第775話 舞踏会
「みてみて、リーダ!」
誕生日の当日、朝一でノアがやってきた。
真っ白いドレスに、銀のティアラ、それから杖を手にしたノアは、くるりと一回転した。
「うん。似合う似合う」
「これからね、お出迎えのね、練習をするの」
そう言ってノアはレイネアンナと去って行く。誕生日会の主役といっても、祝われるだけの存在ではない。
当初はサプライズのつもりだった誕生日会は、モードザンルのせいでノアに知られてしまった。ということで方針を変えることになった。
ノアの誕生日を祝うという体で舞踏会をおこなうことになったのだ。つまりは、会場本来の使い方をするということになった。
「ノアは元気だな」
眠い目をこすりながら、部屋に戻る。
のんびり食事をとり、それから支度。ダラダラしたいがそうはいかない。
主要な客人は出迎える必要がある。
それは、公爵家を始めとした有力な貴族、外国の要人、そして魔神との戦いに特別な貢献をした人。
「テストゥネル相談役が来られました。お急ぎください」
支度中に、クワァイツから催促が入る。
テストゥネル様とクローヴィスは、ノアが呼んだのだろう。
あいつらは、いくら外国の要人枠と言ってもしょっちゅう来てるんだから放置でいいだろうと思ったりするが、駄目らしい。
ということで、慌てて支度を終え、舞踏会場の前に広がる庭にて出迎えた。
「ようこそおいで下さいました。テストゥネル相談役に、クローヴィス様。ノアサリーナの誕生日を、偉大なる龍神にお祝いいただき嬉しく思います。ごゆるりと」
しょうがないかと諦めて、サクッと対応する。
それからも次々と人はやってきた。勇者エルシドラスや、魔術師ギルド長などなど。
よく知らない人達を適当に相手するわけにいかず、かしこまった挨拶で対応するはめになった。たまにノアがしていた季節などを絡めた内容の挨拶だ。
ちなみに挨拶のセリフは必死に覚えた。挨拶は考えれば考えるほどたくさん考慮することがあったが、面倒なので3パターンを使いまわしてしのいだ。
『パチパチパチパチ』
挨拶が終わり、舞踏会場に併設された城の離れでのんびりしていると、拍手の音が聞こえてきた。時間は昼を過ぎた頃だ。
ようやく、ノアが舞踏会の開会を宣言したらしい。
『ダーン!』
続けて、ピアノにも似た楽器の音が響く。大音量の音はすぐに小さくなり、耳を澄まさないと聞こえない程になった。
予定通りに舞踏会は始まったわけだ。
後は、適当に顔を出すくらいでいいだろう。
椅子に腰掛けボーッとしてすごす。ああいったイベントは苦手なのだ。
オレとしては、舞踏会が終わってから、あらためて内々でノアの誕生日を祝いたい。
ちょっと大掛かりなイベントになった会場の方角をちらりとみて、そう思った。
「王子、こちらにおられましたか」
のんびりしていると、クワァイツがやってきた。
舞踏会場に顔を出してほしいらしい。
姿を現す必要があることは理解できるので、了承する。天気がいい、散歩でもして過ごしたい。
「舞踏会場じゃなかったのか」
「挨拶に疲れてね、離れで休んでた」
途中、サムソンに出会った。その近くにはピッキー達獣人3人もいる。
サムソンはノアへのサプライズとして飛行島を舞踏会場の側におろそうとしていた。
もっとも降ろすの一部だけ、小さな城を要す飛行島の本体は、上空で偽装の魔法を施し隠している。できるだけノアには驚いてほしいのだ。
「王子」
サムソンと話をしていると、クワァイツから急かされた。
せっかちなもんだ。
「そんなに急がなくても舞踏会はまだまだ続きますよ」
せっかちなクワァイツに笑って答える。予定では、途中でノアが退席し、その後は深夜まで舞踏会は続くはずだ。はじめて聞いたときに、それは本当にノアの誕生日を祝う催しでいいのかと疑問に思った事を覚えている。
「いや。違いますですじゃよ。王子と是非、踊りたいというお嬢様方がですな……」
ところがクワァイツは斜め上の回答をしてきた。
「え? 踊りたい?」
「ぜひ王子と一曲舞いたいと、それはもう列をなすように、ですな」
何をいっているんだ?
