第760話 神々の祈り

 目が覚めて、窓をみやる。清々しい朝。今日も天気がいい。

 そして、今日は早起きしてパパッと支度するつもりだ。さすがに祝賀にはきちんと参加する。

 さっさと万歳三唱して、ギリアの屋敷に戻るのだ。

 そう思い、起き上がると、天蓋から垂れていた布にキラリと控えめに光る文字が浮かんでいた。


「提案の件。皆で検討しました結果、リーダさんが王子の方が……祈り手が増えると判断……提案は、却下とさせて頂きます。ヨラン王子としてのご活躍をお祈り申し上げます。大神タイウァス……だと」


 反射的に読み上げてしまったが、しくじった。口にするとかなりムカつく。あの野郎、ふざけやがって。

 なんてことだ。

 クソッ。どいつもこいつも。というか、神々が祈るな。お前らは祈られる立場だろうが。


『コンコン』


 ロクでもない解答に苛ついていると、部屋にドアをノックする音が響いた。


「リーダ。起きてますかー」


 そして、控えめなノアの声が聞こえた。

 あれ、もう時間なのか。そういや、昨日、時間の事は聞かなかった。

 準備は早朝から行う予定だったのか。


「まだ寝てる?」

「わかんない」

「ウンディーネにお水をかけてもらおうか?」


 扉の向こう側からノアとカガミの会話が聞こえた。カガミのヤツ、なんて事を言うんだ。まるで植物に水を注ぐみたいに言いやがって。


「起きてるよ」


 精霊による容赦の無い攻撃は勘弁願いたいので、すぐさま返事する。

 ここから事態を好転にもちこむ手は思いつかない。

 孤立無援。

 オレはただ怠惰にゴロゴロして過ごしたいだけなのに、それは叶わない。

 仕方ないかと、今日の為に用意した服にササッと着替える。

 用意したと言っても神界でもらった白いスーツだ。これはこれで凄い物らしい。神々のお墨付きということもあって、今日の舞台に相応しいのだとか。


「おはよう、リーダ!」


 部屋から出ると、ノアが笑顔で出迎えてくれた。

 うす青と白を基調とした豪華なドレスをノアは着込んでいた。

 加えて立派な杖を持っている。うっすらと向こうが透けて見える青い棒に金のリングがあしらわれた杖。その先端には海の青を思わせる巨大な宝石と、その両サイドには宝石を支えるように真っ白い翼の装飾が施してあった。


「ノアは準備バッチリなんだね」

「うん。今日はこれでリーダを応援するね」


 頷いたノアは両手で杖を持ってサッと掲げる。

 ノアは凄いやる気だ。

 さすがに、こんなノアに向かって中止の算段を相談できない。


「さっ、リーダもノアちゃんも、移動しましょう。ご飯を食べて……準備しようと思います」

「うん」


 そして長い廊下を歩いて朝食が用意されているという部屋まで歩く。

 今日が楽しみすぎたノアはとても早起きしたらしい。部屋までの道も軽くスキップするように足取りが軽やかだ。

 ノアは本番用のドレスに着替えて、舞台を下見したという。

 朝食後、オレも舞台の下見をする。

 王城に沢山ある庭、会場はその庭を使う。王都から王城へと繋がる巨大な跳ね橋の先、そこに広がる庭に貴族も含めた王都の人々が集まるらしい。

 オレは、その庭を見下ろす立地になる別の庭の端に立って演説する。


「それにしてもドライアドの力は凄いね。民衆が集まる第一の庭は、一夜にして見事に仕上がった」


 案内役のイオタイトが民衆が集まる予定の庭を見下ろし言った。

 なんでもノアが森の精霊ドライアドであるモペアにお願いしたらしい。

 ちなみにノアは、オレとは別行動。ヨラン王と貴賓を出迎える役目をこなしている。


 ――クローヴィスにね、テストゥネル様も呼ぶの。偉い人を一杯お出迎えするの。それから、勇者エルシドラス様が来るんだって。頑張らなきゃ。


 そう言ったノアは気合いを入れて、ヨラン王について行った。


「それにしても、結構段差がありますね。しかも、人が集まる庭が広い」


 イオタイトと並ぶように庭の端へ立って、民衆が集まる予定であるもう一方の庭を見下ろしコメントする。

 綺麗な緑色の芝生が続く庭までの段差は、少なく見積もっても10メートルはある。下の庭をうろつく兵士が小さく見える。そのあたりから考えても、庭はすごい広さだ。球場くらいの広さは確実にある。


「広いといっても、王都の人々を集めるにしては小さすぎる。結構、苦労したらしいよ」

「苦労?」

「誰が、庭に入るかってことさ。貴族だけで埋めるわけにはいかない。手前から、各国の要人、大貴族、貴族……それから大商人、大商人といえども希望者が全員入ることはできず、くじ引きをしたらしいよ」


