったら、この世界で人として生きる道をくれたのはあの英雄だ。あの人には感謝してる。オレは、誰かが間違う。それを償うために誰かが殺される。そんな明日ならいらない。あの英雄みたいに、できるだけみんなには自由に生きて欲しいと思う。それを邪魔するんなら、自分たちの保身のために誰かを犠牲にするんなら、オレはあんたらとは敵対する」

「……はぁ。まったく。言っても無駄だとは思っていましたが、ここまでだとは」

 フードの人物が、精霊を操り始めた。ほのかな緑の光が、フードの周囲で螺旋を描く。

「君が精霊に好かれない体質だと言うのはよくわかっている。結果として、その体が精霊欠乏症の一歩手前だということも。つまり」

「……何を考えてるか知らないが、試してみろよ」

 フードがやや気分を害したのか、それまで綺麗な螺旋だったのもに乱れが生じる。

「だったらお望み通りにしてあげましょう!!」

 フードが右手を突き出す。その動きに連動するようにして、螺旋が勢いを増し陽太の方へと飛んでくる。飛んできて、通り過ぎ、それだけだった。

「なに?」

「あんたらがどの段階の情報をもとにしているのか知らないけど、オレは言ったぞ。英雄が、この世界で人として生きる道をくれたって。もうオレはバーサーク化なんてしない。それがわかったんならさっさと失せろ!!」

「クッ。こんなことが!大人しく従わなかったこと、後悔することとなるぞ!」

 陽太に背を向けて駆け去っていくフードの背中を見送る。完全に見えなくなったところで、陽太は小さく身震いした。すこし冷めてしまった体を温めるため、ケーミーのいるベッドへと陽太は向かうのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る