列をなすようにって……。
「いやいや、今日はノアの誕生日で、舞踏会ですよ。舞踏会で踊れなんて言われても困りますよ」
舞踏会でオレが踊る事になるなんて、盲点すぎる。欠片ほども想像していなかった。
「リーダ、舞踏会だから踊るんだろ? 何言ってんだ、お前」
困惑するオレのコメントを、サムソンが一蹴する。くそっ、他人事だからと軽く言いやがって。
「フォフォフォ、では参りましょう」
そして、クワァイツの言葉に合わせて、地面が動き出す。
まるで動く歩道だ。
よく見ると、彼が座る鳥かごの中にいるノームがノリノリで手にもったツルハシを回していた。動く地面は土の精霊ノームの仕業らしい。
「では、王に報告してきますですじゃ。王は、それはもう、王子が舞踏会で踊ることを楽しみにしておられますぞ」
クワァイツと別れ、オレは舞踏会場の物陰からそっと中の様子を見る。
オーケストラを彷彿とさせる楽団による重厚な演奏で、皆が会場中央で踊っている。何組か踊る男女の中で、注目を集めているのは、3組。金髪の男……勇者エルシドラスの組、ミズキの組、プレインの組だ。
彼らは人気者らしい。次々と申し出があるらしく、頻繁にパートナーを変えて踊っているようだ。
というか、ミズキにプレイン……あいつら踊れたのか。
同僚たちの特技がうらやましい。
他のやつらは……。
オークの大男に戻ったハロルドは、端っこのテーブルで何やら談笑していた。テーブルにもられた料理から推測すると、食べ物のウンチクでも語っているのだろう。
ノアやレイネアンナは見当たらない。カガミもいないな。
「やっと来たんですね」
こそこそと様子を窺っていると、背後から声をかけられビクッとなった。
ゆっくり振り返ると、声の主はカガミだった。ノアも一緒にいる。
「なんか皆、踊っているんだけど……」
「まぁ、舞踏会ですから。そうそう、皆がリーダの事を待っていますよ」
カガミの言葉に、ノアがコクコクと頷く。
「皆って?」
「ほら、ここから見て……ハロルドのいるテーブルの逆側の……」
オレの横に立ったカガミが一方を指差す。そこには、10人……いや20人は軽く超える集団がいた。
「何人いるの? あれ」
「さぁ。でも、マルグリット様がうまく取りまとめてくださっているので、踊る順番で揉める事は無いと思います」
「マルグリットって、黒騎士の?」
「いえ。あの、スプリキト魔法大学の、生徒会長だった……」
そういえば、そんな人いたな。というか、あの集団の前に立つだけでお腹が痛くなりそうだ。そもそもオレは踊れない。
どうしよう。
少しだけ考えて、神様からもらったハンドベルを使い対処することにした。
『ガランガラン』
ベルを小さく鳴らし、神様に「踊れるようにして」と願う。
ところが。
「ここ最近は信徒が減っていますので、神々を称え、勧誘をしてきてください」
ふざけた交換条件が頭に響く。
「いや、最後に言いますから」
「称えるのが先です」
くそっ、またこのパターンだ。奴ら、足元を見やがる。
自分勝手な神々のわがまま。それどころか、さらに事態は悪化する。
「あっ!」
手に持ったハンドベルを見て、ノアが声をあげた。
「どうしたんだい?」
「あのね、ワウワルフ様にボルカウェン様とか、神官の人達が来てるよ。リーダにお話があるんだって」
「お話?」
「ワウワルフ様が神様のお告げを受けたんだって。リーダがタイウァス様からすっごく大事なお話を聞いたから、ぜひとも教えてもらうべきだって」
なんだと?
一瞬で何のことかを悟る。一般に女神と思われているタイウァスが、実は男神だという件だ。言うのが辛くて先送りにしていた件だ。
まじで来てやがる。舞踏会場の片隅に神官たちを見つけた。このタイミングで、例の件に苦しめられるとは……。
本当にどうしよう。
「ステップごとに足元を光らせるのでアル。ささやかな演出をするのでアル」
「このヌネフ、ふわりとしたそよ風で、ドレスを軽やかに舞わせて見せましょう」
「花の香りを舞踏会場に運んでやるよ」
頭を抱えるオレの背後で、はた迷惑な声が聞こえてくる。見なくもわかる。風の精霊シルフのヌネフに、ウィルオーウィスプ、それからドライアドのモペアだ。いつの間にか精霊達は集合して、オレをダシに過剰演出で遊ぶつもりらしい。
何が演出だ。このクソ精霊どもめ。
踊れないオレに、踊りを求める女性陣。
非難轟々が確実な神官団。
背後で無駄話をささやく精……いや悪霊ども。
どうする?
人生でトップクラスのピンチに、オレはあえいだ。
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