 あの庭でも、狭いか……。普通に、何千人も入れそうな庭なのにな。


「緊張してきますね」

「いやいや。王子なら楽勝っしょ」


 ヘラヘラと笑いイオタイトが応じる。

 まったく、どいつもこいつも、他人事だと思って。

 そうこうしているうちに、跳ね橋を通り庭へと人が集まりだした。逆に、オレは庭から一旦離れる。一応主役であるオレの出番はまだまだなのだ。

 待っている間に、ノアや同僚に獣人3人、さらにはロンロとレイネアンナに合流し、オレ達は身だしなみを整えた。

 オレは白いスーツの上に、真っ赤なマントを羽織り、金ぴかの王冠を頭に乗せる。王冠は髪にクリップのような金具で留めて、頭から落ちないようにしたものだ。


「コント、王子様って感じだよな」

「なんだろうコスプレ……そんな感じがすると思います。思いません」


 同僚達のコメントが酷い。いずれ復讐してやると心に誓い、溜飲を下げた。


「リーダ。すっごく格好いいよ」

「わたくしも、凛々しいお姿だと思います」


 ノアやレイネアンナは褒めてくれた。それから獣人3人も。

 現地の人から見ると格好いいのかな。

 それにしても、ノアは本当に嬉しそうだ。

 こんなに嬉しそうなノアをみると、少しだけ王子をやってみてもいいかなと思ってしまう。

 そんなやりとりから、さらに時間が経って、日が高く昇った頃。


『ガラーン……ガラーン……』


 王城の周りを飛ぶ3隻の飛行船が、その船体に吊り下げた巨大な鐘を鳴らせた。

 本番の始まりだ。

 イオタイトが言っていたように、庭には沢山の人が集まっていた。

 前方はややスカスカだが、他国の使者や、大貴族が人混みの中で演説を聴くはずがないという解説を聞いて納得した。

 跳ね橋にも人が集まり、さらにその向こう側にも人が集まっていた。

 空には気球や、飛行船。そして地上から高い棒が沢山たちのぼり、人がその先端にしがみついていた。彼らは吟遊詩人や画家で、なんとか今日の様子を一目見ようとしている人達だという。


「静まれ! 王が皆に語る時だ」


 大音声で黒騎士団長マルグリットが開始を宣言する。

 そして始まったヨラン王の演説。

 さすがは王様。堂々と大きな身振りで話をすすめた。それは問題無く進み、すぐにオレの出番が回ってくる。

 スッと前に出たオレに人々の視線が集まり緊張する。というか逃げたい。逃げて、ゴロゴロしたい。

 そう思った瞬間だった。


「王子!」


 黒い鎧に身を包んだイオタイトが声をあげる。

 オレの足元が震え、何かが隆起してきたのだ。


「よい」


 ヨラン王の声と同時、オレの身体は、その何かに持ち上げられる。

 それは巨大な草だった。太い茎に、巨大な葉っぱの生えた一本の草。


「おおぉぉ」


 人々のあげた歓声が聞こえた。オレは巨大な葉っぱの上に立ち、右手で太い茎に手をつく形で人々を見下ろす格好になった。


「リーダ! 頑張って!」


 ノアの声が聞こえる。

 それにしても、巨大な草に真っ赤なマントをひるがえすオレは目立つ。

 せめて目立たないようにしようとしていたのに、台無しだ。

 観念しかけていたオレだったが、天は見放さなかった。

 ポツポツと雨が降り始めた。

 午前中は晴れだったが、いつの間にか空は曇っていて、それはとうとう雨雲になったのだ。


「やった」


 ニヤリと笑う。

 そうだった。

 オレは雨男だった。

 こんな大空の下で行われる大舞台。雨が降らないはずがない。

 神など不要だった。オレには運命という強い力があったのだ。

 最後に頼れるのは己自身。好転する状況にオレはほくそ笑む。あとは、雨のなか適当に小さめの声で演説すればいい。人々がよく聞こえなくても、そんなの天気のせいだ。


「やれやれ……じゃぁ、始めますか」


 雨が降り始めたなか、オレは余裕しゃくしゃくに演説を始める。

 それは、まさに演説の最初の一言を口にしようとした時だった。


『スパァン!』


 それはテニスのスマッシュが決まったときのように、小気味よい音だった。

 空を覆った雲が一瞬で吹き飛び、青空が広がった。

 え?

 すぐに背後から青い光が照っている事に気がつく。

 ノア!

 後を見たオレは一瞬で悟った。

 背伸びをしたノアが、両手で杖をもって思いっきり高く掲げていた。


『ヒィィン……』


 杖の先端にある宝石が音をたて強く輝いていた。


 ドヤぁ!


 そんな心の声が聞こえてきそうな……ドヤ顔をノアはしていた。そしてオレを見ていた。

 ノアはやりきった感のある笑みを浮かべ、コクリと大きく頷く。


「終わった」


 思わず小さく呟く。

 あんな満足げな笑顔でノアに頷かれたら、オレの対応は一つしかない。

 コクリ。

 もちろんオレは笑顔で頷く。

 そして、オレは演説を始めた。当初の予定通り、演説を始めた。

 やけくそで。

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