後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再会するまでのお話

第799話 その1

 黒に鈍く光る檻の中、巨大な鳥かごにも似たその中で、ミランダは息を吐いた。

 彼女が立っていたのは、積み重なった死体で丘のようになった場所。

 膨大な死体の他は、青々と茂った木々。空はとてもきれいな青空で、木々の葉を透かして差し込む光は、あたりを見事に彩った。

 それは彼女が立つ場所も例外ではない。死体が流す血は、空からの光に反射しキラキラと輝き、不気味な美しさをたたえる。

 森の緑と血の赤が、その場所を奇妙に演出していた。

 その場に4人の人間が立っていた。

 ミランダ、ゲオルニクス。そして白いローブ姿の恰幅の良い老人。最後に鮮やかな緑の長髪をし、やや幼さを残した女性。

 彼女たちは勝利者だった。

 それはス・スによって召喚された呪い子達が繰り広げた殺し合いで、呪い子達の多くは正気を失っていた。そのうえ死をも忘れていた。

 全員が強力な呪い子だった。

 狂気に飲まれた呪い子に対し、ミランダたち4人は同盟を組み、勝利した。

 ミランダは青空をじっと見つめる。そして今度こそ本当に全てが終わったのだと悟った。

 それから、いつのまにか呪い子の運命から解放された自分に気がついた。

 足元にある死体の山など気にもとめず、ミランダは大きく息を吸った。

 死体の山に立っていて、服も破れ、ひどい状況にもかかわらず彼女は笑みを浮かべた。

 清々しい気分だった。


「さてと私たちは勝利したのだけれども」


 それから他の3人へ問いかけとも取れる言葉を投げた。


「そうだなぁ。オラ達が必死になってる間にス・スも死んじまったようだ。まぁ、リーダ達がやったんだろなぁ。すげぇなぁ」


 ゲオルニクスが涙声で応じる。


「はてさて、ここはどこだかの」


 続けて白髪の老人が言った。


「ちぇ、暴れ足りね。久しぶりに思いっきり遊べたのに」


 最後に緑髪の女性が甲高い声で答えた。


「ここはアーハガルタの近くよ。西に行けばヨラン王国の港町クイットパース。東に行けば少し離れているけれどもギリアという街がある」


 ミランダが白髪の老人に顔を向け答えた。


「ほうほう、ヨラン王国か。ええ加減、ずいぶんと南に来ちまったようだの。まったく暑くてかなわん」


 白髪の老人が戯けて笑う。


「キャハハ。お前、あんなに火をボーボー吹いておきながら、暑いとか面白ぇーな」


 緑髪の女性がケラケラ笑った。


「それはそれ。これはこれじゃ。そこらへんの木を切って逆召喚の魔道具でも作って、帰るとしようかのぉ」

「なんだ? もうけえんのか?」

「そりゃのぉ。鶏の丸焼きを作っとったんじゃ。とびきり豪勢なやつを。はよ帰らんと冷めちまう」

「鶏? 丸焼き?」

「あぁそうじゃ! 鶏の丸焼き。それから美味い酒。最後の日だから、豪勢に楽しもうと思っとったんじゃ」

「ほうほうへー」


 緑髪の女が目をキラキラさせながら老人へと近づいていく。

 その様子に気を良くした老人は、身振りを大きく料理の素晴らしさをかたる。

 料理は得意だと、1000年を超える探求の末にたどり着いた味であると。それは究極の味だと。


「んで、それがお前がさっきまで居た場所。つまりカジャカ……だっけ? そこにあると?」

「そういうことじゃ」


 老人が自慢げに答えた時だった。

 緑髪の女性を中心に巨大な竜巻が起こった。

 ケラケラと笑う女性を中心とした竜巻は、その場所を埋め尽くしていた死体を吹き飛ばし、周囲の景色を変えたかと思うと縮小した。そして唖然とするミランダの前で、竜巻は白髪の老人を飲み込みブゥンと音を立てる。その後、竜巻は黒い檻の1部を吹き飛ばし、青い空へと消えていった。


「とんでもねぇ。才能だな」


 檻の壊れた部分を見上げ、ゲオルニクスが笑う。


「そうね」


 ミランダはうなずき今起こった現象を分析する。

 あれは魔法ではなかったと彼女は考えた。

 ただただ純粋で強大な魔力を動かしただけ。圧縮した魔力の塊を、凄まじいスピードで動かすことで風を巻き起こし、自分と白髪の老人を投げ飛ばした。

 ミランダは考察を続ける。

 呪い子が如何に強大な力を持っていても、魔力操作は別の話だ。ただ単純に魔力を移動させただけでは、あれほどの現象は起きえない。

 少しだけミランダは自分の手のひらに魔力を集中し動かしてみる。

 どんなに頑張って動かしても、そよ風も起きない。


「きっとあれは誰に習ったものでも無い。教えようもない。自分で考え身に付けたものだ」


 ミランダはつぶやく。

 その発想と実現させる実力。それはとんでもないものだ。

 ゲオルニクスはそれに気づき才能だと感嘆したのだろう。

 コントロールされた竜巻であれば、2人は心配いらない。もともと心配する間柄でもない。知り合って半日も経っていない。

 それにしても世界は広い。自分の想像もつかない形で魔力を行使する存在がいる。


「もっとも知ったことじゃないか」


 ミランダは投げやりに呟いて考察を止めた。


「で、ゲオルニクス、お前はこれからどうするの?」


 それから彼女は気持ちを切り替えて、残った一人へと問いかける。


「オラはまた旅を続けるだよ。ラザローを壊して世界を綺麗にしたいだなァ」

「ラザロー?」

「世界中にあるだよ。人の顔が掘られた柱の形をした魔道具だよ。モルススのクズ共が作ったくだらない魔道具だァ」

「あぁ、あれか」


 各地の遺跡にある物だと、ミランダはすぐに納得する。世界中にある不気味な存在。

 南方では見つけ次第、土に埋めてしまう。

 放置しておけば獣人が病に倒れることが知られているためだ。


「んで、おめぇはどうするんだ? 行くところがあるなら送ってやってもいいだよ」


 ゲオルニクスは足元に目をやりトントンとかかとで地面を叩いた。

 それから言葉を続ける。


「ノームにお願いして、スカポディーロを呼ぶだでよ」


 彼の言葉に反応したように、地面が小さく音を立る。そしてノームが顔を出した。


「それには及ばないわ。私は私のやりたいようにやるから」

「まぁ、それもいいだな。せっかく全てが終わっただ。好きにするといいだァ」


 それから時をおかず巨大なモグラの形をしたゴーレム……スカポディーロがやってきて、ゲオルニクスは乗り込んだ。

 あとにはミランダが一人残った。

 すっかり静かになった森の中で、彼女は自重気味に言う。


「さてと……いい加減、戻るとしようか。私が簒奪した国べアルドへ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る